第一話⑧ 俺が落としたもの……


 家に戻った俺は、ちゃぶ台に肘をついて頭を抱えていた。


 今日の出来事とエルザの話、そしてニュースとネットでの映像、そして最後に友人からのメッセージについての三つが頭痛の種だ。三コンボですよ奥さん、凄くない?


 まずは今日あったこととエルザの話だ。俺は彼女とのやり取りを思い出す。


「……ぶっちゃけて言っちゃうと、あたしは異世界から来たの。理由は、今こっちの世界で起きてる異形騒ぎ……あれって元々、あたし達の世界の住人が原因なの」


 話を聞いてみると、どうもエルザ達の住んでいる世界で少し前に、異世界、つまりは俺達が住む世界を発見したというのだ。


 その存在は混乱を防ぐために秘匿されていたのだが、ある事件がきっかけで一般庶民に広まってしまった。


 結果、面白半分でちょっかいをかけてくる輩や、資源を奪おうと本格的に干渉しようとする団体まで、様々な人々が現れた。


 存在を秘匿できなくなった向こうの世界では許可制度を作り、簡単にはこちらの世界に来られないような仕組みを作った。


 しかし、その程度で抑えられる訳もなく。無許可でこちらの世界にやってくる人間が後を絶たないのだそうだ。


 その為に向こうの世界での法律が整備され、エルザが所属する魔法取締局、つまりはこちらの世界で言う警察組織に異世界課という部署が作られて、対応に当たることになったのだ。


「……でも、一つ問題があった。こっちの世界に来たあたし達は、魔法が使えないどころか、実体すら持てなかったのよ」


 そう。エルザ達の世界の住人は、こちらの世界で同じように力を振るうことができなかったのだ。それどころか、上手くしないとこちらの世界の物すら触れることができないらしい。


 悪意を持ってこの世界に来る輩は、"異形の蝕みインジェクション"と呼ばれる邪法を使っている。


 異世界人である彼らが無理矢理現代世界の人間に寄生する、邪悪な魔法。その結果生まれたのが、こちらの人間をベースに強大な力を振るう存在、あの異形であった。


 一方で、エルザ達はそうはいかない。仮にも、治安維持を使命とした公的機関である彼女らは、そんな手段を使う訳にはいかなかった。


 そこで考案されたのが、先ほど俺の身にも起こったアレ。"異形の蝕みインジェクション"を改良し、合意を得たこちらの人間の身体を借りる、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"という方法だ。


 詳しい原理は解らなかったが、俺が専攻しているパソコンで例えるとこんな感じらしい。


 まずこの世界の人間である俺がパソコン、もといこの世界で色んな事ができる本体だ。そしてエルザ達がディスク、つまりはデータ(エルザの記憶や人格)やプログラム(エルザが使える魔法)の入ったCDだ。


 パソコンである俺にディスクであるエルザを入れて起動し、データである彼女の記憶からプログラムである魔法を行使する。かみ砕いて言うと、こんなイメージらしい。


 その際に身体能力も飛躍的に強化されるのだが、彼女というデータを俺の中に入れるため、見た目も女の子になってしまうとのことだった。


 なおその外見は、俺とエルザを足して2で割ったような感じだった。ツリ目とか髪の毛の長さはエルザだったが、黒い髪の色とそして巨乳はおそらく俺の所為だろう。エルザは貧乳だし、写真で見た俺の母さんは巨乳だった覚えがある。


「……本来、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"は色んな手順を踏んでやる儀式なんだけど、それを簡略化するための方法があるわ。それが、あの時屋上でやってた契約システム」


 魔道プログラムというこちらの世界のプログラミング言語に近いそれで構成されたその契約システムは、"魔女ノ来訪ウィッチドライブ"に必要な手順の全てを全自動で行ってくれる便利なものらしい。


 しかし全自動であるが故に、融通は効かないみたいだ。


 この方法を用いて、世界各地にあるこちらの警察組織などと協力して、異形事件の解決を行っているとのことだった。


 世界中にいるヒーローやヒロインと呼ばれた彼らは、実は現地の人に協力してもらっている異世界の公務員だったという訳だ。


 エルザも本当はこちらの地域の警察署で話がついている人と契約して、街の治安維持を行う予定であったらしいのだが。


 全自動の為、やり方を間違えないようにとリハーサルをしていたところに俺が遭遇し、結果ああなった。しかも。


「……この契約、すぐには破棄できないのよ。魔道プログラムの仕様とか何とかで、一定期間が経たないと他の人と新しく契約ができないみたいなの」


「……つまり、俺はこれから?」


「契約破棄が可能になるまでは、あたしと組んで異形事件の解決を手伝ってもらうわ……契約したんだから、もう遅いわよ」


「んなアホなぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!」


 俺の頭痛の種の一つ目である。どうやら向こうの世界にはクーリングオフはないらしい。


 こうして俺は少しの間、魔法少女として街を守らなくてはならなくなってしまったのだ。明日にはエルザが行く筈だった警察署にも顔を出すことになった。どうしてこうなった。


 頭痛の種の二つ目が、ニュースとネットだ。


 今日無理矢理行ってきた異形との戦いは、当然夕方のニュースで報道された。しかも全国ネットの。


 このご時世、ヒーローとヒロイン、そして異形のニュースは最もホットな話題の一つであるから、これは仕方ないと思おう。


 ニュースに出た俺の映像も少しだけだったし、流石に全国ネットで俺のあられもない姿を拡散することはなかった。


 女の子の俺という存在がこの街にいるという認識が広まるのは止められなかったが、まだそこは許せる。


 問題はインターネット上だ。どこで撮られてたのかは解らないが、俺が異形と戦っている最中に胸もお尻も半分以上露出した状態であった映像がバッチリと映っていた。


 それが某有名動画サイトにアップロードされ、呟きアプリでも拡散されている。


「本物の魔法少女じゃないかッ!」


「ロリじゃない、やり直し」


「お胸ペロペロ」


 拡散と共に頭の悪い書き込みも増えており、俺は自分の身体に対して男が欲情しているという事実を突きつけられて頭を抱えた。


 ネット上の特定班とやらが俺の正体を暴こうと躍起になっているという情報も掴み、頭痛倍増。


 どうすりゃいいんだよ、こんなもん。本当にどうしてこうなった。


 トドメの三つ目が友人……と言うか、カズヤからのメッセージである。


 エルザから話を聞いている最中に、カズヤからメッセージが届いた。チャットアプリを起動してそれを読んでみると、今日あったことがツラツラと書かれている。


 あー、誰かに話したくて仕方ないんだろうなぁ、俺当事者なんだけどなぁ、とか思いながら適当に返信していたら、奴からこんなメッセージが飛んできたのだ。


『……オレさ、あの子を探そうと思う。何でか知らねーけどあの子、オレの事知ってたし。それに、ちゃんとお礼もしたいんだ』


 そーかそーか。それはいい心がけなんじゃない? とあくび混じりに返信を送る俺。


『真面目に聞けよ。オレさ……あの子のこと、好きになったんだ』


「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 そのメッセージを見た俺は吹き出した。吹き出さざるを得なかった。だって友人のその言葉が、にわかには信じられなかったから。


『綺麗な黒い長髪にキリッとしたツリ目。何よりあの巨乳……打ち抜かれたよ、心をさ。真っ直ぐに、な……』


 噴出物がエルザにかかってガミガミ文句を言われているが、それどころではない。考え直せ、と俺はすぐさま送った。


『何をだよ? オレはただ、この気持ちをあの子に伝えたいだけだ。熱く燃えている、オレのこの気持ちを』


 もう十分に伝わってるから。しかしそれを素直に言う勇気は、俺にはなかった。


『なあに、あの子はおそらくこの街の担当ヒロインだろ? 異形事件を探してりゃ、また会えるさ』


 もう会ってるんだって、大学がある日はほぼ毎回。それをこいつに伝える気概は、やはり俺にはなかった。


『その内オレの彼女として紹介するかもな! 楽しみにしてろよ!』


 俺は不安しかないんだが。


 えっ、何? まかり間違ったら俺はカズヤと付き合うハメになるの? あいつとキャッキャウフフして、そのままベッドでしっぽりとか行っちゃう訳?


「……オロロロロロロロロロ……」


 想像して我慢できなくなった俺は吐いた。もう吐いた。文句を言っていたエルザがギョッとした表情で身を引いていたが、お前の所為だぞコンチクショウ。


 よく見知った男友達とベッドを共にするとかいう、考えもしたくないことを頭に思い描いてしまったのだ。


 一緒に銭湯にも行ったことあるから、アイツの裸体もよく知っている。その事実が想像に拍車をかけて、俺はもう一度吐いた。


 これが、最後の頭痛の種である。本当に本当に、どうしてこうなった。


「……つーか、これって俺悪くなくね?」


 回想から現実に戻ってきた俺は、ふと、この状況に陥った原因について考えてみた。


 元々俺がヒロインになって異形戦うハメになったのも、ネット上で気持ち悪い男達にハアハアされているのも、身近な友人に恋愛感情を抱かれたのも……。


「……全部、エルザの所為じゃね?」


 現在彼女は事前説明のため、元々行く予定だった警察署の方に行っているらしく、部屋には俺一人しかいない。


 一人で悶々と悩んでいた所為か、徐々に俺の意識はエルザへの怒りへと傾いていった。


「……元はと言えば、あんなとこでリハーサルしてるアイツが悪いよなぁ。勝手に学部棟の屋上に上るとか、規則で禁止されてるしなぁ」


 この時の俺は、自分自身が勝手に屋上に入り込んでいたことを棚に上げていることに気がつかなかった。


「……間違いは誰でもある。仕方のないこともある。人間誰しも間違えたり、事故ったりすることは、当然ある。許してやれなんて婆ちゃんは言ってたけど……」


 俺は婆ちゃんから聞いた言葉を、再度噛みしめるかのように呟いた。だから人の間違いを責めてはいけない。なるべく許してあげなさいというのが、婆ちゃんの言葉だ。だが。


「……結局それを許すかどうかを決めるのは、俺だ」


 これに関しては許してやる必要を俺は感じなかった。いくら俺が返事したからとは言え、向こうの方が悪いに決まっている。


 しかもそれによって、死ぬかと思うような事もさせられるというのだ。


 しかもしかも、あのエルザとか言う女はそれについて仕方ないことになったと言って、謝ってすらこない。これを許してやる程、俺の心は広くなかった。


「……あんにゃろう、ゼッテー土下座させてやる……」


 っとその時。ちゃぶ台の上に置いていたスマホが振るえた。またカズヤか、と一瞬身構えたが、画面にはチャットアプリの通知と共にキョーコの文字があった。


 なんだキョーコか、と安心したのもつかの間。彼女からのメッセージは、次のようなものだった。


『ユウちゃん、結局データベース基礎の授業も来なかったけど、大丈夫なの? 課題はちゃんと出した? 先生怒ってたよ?』


「…………」


 俺はゆっくりと壁にあった時計に目をやった。そこには既に該当の講義が終わっている時間を示している、長針と短針の姿が……。


「……あああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 俺は平穏な生活と共に、単位まで落としてしまった。

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