第一話⑥ 間に、合わせるのよッ!


「……で、どーすんだよこれから!? このままで何とかなるのかよッ!? ひぃッ!」


『うっさいわねッ! ンッ……そ、それを今考えてんのよッ! あンッ』


 あれから少し経ったが、状況は一向に改善していなかった。


 俺達は空中で大の字のまま、両手両足の身動きを封じられて宙づりにされているし、異形の身体全てで風のドームを覆い尽くされており、真っ暗なその中でひたすらに呪詛のような言葉が響き続けている。


 そして結局、エルザは俺の質問には答えてくれなかった。この異形とやらが、元は人間なのかどうか。ほぼ間違いないと思っているのだが、彼女は最後の答え合わせをしてくれない。


 まあ、こんな状況で答え合わせしている余裕がないというのも一理あるが。


「ぐあっ! ぎゃあっ! や、やめ……ッ!」


「ぁぁぁぁぁぁァァァ……ッ!!!」


「痛い痛い痛い痛いッ! ち、千切れる~~~~ッ!」


 作業員らを襲っている触手は、容赦なく彼らを打ちのめしていた。


 身体の身動きを取れなくして、触手を鞭のように振るって打撃を与えていたり。あるいはヘビのように身体に巻き付いて締め上げていたり。はたまた四肢を違う触手で縛って四方に向かって引っ張ったりと、やりたい放題だ。


 一方の俺はと言うと。


「き、キモッ! 触手が、身体中這い回って……ヒエッ!?」


『あ、ン……ち、ちょっと! どこ触ってんのよ、この変態触手ッ!!!』


 身体中をまるで舐るかのように触手が這い回っていて、気持ち悪いことこの上ない。


 胸の谷間やお尻、お股といったところまでヌルヌルの触手が動き回っていて、鳥肌が凄いことになっている。


 しかも触手が這い回った結果、Tシャツやジーンズが破れて酷いことに。


 シーンズに至っては特に酷く、最早これはダメージジーンズ……いや、太ももやお尻が半分くらい見えてしまっているこれは、大ダメージジーンズと呼べそうな勢いだ。


「お、お前早くなんとかしろよッ! ひあっ! こ、このままじゃ嫌悪感と鳥肌がうひぃぃぃッ!」


『うっさいッ! あッ……お、大きいの撃ってやるからひゃんッ! す、少し待ってなさいよあああああンッ!!!』


 俺が受けたものはフィードバックとやらでエルザも受けているらしく、時々変な声を上げつつも彼女は何やら詠唱みたいなことを始めた。


 つーかこいつ、なんか変な声出してるけど喜んでない? 声の端々に歓喜が垣間見える気がするんだけど、俺の気のせい?


『「か、彼方より吹きつけしその暴威はあンッ! と、通り過ぎゆく最中に万物を……んッ! き、切り裂き、あ、後には何も残さんンンンッ!」』


 めっちゃ不安なんだけど。こいつの詠唱は俺の口も強制的に動かされているのだが、おおよそ自分で出しているとは思えない嬌声が混ざっていて不安しか覚えない。


 これ、失敗したらどうなっちゃうの? R18的な、お子様には見せられないようなことされちゃうの? 俺、男なのに?


『「んはァァァ……ハァ、ハァ……。

 ……一切を吹き抜ける慈悲なき風よ、今ここに吹き荒れんッ! "暴威豪風アクセルテンペスト"ォ!!!」』


 何かが一段落したらしいエルザが、破れかぶれみたいな勢いでそう叫んだ。


 その瞬間、何とか手放さずにいた杖の先から、今魔とは比べものにならないくらいの光が発せられたかと思うと、一陣の暴風が吹き抜ける。


 強風ではない、暴風だ。最早そうとしか言えないような、一切合切を吹き飛ばす威力がありそうなくらいの暴れた風。


 空気がうねり、全てをかっさらおうとするような音が響いたかと思うと、身体に巻き付いていた触手や風のドームを覆っていた異形の身体だけが切り裂かれ、そして吹き飛ばされた。


 触手に捕まっていた俺や作業員らは飛ばされることのないまま、宙づりを解放されて地面に落下する。


 顔を上げさせられて見ると、異形は大きな音を立ててビルに激突し、その身体はバラバラに切り裂かれていた。


「や、やった、のか……?」


『……いいえ、まだね。あの異形の核は、まだ破壊できてない……あ、あれッ!』


 頭の中のエルザがそう叫び、首を動かしてバラバラになった異形のある部分を見た。そこには黒いスライムみたいな液状の中に、青白い人間の姿があった。


 それを見た俺は、確信する。


「や、やっぱり……異形の元は、人間……なんだ、な……?」


『……説明は後よ。それよりも、あの人に埋め込まれた核を取り除かないと……』


 エルザが俺の身体で強制的に走りだそうとした時に、その核を持つ異形が危険を察したのか、急に飛び上がった。


 工事現場を飛び越したそれは、河川敷の道路の方へと向かっていく。


「きゃぁぁぁああああああああああああああああッ!!!」


「うわぁぁぁああああああああああああああああッ!!!」


『ッ! 不味いッ! まだ誰かがいたなんてッ!』


 二つの叫び声を聞いてからのエルザは早かった。杖を先を自身の後ろに向けて、魔法を叫ぶ。


『「"風圧全速エアリアルブーストッ!"」』


 すると杖の先が光って爆発的な風が発生し、その反動で身体が文字通り飛んだ。


 そのまま一気に飛び、異形の後を追う。工事現場を飛び出した異形は、川の近くの歩行者用道路の所にいた。


 異形の目の前には小さい女の子と、彼女を抱きしめて庇おうとしている母親らしき女性、そして腰を抜かしている男性の三人がいた。


 対してその異形は自身の身体を広げて、そのまま三人を飲み込もうとしている。


「ま、間に……」


『合わせるのよッ!!!』


 その一言で一際加速した俺の身体は、今にも襲いかからんとしている異形にドンドン近づいていき、


『「こンのぉッ!!!」』


 青白い人間が入った異形を杖で上から下へと思いっきり殴りつけた。その触手がまさに小さな女の子に触れようとしていた、本当にギリギリのところで。


 殴りつけられた異形は、彼らの目の前で地面に叩きつけられて沈黙する。


 少しして、異形の中の青白くなった人間が、ゴホッ、っと何かを吐き出した。


「ま、間に合った……これ、は……?」


『……ようやく出したわね』


 そう言って、エルザは俺の身体を使ってそれを拾い上げた。ウズラの卵くらいのサイズのそれは泥のような触り心地をしており、表面は煮詰められたコールタールのようにうごめいている。


『これがあるってことは、やっぱりアイツね……こんな、こんなものがあるからッ!』


 頭の中でそう叫んだエルザが、この何かを握り潰した。


 泥団子みたいな感触と共に形を保てなくなったそれと、そして先ほどまで動いていた異形が、シューっと音を立てて蒸発していく。核が無くなったから、異形もその姿を保てなくなったのだろうか。


 そこで、俺はハッとした。目の前の彼らの事だ。何とか間に合いはしたっぽいが、怪我とかしていないだろうか。


「だ、大丈夫か!?」


「は、はい……」


「あ、ああ……」


 そう返事をした母親が抱きしめている女の子も、「うん!」と元気よく手を上げてくれた。良かった、間に合ったのか……。


 もう一人の男性は……なんとカズヤだった。


「……は? カズヤお前、講義はどうしたんだよ?」


「えっ? い、いや、どうせテスト取れりゃいいよなーって思って、ゲーム取りに帰ってた途中だったんだけど……」


 つーことは、こいつもキョーコと何かの取引をして、後でノート見せてもらうつもりだな。


 ったく、講義中にゲームを取りに帰るとか、先生に知られたら説教間違いなしだぞ。あと、バレないんなら一緒にやろうぜ。


「……つーかなんでオレの事を、君が……?」


「……あっ」


 ヤベ。知り合いだったからついいつもの調子で話しかけちまったけど、よくよく考えたら今の俺って女の子じゃなかったっけ?


 しかも身なりがボロボロで、色々危ないとこが見えそうな感じの。


『……知り合いか何か知らないけど、もう行ってもいい?』


「……つーか逃げてくれ、頼むから」


『はいはい』


 そうやり取りをした後、俺の身体は一度膝を曲げて低い体勢を取ってからそのまま飛び上がった。


 近くの建物の屋上に着地したのだが、最早これくらいでは驚かなくなった自分もいる。慣れってこえー。


「ま、待てよ! せめて名前だけでも……」


 復活して立ち上がったカズヤがなんか言ってたが、無視だ無視。


 知り合いにこの姿見られたとか羞恥プレイ以外の何物でも無いし、ましてやそれが自分だと知られるとか論外だ。そもそも、俺自身がこの姿を受け入れた訳でもねーってのに。


「あ、あの! ありがとうございましたッ!」


「おねーちゃん! ありがとー!」


 最後に、あの母親と女の子の声が聞こえた。その言葉が、自然と心に入ってくる。助けられたんだという事を、俺は改めて認識できた。


「……良かっ、た……」


『……とりあえず、何処行けばいいのよ? そんな格好でまた学校に戻ったらいいの? あたしはあたしで行きたい場所があるんだけど』


「……んな訳あるか。まずは俺の家に向かってくれ、案内するから。どこ行くかは知らねーけど、こうなった以上、俺にも話は聞かせてもらえるんだろうな?」


『……解ってるわよ、それくらい』


 そうして、俺は自分の家に向かった。色々あってもうホントどうしたらいいか解らんのが現状だが、まずは着替えよう。


 胸をお尻を半分以上露出したまま街を歩く趣味は俺にはない。


「……良いデータが取れたねェ……」


 願わくは。今日の事柄がテレビとかネットに取り上げられていないといいなーと、俺は切に願っていた。


 だから、どこかでそんな声がしていたなんて、俺は気がつかなかった。

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