第一話④ 全員ぶっ殺してやる!
「キシャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「イヤァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
奇声を上げている異形に強制的に立ち向かわされている俺は、悲鳴を上げていた。当たり前だ。何が悲しくてこんなクリーチャーに向かって行かなければならんのか。
不良とかヤクザ者は相手にしたことあるが、人外の化け物は流石に初めてだ。悲鳴の一つも上げたくなる。
この異形はパッと見ても天井につきそうなくらいの巨体。縦に伸びたスライムのような形をしており、その身体中に人間の口がある。
口からは黒い粘性の液体を止めどなく吐き捨てており、口のない部分からは黒い触手が何本も生えている。
触手は何度も自分に向かって振るわれており、俺の身体を乗っ取ったエルゼローテさんがそれを躱している。
ちなみに何度か掠ったのだが、痛みは本物だった。夢であって欲しかった。
『こッんのッ! やたらめったら振り回して、面倒くさいじゃないのッ!』
俺の頭の中で悪態をついているエルゼローテさんだが、これ本当に何とかなるんか? 連れてきたのはお前だよ? これで怪我でもしたら、俺被害者じゃね?
って言うか痛い。異形の触手が直撃した訳ではないのだが、動く度に痛い場所がある。主に何処が痛いのかと言うと。
「つーか痛ッ! 胸が痛ァ! めっちゃ揺れるから付け根がもの凄く痛いッ!」
『フィードバックであたしも痛いのよこれ! って言うかあたしより大きい癖に何でブラしてないのよ! 痛いじゃないッ!』
「男子大学生はブラジャーなんてしねぇんだよッ!」
そんな男子大学生はいない筈だ、多分。少なくとも俺は違う。
『うっさいッ! ああもう仕方ないわ! こうなったら覚悟を決めなさいッ!』
「覚悟って何のッ!?」
ここでブラジャーをつける覚悟とか言われたら、絶対にノウなんですが。
俺はただ普通に生きてきただけの一般人ですよ? 性癖だって至ってシンプル。巨乳万歳だ。あれ? そうなると今の俺ってどストライクなのでは?
そんな阿呆な事を考えていたら、また触手が掠った。その衝撃でTシャツの胸元が破れた。
思わず目線を落としたエルぜローテさんのお陰で、俺も自分の胸をマジマジと見る事ができる。破れたTシャツの合間から垣間見える、二つの双丘が。やっぱデケぇ、谷間がちゃんとある。
『よくもやってくれたわねッ! まあ、見えてるのあたしのじゃないからそこまで恥ずかしくないけど』
「俺はなんか恥ずかしいんですけどッ!?」
周囲にいる男性警察官達の姿を思い出す。見られているかもしれないと思うと、顔が自然と赤くなってきたのを感じた。
『とは言え、そろそろ反撃の一つもさせてもらうわよッ!』
俺の胸チラを無視したエルゼローテさんは、襲いかかってくる触手を杖ではたき落とすと、頭の中でとある単語を叫んだ。それと同時に、俺の口も自動的に動く。
「『"
その瞬間。杖の先の宝石のような石が光り、曲線状の衝撃波が放たれた。真っ直ぐに飛んでいったそれは、異形の身体の一部を易々と切り裂く。
切り裂かれた身体の一部が音を立てて床に落ち、異形は全身の口から叫び声を上げた。
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
『ふふん。どうやら効いてるみたいね』
「な、なんだ今のは……?」
『何って、あたしの風魔法よ。決まってるじゃない』
そんな当然の事みたいに言われても、俺はついて行けていません。
ただでさえ自分が女の子になってしまったという事実も受け入れられてないのに、身体を勝手に操られた挙げ句、異形の化け物と魔法でもって戦うハメになるとか。
俺の人生はいつから魔法少女にジョブチェンジしてしまったんだろうか。一体何を間違ったらこんなことになるんだ? 教えて、天国のお婆ちゃん。
『このままあたしの魔法で押し通して……』
「……って待てよ。異形の様子が……」
身体の一部を失った異形が、身もだえするかのようにうごめいている。
切り落とされた異形の一部はグズグズの液体となってしまっているのだが、残っている全身の口から先ほどまで吐き出されていた粘性の黒い液体が出てきていない。
明らかに、様子が変わった雰囲気があった。
「お、おいッ! なんか変じゃねーか? さっきまでとなんか違……」
『ハア? 何言ってんのよアンタ。身体の一部を斬ってやったんだから変わりもするでしょ? これだから素人は……』
その素人を魔法少女に仕立て上げた挙げ句、無理矢理ここまで連れてきておいて、しかもマウントまで取ってくるとは。
このエルゼローテ……いや、もう略してエルザでいいや……エルザはどういう教育を受けてきたんだ? 俺の中での印象がワンランクダウンする。
と言うか、本当にそんな場合ではないと思う。何でもなさそうにしているエルザだが、異形の様子が変なのは明らかだ。遂にはビクン、ビクン、と身体の中心を揺らし始めている
『このまま行くわよッ!』
「い、いや、なんか危ない気がす「『"
俺のセリフは魔法の名称と思われる単語でかき消された。その直後、再び杖の先の宝石のような石が輝き、曲線状の衝撃波が放たれる。
『……は?』
しかし、先ほどのように異形に当たることはなかった。
何故ならその異形が、触手を引っ込めてヘビのような形になり、その身体をひねってこちらが放った魔法を避けたからだ。
異形はそのまま一直線にこちらへと突撃してくる。思わず構えようとしたが、俺の身体は言うことを聞かなかった。
急な出来事に呆けてしまったのか、身体のコントロールを握っている筈のエルザが突っ立っていたため、その突撃をモロに喰らう。
「『ウ……ッ!?』」
鳩尾に当たった衝撃で一瞬息ができなくなったかと思うとそのまま後ろに吹っ飛び、ビルの窓を突き破って下へと落下する。
「『ガハッ!?』」
ロクに受け身も取れないまま地面に叩きつけられ、俺とエルザは口を揃えて息と血を吐いた。
「な、なんだ急に!? 今度はなんか飛び出してきたぞ!?」
「お、女の子だ! おい、大丈夫なのかあれ……?」
「わ、解らねえ。と、とにかく助けないと……」
周囲から大人の男性の声がする。痛みに耐えながらエルザが俺の身体を立ち上げると、周りには作業員と思われる男性達が心配そうにこちらを見ていた。
つーか、ビルの三階から叩き落とされたってのに五体満足とかどうなってんの? 身体中痛えが、普通は痛いだけじゃ済まないと思うんだが。
と思っていると、けたたましい音と共に自分たちの上に影ができた。まるで巨大なヘビのような、その影が。
『ま、不味いわッ! 間に合ってッ!』
それがあの異形であることは俺にも解っていた。頭の中で焦った様子で声を上げているエルザが、杖を両手で上へと掲げる。
上を見ると案の定、空にあの異形の姿があった。それが落ちてくるか否かの刹那、俺の口が勝手に動く。
「『"
杖の先が光ると地面から風が立ち上り、俺達を中心に周囲にいた作業員達全員をドーム状に包み込んだ。
そしてその直後、あの異形が風のドームの上に落ちてくる。
「う、うわぁぁぁあああああああああああああああああッ!!!」
「ひぃぃぃぃ! な、なんだこの化け物ッ!?」
「い、異形! 異形だ! こ、殺される……」
「「「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああッ!!!」」」
何とか間に合ったみたいで、俺も含めて全員が異形の下敷きになることはなかった。周囲から悲鳴が聞こえているので、訪れていた野次馬達も散り散りになったことだろう。
しかし、エルザが展開した風のドームの上に鎮座した異形はその巨体をクネらせて、ドームを締め付けるかのようにその身体を這わせている。
「……して、や、る……ッ!」
やがて風のドームのほとんどが異形の身体で覆い尽くされたその時、身体にある人間の口が開き、声を放った。
それはガラガラなものだったが、間違いなく男性の声色だった。
「殺して、やる……ッ!」
「殺してやるッ!」
「どいつもこいつもバカにしやがってッ!」
「そんなに僕を痛めつけて楽しかったか?」
「反撃できない僕だとでも思っていたのか?」
「今度はテメーらが苦しむ番だ!」
「全員ぶっ殺してやる!」
「テメーらもあの業者もクソ親も全員だ!」
「後悔させてやる!」
「僕にしたことを、全部後悔させてやる!」
「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」「殺してやる」
それは呪詛と呼ぶにふさわしい、怨嗟の声だった。異形の身体に複数ある人間の口が、変わる変わる恨みつらみを吐き捨てている。
そのあまりの恨みの強さに、思わず身体が身震いしてしまう。
心の中では自分は全く関係ないものだと解っていても、それでも恐怖がこみ上げてくるくらいには、その声には恨みが詰まっていた。
「ひぃぃぃ! ゆ、許してくれぇ!」
「お、俺が悪かった! 土下座でも何でもするからァ!」
「た、助けて! 助けて神様ぁぁぁッ!」
周囲にいた作業員達は皆恐怖の余り地面に跪いたり、パトカーの影で自身の頭を守るように抱えていたり、神に祈るようなポーズを取っている者ばかりだ。
『っんとに、何だって言うのよ……ッ!』
展開した風魔法とやらの維持でいっぱいいっぱいなのか、エルザは歯を食いしばるような声色でそう愚痴っていた。
自分達を包んでいるこの風の魔法が解かれてしまえば、俺達は作業員ら諸共、異形の身体で押しつぶされてしまうだろう。
そんなことは、俺にだって解っている。そうはさせないと、エルザが頑張っていることも。
しかし、俺の中では一つの疑問……というか推測が、芽生えていた。それはこの異形について、である。
先ほどから絶え間なく「殺してやる」等の怨嗟の叫びは、間違いなく人間のそれだ。そしてその叫びに対して謝り続けている、作業員達。
まるで、異形の放つ怨嗟の叫びの原因を知っているかのような様子だ。
「……なあ」
『何よッ! 今忙しいから後にしてッ!』
推測が確信へと変わっていくのを感じた俺は、思ったことをそのまま頭の中のエルザに聞いた。間違いであって欲しいと、そう祈りながら。
「異形ってさ、もしかして……元は人間、なのか……?」
そんな俺の言葉とは関係なく、地面の下から何かが飛び出してきた。あの異形の触手だった。
「な……ッ!?」
『う、嘘でしょ!? 地面の下からなんて……ああッ!!!』
風の壁も地面の下まではカバーしきれなかったようで、地面の下から次々と生えてくる触手が、俺達やその他の作業員らを絡めとっていく。
両手両足を触手に抑えられた俺達は、空中に大の字の状態で吊るし上げられた。
「「「殺してやるッ!!!」」」
風のドームは何とか維持できていたが、それを覆っている異形の身体から発せられているその声もまた、まだ途絶えてはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます