14.たどり着いた亜空間

 僕たちは『バグ・サーチ』に導かれて、森の中を進んでいった。


「何の変哲もない森に感じるけど――本当にこの先に、おかしなものがあるの?」

「僕のスキルを信じるなら……」

 

 ときどき現れるモンスターは、F~Gランクを中心にした弱いモンスターたち。

 突出した強さを持つカオス・スパイダーの存在が、いかに異常だったかを僕は改めて認識していた。



 やがて森の中でも、わずかに開けた空間に出る。

 木々が切り倒されているほか、焚火の後もあり、冒険者が休憩で使っていたと思わしき空間だった。

 僕はそこに足を踏み入れ――


「な、何が起きての!?」


 思わず愕然と目を見開いた。

 足を踏み入れた瞬間、景色が一変したのだ。


 明らかな異物感。

 ぐにゃりと空間が歪んだ。


 そして景色の一部が黒い墨で上書きされたように、真っ黒に染まる。

 真っ黒な亜空間からは、何か得体の知れない無数の瞳がこちらを覗き込んでおり――思わず背筋が凍った。



 明らかな異常な光景を前にしても、


「アレス? 急に立ち止まって、どうしたの?」


 ティアは、まるで疑問に思った様子もなく、不思議そうに僕を振り返った。

 兵士たちも怪訝そうな表情をしている。



「み、見えてないの?」

「どうしちゃったのよ。それより、そろそろ500メートルは歩いたんじゃない?」


 今なら分かる。

 『バグ・サーチ』の目的地はここだ。



 そうしている間にも、黒い染みはじわじわと広がっていた。

 まるで空間が浸食されているようだった。


「ちょうど良いし、少しだけ休んで――」

「ティア! それ以上は進まないので!」


 黒く塗りつぶされた空間に進もうとするティアを、僕は慌てて止める。


 これは何なんだ?

 おそらくモンスターではない。

 そんなレベルではなく、まるで空間そのものに異常をきたしたような――



「う、うわあああああ!」


 突如として兵士が1人苦しみだした。

 どうやら黒い空間に触れてしまったらしい。


「お、おい! どうしたんだ!?」

「か、体が熱い……痒い――」


「お、おい――落ち着けよ!」


 兵士はガクガクと震えながら、体をかきむしった。

 黒い染みは兵士にどんどん広がっていくが――やはり誰にも見えないのだ。



 あの黒い染みはやばい。

 到底、僕たちには逆らえないような何か・・だ。


「みんな、下がって!」


 僕は、ティアや兵士たちに呼びかける。

 異常事態だということは、みんな何となく悟ったのだろう。

 中には疑問を持つ者も居たが、僕があまりに深刻な顔をしていたので従ってくれたのだ。


 一度出直すべきか?

 そう冷静になり、後ろを振り返り――僕は戦慄する。

 いつの間にか黒い染みは、背後にも忍び寄っていたのだ。


 ――気がつけば、退路も無かった。



 どうすれば良い?

 パニックに陥りそうになった僕に、


「アレス、落ち着いて! そうね……ここに来るきっかけ――何かスキルは使えないの?」


 ティアが鋭くそう呼びかけた。

 何も状況は分からなくても、僕の表情だけで尋常じゃない状況に置かれたことを悟ったのだ。


「そうだよね、こんな時こそ冷静にならないと」


 この異常に気づけるのは僕だけだ。

 ――僕だけが、この状況を打開できる可能性があるのだ。



『チート・デバッガー!』


 僕がスキルを発動すると同時に――




 予想もしていなかった事態が起きた。

 突如として、時が静止した。


「――はあ?」


 そうとしか、表現できない事態。


 風に揺られてる葉っぱも。

 こちらに向かって、何かを言いかけたティアも。

 不安そうに顔を見合わせる兵士たちも。

 黒く浸食を広げる亜空間すら、例外ではない。



「時が止まった……いったい、何が起きてるの!?」


 さらに僕の周りを無数の文字が漂う。

 大小様々な文字列が、超高速で僕の周りをうごめいていた。

 恐らく【チート・デバッガー】から生まれた文字だろう――しかし意味はまるで分からない。


 情報の洪水。

 それも理解の及ばない世界の情報を、強引に脳に押し込まれるような不快な感覚。



「うっ。頭が痛い――でも、みんなを助けるためには、この情報と向き合わないと行けないんだよね?」


 僕は必死に踊り狂う文字に向き合おうとした。

 しかしその文言を理解することは叶わず、ついには吐き気に襲われる。

 それでも僕は、必死に理解できるフレーズだけを拾っていった。




「無限のバグ―――世界を覆いつくす―――バグに立ち向かうための力――――――――それがデバッガー」


 僕の口から、言葉が紡ぎ出された。

 理解した上で発した訳ではなく、無意識にこぼれ落ちた言葉。


 口にして初めて、僕は意味を理解する。

 僕が手にしたこのスキルの真の意味を。

 空間を黒く染めていた異物の正体を。

 



 そして理解すると同時に――


「やっと会えたね――お兄ちゃん?」


 突如として、目の前に全裸の少女が現れた。

 ふよふよと浮遊している。



「!?!?」

「会いたかった! お兄ちゃん、本当にず~っと会いたかったよぅ!!」


 さらには呆然としている僕に、ガバっと僕に抱きついてきて――



「な、なにこれ!?!?」


 僕はただ流されるままに現状を受け止めることしか出来なかった。

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