15.チート・デバッガーの真の力

 全裸の少女は、機嫌が良さそうに僕に頬ずりをしてきた。

 いったい何が起きているのだろう。


「き、き、君は!?」

「あ、いきなりごめんなさい! 会えたのが嬉しくて……!」


 幼さの残る少女は、パッと僕から離れる。



「私はリーシャ! 先代のデバッガーで――お兄ちゃんの妹だよ?」

「いや、僕に妹は居ないけど……」


 少なくとも僕に、生き別れの妹が居るなんて話は聞いていない。

 それとも……まさか父上の隠し子?



「リーシャはお兄ちゃんの妹になる予定だったけど――バグのせいで生まれなかったみたい。お兄ちゃんに会うのが楽しみだったのに……しょんぼりだよ」

「バグっていうと――あのモンスターとかだよね? え、どういうこと?」


「バグはバグだよ。バグモンスターもそうだし、それだけじゃない――まさしく世界の歪みそのもの。さっきお兄ちゃんが、口にした通りだよ?」


 リーシャは小首を傾げながら、目をぱちくりと瞬く。


 無我夢中であまり覚えていない。

 それでも口にした事と言うと「世界を覆うバグに立ち向かう力を持つものが、デバッガー」と言う部分だろう。




 分からないことだらけだ。

 少女の言葉には、まだ気になる部分が多かった。


「待って? 先代のデバッガー?」

「うん。ふつつか者ながら、お兄ちゃんの前にデバッガーをしていて――バグに負けて消されました」


 バグに消された――穏やかでは無い言葉だ。



 僕の脳裏に、黒い染みに囲まれたティアたちが蘇る。

 そうだ、こうしてはいられない。


 僕が考えるべきなのは、どうすればティアたちを助けられるかだ。


「リーシャ、あの黒い染み――僕の力でどうにか出来る?」

「お兄ちゃんなら楽勝だよ。そのための力は、既にお兄ちゃんは手に入れてる――絶対やれるよ!」



 そんなリーシャの言葉を最後に――


 徐々に、止まっていた時が動き出した。

 僕を押しつぶそうとしていた文字の羅列が消えていく。

 同時に、だんだんとリーシャの姿が薄れていく。



 そして数秒後には、元通りの世界が広がっていた。




◆◇◆◇◆


「みんな、大丈夫――!?」

「アレス。いきなりどうしたの?」


 ティアの怪訝そうな顔。

 どうやら本当に、時間は経っていないらしい。


 だとしてもピンチには変わりない。

 刻一刻と黒い染みは、僕たちを覆いつくそうとばかりに浸食を続けているのだから。



「落ち着いて、お兄ちゃん。お兄ちゃんは開発室で、ちゃんと解決策を見つけているはず――この程度のバグなら簡単に勝てるよ」


 聞こえるのはリーシャの声。

 あの文字の洪水から、何かを探し出せと言うのか――



 そんなことは不可能だ――否、出来ないはずがない。

 あの空間を漂っていたのは、元は僕のスキルから生まれたはずの文字なのだから。

 自分のスキルなら、使い方が分からないということは有り得ない。



 

 自分にそう言い聞かせる。


『Debug Console.』


 何度も何度も出てきた言葉。

 発音は分からなくとも、文字を頭に思い浮かべてコールする。


「お兄ちゃん、その調子。次は――」


『Watch Variable.』

『Extract Local. 』



 あの空間を漂っていた文字を拾い上げていく。

 ときにはリーシャの言葉を頼りに。

 ときには本能に従って――




「――ッ!?」


 思わず言葉を失った。

 世界が一変していた。


 この世界はすべて、文字で出来ていた。

 この世界はすべて、数字で出来ていた。

 なんだこれ――?



「お兄ちゃん、チャンスは今! バグは【コード】には逆らえない!」

「――ッ!?」


 迷う暇はなかった。

 ついには黒い染みはティアにまで広がろうとしていた。

 苦しみ始めた周囲の兵士たち――何も見えず、ただ怯えて僕に縋るような視線を向けてくるティア。


『Instance tia. equip Rapier. class Sol - null null null - ge 17. 』

『null null null null null null null 』

『null null null null null null null 』



 ――こいつだ。

 この文字列こそが黒い染みで、僕が倒すべき敵だ。 

 

 思えばこれこそが、僕が授かった【チート・デバッガー】の真の姿なのだろう。

 世界そのものに自由に干渉する力。

 僕は指先ひとつで世界を書き換えていく――目の前の敵を消していく。



「あ、アレス!? いったい何を――」

「ティア、もう大丈夫。安心して?」


 こいつらには『ビッグバン』も『ブラック・ホール』も通用しない。

 敵はこの世界のことわりの外側にいるのだから。

 ――それでも今の僕ならば、そこに干渉する事が出来るのだ。



 無我夢中だった。

 気が付けば苦しんでいた兵士たちが、立ち上がっていた。

 誰もこちらを、祈るように見ていた。



 そうして――


「終わった」


――――――――――

カオス・フィールドを駆逐しました。

絶対権限プライオリティが6になりました。


Debug Console. の使用

絶対権限プライオリティが7になりました。

絶対権限プライオリティが8になりました。

―――――――――


 脳に響くのはいつもの言葉。

 僕は安堵の声を吐く。



「アレス、もう大丈夫なの?」

「うん。こんな危ないことに巻き込んでごめん――でも……もう大丈夫」


 僕の言葉を聞いて、ようやく張りつめた空気が緩む。

 正体の分からない敵――突如として訪れた体の不調。

 本当に恐怖でしか無かっただろう。


 安心させるように微笑みかける僕。

 思わずこちらに近づき、涙目で無事を喜ぶティア。

 そんな2人の間に――



「やったねお兄ちゃん! ほんとうに流石だよ~!」


 ぽわんと空中から、全裸の少女が現れた。

 そうして呆気に取られる周囲を余所に――そのまま僕に抱きついてきた。

 氷点下にまで下がるティアの視線。


「え、ええっと……これは――」


 僕はしどろもどろに説明をはじめるのだった。

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