5.少女を村に送ったら、ものすごく感謝されました
僕たちはその後、少女を村に送り届けることにした。
少女の村はアーヴィン家からそう離れていない場所にあり、畑が多く穏やかな空気が流れるのどかな村だった。
「おお、アンネ! 無事だったのか!」
「心配したんだぞ! 1人で村の外に出ちゃ、ダメじゃないか!」
村に入るなり、両親が駆け寄ってきて少女を抱きしめた。
「お父さん、お母さん。ごめんなさい」
しょんぼり謝る少女。
実に微笑ましい光景で、助けが間に合って良かったと
「あなた方は、娘の命の恩人です。何とお礼をしたら良いか!」
「お礼なら、命がけでこの子を守り抜いたティアに言ってやって下さい」
「え!?」
僕はティアの背中を押した。
何故か彼女は、一歩引いたところから、事態を見守っていたのだ。
「あなたが、アンネを守って下さったんですね!」
拝まんばかりの勢いで少女の両親は、何度も何度もティアに頭を下げた。
こういう状況には、あまり慣れていないのだろう――ティアは恥ずかしそうに目を白黒させていたが、
「そ、その……。どういたしまして」
やがて小声で、そう答えるのだった。
◇◆◇◆◇
是非とも村でゆっくりして行って欲しいと少女の両親にせがまれ、僕たちは村の中央の広場に移動した。
「やったー!」
少女は楽しそうに、僕たちの周りを駆け回る。
すっかり懐かれてしまったようだ。
やがて少女が見つかったという騒ぎを聞きつけたのか、広場に村人が集まってきた。
少女を見て思わず表情を緩める。
「そちらにいらっしゃるのは、もしかしてアーヴィン家のアレスさんですか!?」
「はい。追放されてしまいましたが……」
「やっぱりアレスさんでしたか!」
僕に声をかけた村人の表情が、パッと明るくなった。
それから人懐っこい笑みを浮かべる。
「それにしても……アレスさんを追放なんて。噂は本当なんですか?」
「――はい」
僕は黙って頷いた。
この村には、視察で何度か訪れている。
いずれは領主になるはずだと、随分と期待されていたはずだ。
期待を裏切ることになり、ただただ申し訳なかった。
「こんなことを言って、慰めになるかは分かりませんが……」
うつむく僕にかけられた言葉は、暖かいものだった。
「アレスさんは領地を知るために、剣の修業の合間を縫って、毎日のように領地を回っていらっしゃっいました」
「私たちのような下々の者にまで、気さくに話しかけて下さいました」
「農作物の実りが悪いときは、税の免除が必要だと、領主様にかけあって下さいました!」
村人たちが、口々にそんなことを言い出し――そんなこともあったなあ、と僕は懐かしくなった。
戦うだけでは、領主を納められない。
僕は頻繁に視察のために(ときにはお忍びで)、領地の村を訪れるようにしていた。
家族からは、無駄だと馬鹿にされた。
報告が上がってくるのだから、それに目を通すだけで十分だと。
国からの評価を上げるためには、まずはモンスターとの戦いで戦果を立てるのが最優先で、領民の機嫌を伺いなど時間の無駄だとも。
「ありがとうございます。こんな僕でも、お役に立てていたなら嬉しいです」
こうして僕のしてきた事を認めてくれる人が居ると思うと、これまでしたことは間違っていなかったんだと胸が暖かくなる。
どこか誇らしそうに、ティアがそんな様子を眺めていた。
「それに比べてゴーマンさんは――普段は基本的には屋敷にこもって……。視察に来たときは、話しかけるのも嫌だとばかりに私たちを見下して……」
「これから先が不安ですよね……」
どうやらこの村には、弟も視察で何度か訪れているらしい。
しかし評判は、お世辞にも良いものではないようだった。
「今回のことも、娘の危機に通りかかったのがアレスさんでなく、ゴーマンだったらと思うと背筋が凍りそうだ」
「あの方は、自分が矢面に立って民を助けるなんてこと……まずしませんよね?」
う~ん……否定して上げたいけど、否定できる材料がまるでない。
これから信頼を頑張って勝ち取るんだぞ――と、僕は内心で弟にエールを送る。
その後、少女の両親から「どうしてもお礼がしたい」と言われ、僕たちは村で一晩お世話になることになった。
◇◆◇◆◇
そして翌日。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん! ありがとうございました!」
「アレス様の旅先でのご活躍を、お祈りしています!」
何故か村人たちに総出で見送られ。
少しだけ恐縮しながら、僕たちは村を後にした。
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