7.ここからは本気で――って、あれ……?

 相手が動いたらこちらも反応出来るように、細心の注意を払いながら。

 僕は小さく呟き、スキルを発動した。




『チート・デバッガー』


――――――――――

絶対権限プライオリティ:3

現在の権限で使用可能な【コード】一覧

 → アイテムの個数変更

   (▲エクスポーション▼)

 → 魔法取得

   (▲ビッグバン▼)

――――――――――



 いくら何でもいきなり「ビッグバン」を撃つのは、気が引けた。

 ブラッド・ウルフの群れを、一瞬で跡形残らず消し飛ばしてしまった禁術だ。

 いくらなんでも、生身の人間を相手に撃つべきではないだろう。



「オラオラオラオラオラ! 手も足も出ねえか!!!!」


 こちらに飛び込んできたおっさんが、実に良い表情で手にした斧を振るった。

 僕はそれを手にした剣で受け流しながら、困惑していた。

 

(遅い……。あまりに遅すぎない?)


 それこそ師匠の剣速の1/10にも満たない。

 否、相手は凄腕の傭兵なのだ――こちらの油断を誘っているのだろう。

 油断は許されない、と僕は気を引き締める。

 


 僕は大きくバックステップして、距離を取る。

 そして魔法習得の▼をポチっと押し、


――――――――――

【コード】魔法取得

※選択可能な魔法は以下の通りです。

 → ビッグバン

 → ラグナログ

 → ブラックホール

 → デス・オール

――――――――――


「なにこれ……」



 あまりにもやばそうな魔法が、4つ並んでいた。

 そっと閉じた。


 名前しか知らない魔法も混ざっている。

 しかしいずれも最上位魔法にカテゴライズされる魔法であった。

 生身の人間を相手に、撃つものではないだろう。



「ハッハッハッハ! いまさら恐怖に震えちまったのか!!? 土下座して謝れば、ここいらで勘弁してやるぜ?」

「……少しは、真面目にやって下さいよ」


 おっさんは高笑いしながら、斧を豪快に振り回す。

 自慢の筋力に任せた拙い太刀筋だ――故に、見切るのは容易だ。

 僕は剣を動かし、最低限の動きで攻撃をさばいていく。


 おおかた僕のことを、貴族のお坊ちゃまと舐め切っているのだろう。

 それなら――



「ハアアアアッ!」


 僕は一瞬の隙を突いて、ひと息で相手の懐に飛び込んだ。


『絶・一閃!』


 そして武器を横凪に一閃。

 狙いは相手の獲物の根元の脆弱な部分――武器破壊だ。 


 スパーーーン



 良い音を立てて、斧の刃先の部分がどこかに飛んで行った。 


「て、てんめええええええ! よくも俺の武器をッ!」

「だから真面目にやって下さいと言ったんです!」


「武器破壊なんて、舐めた真似しやがって! 遠慮は要らねえ。ここからは本気だ、覚悟しやがれッ!」


 僕から距離を取り、おっさんは腰から短刀を取り出した。

 万が一の場合に備えて、サブ武器を用意していたのだ。

 一流の傭兵なら当然だろう。



 それにしても――「武器破壊なんて舐めた真似」に「遠慮は要らねえ」か。

 たしかに本気で相手を倒すつもりなら、僕は剣だけでなく、ビッグバンの魔法を撃つべきなのかもしれない。

 このおじさんは僕に奥の手がある事を見抜き、撃って来いと誘っているのだ。



「おじさんは、歴戦の傭兵なんですよね?」

「その通りだ! どうした? 今さらビビっても――」

 

「いいえ、僕も慢心していたことに気が付いたんです。申し訳ありません。ここからは、本気で行かせてもらいます」

「――はあ?」


 呆けたように口を開けるおっさん。

 ……それすらも演技なのだろう。



 何が生身の人間相手に撃つべきでは無いだ。

 僕は外れスキル持ちの未熟者だ――歴戦の猛者もさを相手に、出し惜しみ出来る立場ではない。



「いきますッ!」

「え、ちょっと待――」


 僕の周りに、視認出来るほどの炎のマナが満ちていく。

 おっさんが焦ったように、何事かを言いかけたが――



「ちょっと、アレス!? それは流石にやり過ぎ!」

「――え?」



『ビッグバン!』


 突然、ティアが焦ったように声をかけてきた。

 あ、わずかに狙いが逸れてしまった。



 ドッガーン!


 凄まじい轟音と超巨大な爆発。

 おっさんのすぐ隣に、でかでかとクレーターが発生した。

 

 それほどの爆発を前にしても、おっさんは微動だにしなかった。

 魔法の狙いがわずかに逸れたのを察し、避けるまでもないという判断を一瞬のうちにしたのだろう。

 あるいは未熟者のビッグバン程度、直撃したところで無傷だということか?

 ――さすがは歴戦の傭兵だ。



 ますます気を引き締めなければならない。


「流石です。狙いが逸れたことを見破られましたか――次は外しません。どんどん行きます!」

「ま、参った!!!!!!」


 おっさんが真っ青になって、土下座した。

 それはもう見事な土下座だった。



「え、えっと?」

「アレス……。そりゃ自慢の斧はまったく通じず、それでも引き下がれなくなったところで無詠唱のビックバン――そりゃ誰でも、心折れるわよ」


「そうなの……?」


 ティアが、じと目で僕のことを見る。

 そうして突如として始まった歴戦の傭兵との決闘は、幕を閉じたのだった。

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