避暑地の周辺

 この村はちょっとした避暑地だ。というより正確には、避暑地の周辺に位置する何にもない村だ。それゆえ、避暑地の中心に宿をとれなかった不幸で少し貧乏な人たちのために、安宿がいくつか存在する。ミセス葉子はそんな宿「シーガル」に滞在していた。宿の1階のフロアでは、ちょっとした食事ができ、夜は酒も飲める。ただし、彼女の部屋は僕の小屋と同じくらい寒々としていた。

「シスター加藤もここに泊まってるの」

「彼女はもっと質素な宿に泊まってるわ」

「宿というより、信者の家に間借りしている感じかな」

「それなら別に、教会に泊まってもいいんじゃないの」

「あそこにはシスター・アンへリカの部屋しかないのよ」

「それにあの子も、四六時中シスターと顔を突き合わせているのも嫌でしょう」

「たしかに、陰険そうな」

「そんなこと、あたしは言ってないから」

 僕は強い口調になったミセス葉子を見る。

「何か可笑しい」

 ミセス葉子は僕の顔を見て僕が笑みを浮かべたように思えたのだろうか。

「そもそも、あの女の子はお客さんのようなものだから」

「ボランティア活動」

「こんな時期にこんな僻地に来ただけでもポイントが高いんじゃない」

「そんなもんですかね」

「正直どうでもいいのよ。そもそも買い手市場の弊害なの」

「ボランティア活動とかが個人のアピールポイントになること自体ナンセンス」

「学生時代どんな生活をしてきたのか。社会貢献?自己啓発?」

「不毛ですね」

「徹マン、パチンコ」

「タバコの煙にまみれた部屋で、ジャズを鳴らし」

「欲求不満をエレキギターの音に紛らせて」

「世の中のことなんてどうでもいい。自分のことで精一杯」

「アジ演説に耳を塞ぐ、ノンポリでいいのよ」

「学生なんてそれで充分」

「あなたはどうだったの」

「周りはよくわかりませんが、僕には彼女がすべてで」

「手が届かなくても、同じ空気を共有しているだけで十分だった」

「狭いバスの中とか」

「わかってる。あなたが何もできないことは」

「ただ倒れている女の子を、見つめている以外」

「真犯人捕まったわよ」

「学生時代を就活に捧げたバカな男が」

 僕は優しい目で僕を見ているミセス葉子を見ている。

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