窓際

 楽しみにバスを待つ。特に何があるわけでもない。バスに乗ってくる女の子に会えるだけなのだ。正確に言うと、会えるというのは間違いだ。ただ僕が一方的に彼女を見ているだけなのだから。友人の卓也に言わせると、何であんな子がいいのか理解できないという。彼女はいわゆるメガネ女子だ。服装も地味というか、いつもジーンズにくすんだ色のシャツやセーターを着ている。そしていつも無表情。

「それは卓也が彼女の笑顔を見たことがないから」

「笑顔なんてするのか」

「するさ。友だちといるときとか」

「そもそも友だちがいることが信じられない」

「それはひどいなあ」

「そうか。人を寄せ付けないオーラが出てるぞ」

 確かにそのことは否定しない。

「とにかく彼女の笑顔はいい」

「どんな時に笑うんだ」

「笑うっていうより、そっと微笑むんだ。あいさつしたときとか」

「それ、友達じゃなくてただの知り合いだろう。しかもお前は、その知り合いですらない」

「いったい彼女について、どれだけ知ってるんだ」

「知らないさ、お前以上には」

 卓也は知らないんだ。彼女が僕に向ける、眼差しと微笑みを。

 心待ちにしていたバスが近づいてきて、僕の立つバス停に停車する。

 開いた扉から乗り込んで、後方の座席に進む。そしていつもの席に座る。最後尾の真ん中の席だ。そしていつものように、左側の奥、窓際に座っていた女の子が僕を一瞥して、軽蔑の視線を投げかける。無表情を装っているけれど、いつもどおり、心の中が荒んでいく。窓際は、彼女ほどではないまでも、かわいい子なのだ。僕は普段の窓際のあどけない表情を知っている。そして僕を見た途端、窓際のその表情は一変するのだ。いったい僕が窓際に何をしたっていうんだ。何にもしてないじゃないか。僕が窓際より先にバスを下りたのもかかわらず、窓際より後ろを歩いているのは、ちょっとした僕の思惑で、窓際とは何のかかわりもない。窓際が歩くのが早いだけだよ。

 窓際の無言のプレッシャーに耐え、二つ先のバス停にバスが到達するのを待つ。もちろん僕が彼女を心待ちにしていることは、誰にも悟られていない。というか、悟られないようにしている。というか、悟られてないと思い込んでいる。ところが今の僕は、緊張の絶頂に達していて心臓の鼓動の高まりを止めることができない。数か月前、このバスで彼女を見て以来、全く変わっていない。「少しは慣れろよ」バスに乗っている人々の呟きが僕の頭の中を駆け巡り、身動きができないほど僕の体を締め付ける。

 バスは急停車してバス停に止まり、息を切らせて女の子がバスに乗り込んできた。

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