第1話 振って始まってしまった物語

 それは彼が14歳の誕生日を迎えた日。その日アルトは人生で生まれて初めて男としての冒険へと踏み出した。


「母さ…クレアさん、ずっと前から母ではなく1人の女性として好きでした!付き合ってください!」


 アルトはクレアを母として慕っていたが、年月が経つにつれてその思いはクレアを母ではなく 1人の女性として愛する思いへと変化していった。

 そしてこの世界で成人とされる14歳を迎えた今日。彼は1人の男としてクレア・フォートレスに勇気を出して告白した。人生初の大勝負。しかし…


「すまないが無理だ」


 クレアにとってアルトは手塩にかけて育ててきた最愛の息子同然ではあるものの、アルトを異性としては意識的には微塵も見ていなかったので悪いとは思ったが彼からの告白はバッサリと切り捨てていた。


「気持ちは嬉しいがひと時の感情に左右されるべきじゃない」


(ひと時の感情って…)


「お前もう今日で大人と言える年齢になったんだ。するならもっと年齢の近い者と恋愛を謳歌…」


 まともに恋愛対象として見てもらえないばかりか自分の気持ちすにさえ真剣に向き合ってくれないクレアにアルトは絶望した。

 クレアが言い切る前に耐えきれなくなったアルトはすぐさま彼女の横を走って通り過ぎた。


(傷つけてしまったか)


 クレアも胸に罪悪感を抱えいつもより重く感じる足で階段を登り自身の部屋へと戻った。そして書類に目を通して始めた辺りで急にドアが開かれて1人の男が慌てた様子で入ってきた。


「大変や、クレアさっきアルトが泣いてホームから出てったんやけど」


 この男の名はロイ・ボールマン。クレアが魔王討伐後にアルトを育てるために事実上引退後パーティーのリーダーとなった男。

 未だはびこる屈強な魔物の討伐とうに尽力し、債務もバリバリこな…さずに書類関係は他者へ丸投げするなどの問題行動が見られる奔放な性格をしている。平たく言うと良くないとこばかり成長した大きな子供である


「なんだと!一体何処の誰が………いや、その件はいい。そっとしておいてやろう」


 一瞬にして部屋の温度が北極かと錯覚するほどに低下したが、すぐに元の気温に戻った。


「なんや、いつもだったらアルトが手を出されたかもしれないって聞いただけで国でも滅ぼしにいくのかって形相で出て行くのに。どないしたん?」

「言いにくいんだが…その、今回の原因はおそらく私なんだ」

「え?なんかあったん?」

「端的に言うとアルトの告白を断った」

「…断った?」

「ああ、一時の感情に流されず近い年代の相手を見つけろ的な事は言ったが。なんだ、何か問題か?」

「いや別にそれでいいんやったらいいんやけど」


 クレアはロイの引っかかる発言に不審に思うものの面倒くさいので追及しないことにした。


「それにしてもあれやな。アルトも結婚できる年齢になったから、もしかしたらこれを機に早めに結婚相手を見つけて早々にこのホームを去ることになるかもしれんな」

「ん?何故だ?」

「俺らは独り身だからだけ問題ないんやけどそりゃ所帯をもったら普通2人だけの家に住む事なるやろし、このホームで暮らすんは無理やろ?」


(は?何を言ってるんだこのバカは。アルトが居なくなるだと。そんな事…ない…よな?ないよな?だってあのアルトだぞ!私の可愛いアルトだぞ!居なくなったりしないよな!?)


 ロイに指摘されることによってクレアは初めて当たり前の事に気づいた。アルトが最愛の息子がいずれ離れていく現実に。そしてそれは彼女が現実逃避せざるを得ない程の絶望を与えた。


「まあそうなると住まいの場所によっては毎日は会えなくなるかもしれんな。忙しくなるやろし。たまにこっちに顔出すくらいかもな。そう考えると…やっぱちょっとさみしなるな」


(毎日は会えない?なんで?あの子とマイニチは会えない?タマニダケ?ウソだ、ウソだ、ウソダ。ソンナコトアリエナイ。アッテハナラナイ)


 現実逃避を始めた彼女は冗談半分のロイの言葉は聞きこえつつもどんどん自分だけの世界へとのめり込んでいく。


「だけどアルト優し過ぎる故に奥手ぽいからな。キスとハグとかそれ以上とかは全部リードされっぱなしになるかもな」


(アルトガダレカトキス?ハグ?ソレイジョウ?ドコノホネノウマト?アルトガケガサレル?アノコハワタシノモノダ。ワタシダケノモノダ。ワタサナイ、ワタシテハナラナイ。

ダメダダメダダメダ)


 彼女の精神はそこで限界を迎えた


「でもこれでアルト…いや、クレアも子離れならぬアルト離れ出来…」

「イヤーーーー!!!」


 彼女が人生最大級の絶望感に満ちた瞬間、けたたましい悲鳴がホームに響き渡った。







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