人類最強の元勇者が人類最狂の親バカへと変貌した

mikazuki

プロローグ

 この世界では14歳を迎えると成人となり潜在能力が目覚める。クレア・フォートレスも14歳の時に潜在能力が目覚め勇者の力を手に入れた。その瞬間に人類のために魔王と闘う宿命を背負ってしまった。


 それから彼女は同じく勇者の称号ももつ者達と共に凶悪な魔物や魔王の幹部と戦い続けた。しかしその戦いは彼女の想像絶するものであり、何より戦うために命を落としていく仲間が後を絶えない状況が少しずつ彼女の精神を削っていった。


 そして彼女が勇者となってから約100年。クレア率いる勇者パーティーのお陰で魔物もかなりの数を減らし魔王討伐も近々と囁かれ、クレアが『人類最強』と称えられた。しかし沸き立つ観衆の思いとは裏腹に彼女の気持ちは沈んでいた。


 仲間が当たり前のように死に時には自分を除きパーティー全滅などといったことが繰り返され彼女の心はボロボロだった。

 ヒューマンであればとうに引退できていたが長寿のエルフであったことが仇となり、彼女は普通の人の一生を戦いの日々に身を投じることになってしまった。そして己の心を殺して感情を遮断する事で魔物を殲滅する事ののみに没頭するようになった。


 その結果彼女はそれまで以上に魔物を討伐し成果を上げるようになった。しかしその代償としてで彼女の心は勿論自分とは何なのかさえ見失いそうになるほど削れていき、冷たすぎる態度などが目立ち一部では冷姫れいきなどと呼ばれるようにもなってしまっていた。


それから月日は過ぎとうとう彼女たちのパーティーは魔王の討伐に成功した。人類は皆その吉報を喜び分かち合っていたがそこにクレアの姿はなかった。



 彼女は1人戦死した仲間の墓石をを目指して歩いていた。一本の毒の入った瓶を持ちながら。そう、彼女は死ぬつもりだった。これまで勇者であるが故に闘う宿命にあった自分の運命からようやく解放された。

 人生のほとんどを血の絶えない戦いの日々に費やし、仲間が戦死するのが日常と化し自分だけ生き残り続けていた彼女には生きる気力は残されていなかった。


 だから彼女は決めていた。もし生きて魔王を討伐出来た暁には戦死した仲間達の墓の前で自らの命を絶つ事を。

 心配して探さないように自分の部屋の机にパーティーメンバーに向けたこれまで冷たく当たってしまった事と黙って命を絶つ事に対する謝罪が綴られた手紙を残して。


 皮肉にも役目を終えて自害できるようになった安心したことで気持ちが緩んだことによって人間らしい気持ちを取り戻すことが出来た彼女は墓前に向かう途中にようやく彼女は泣く事が出来た。


(これで…私もようやく…)


 仲間の元へ逝くことができるそう思っていた。墓前に置かれていた揺かごに入っていた赤子を見るまでは。


 揺りかごには手紙が添えられておりそこには赤子の名前がアルトという名のである事と母親と思わしき人物が余命いくばくもなく、この子を看取ってくれる知り合いもいないためこうするしかなかった事。


 そして願わくばこの手紙を読んだのが心優しい人物であれば自分の代わりにどうかこの子を育ててほしいと言う内容だった。


 クレアは迷った。つい先程まで死ぬことを心に決めていただけにあまりの急展開に頭がついていけなかった。


 赤子を見殺しにはしたくないものの、血で染まりきった自分の手で子供を育ててる事がいいとも思えず、申し訳ないが赤子のことは見なかったことにするつもりだった。


 しかしクレアがその場を立ち去ろうとした時赤子は目を覚ました。そしてクレアと目が合うなり楽しそうに笑った。たったそれだけのことであったがその純粋で屈託のない笑みは彼女にとってとても特別なものの様に思えた。


(やはりこのまま捨て置くわけにはいかないか。せめてこの子の引き取り先が決まるまでは私が面倒をみるか。逝くのは…それからでもいいだろう)


 それからクレアはアルトを抱きながら来た道を歩いていた。道中楽しそうにはしゃぐアルトの頭を撫でながらクレアを嬉しそうに微笑んでいた。


 アルトの無垢な笑顔にクレアの枯れきっていた心も癒されていった。クレアはまだ勇者になる前だった頃に歌っていた歌を自然と口ずさでおり、まるで子守唄を聞かせるように歌っていた。


(不思議だな。この子といるとまるで心が浄化されていくような)


 クレアはアルトと歩きながら100年ぶりに癒される感覚を堪能していた。そして街に戻る頃には里親が決まるまでではなく自分の手で自らこの子を育てあげることを決めたのだった。




 それから14年近い歳月が流れ現在。クレアは勇者のホームで彼らやアルトと共に暮らしていた。


「アルト、あ〜ん」

「あ〜ん…うん、やっぱり母さんの料理は美味しいですね」

「そうだろうそうだろう」


 クレアがアルト(13歳)に料理を食べさせていた。この行動がアルトがまだ2、3歳くらいでやっていた時なら仲睦まじいと思え、4、5歳ぐらいであっても珍しいと思うくらいでそこまでおかしな事でもなかっただろう。

 しかし現在アルトは14歳間近の13歳であり、どう考えても母親に食べさせてもらう年齢はとうの昔に過ぎ去っていた。


 では彼が母親の力を借りなければ食べられない障害を持つ子なのかと言えば、そんな事はない。

 寧ろ彼は頭も良く大抵のことはそつなくこなし、良心的で絵に描いたような好少年へと成長していた。

 ならば何故彼は母親に食べさせてもらっているかと言うと単純に母親であるクレアが食べさせたいからである。


 この女アルトを育てるようになってからアルトから与えられる癒し成分にどっぷりとハマってしまい、勇者とは別の意味で人類最凶の親バカへと変貌を遂げていた。

 それからは恋人でも恥じらいそうな程近い距離でベタベタを繰り返しており、そんな環境で育ってしまったためアルトはそれが一般家庭においてごく普通のことなのだと思い育ってしまった。


 これによりクレアの教育という名の洗脳によってこの異常すぎる距離感に他のメンバーと比べて近すぎる事に僅かばかり疑問を抱くものの特に気にすることなくアルトは成人を迎えようとしていた。











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