第21話 ヘルプコール
このエピソードの副題は『大森春樹(ファルキン)という男について』です。半分くらいは閑話みたいなエピソードです。
地味にこの作品の本編でおそらく初の3人称視点です。(閑話扱いの運営裏話を除く)
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ファルキン、もとい、大森春樹という男は実に運のない人間である。
幼稚園や小学校の時にあった遠足の前はほぼ風邪をひき、テストの時に限ってシャーペンの芯は詰まるし、ついでに消しゴムも机から落ちる。
学食で食べようと決めていたメニューは直前に売り切れることもしょっちゅうだし、ソシャゲのガチャも最低保証が大半である。
捻くれたり荒れた性格に育ちそうな人生を送っているが、そうならなかったのは生来の朗らかな性格によるものだろう。一時期、別の理由で荒れていた時はあったが、あくまで一時的なのもだった。
さらにこの男、そこそこ間も悪い。こちらはマイペースな性格ゆえのものではあるが、ここぞという時に限ってやらかすことが多い。
これまで大きな問題になってこなかったのは、なまじこの男のリカバリー能力の高さゆえのことではあるが、巻き込まれた人にとっては必ずしもそうも言えない。
まあ、このやらかしが良い方向に進むこともあるにはあるが。
それなりに合う人間はそこそこ居るが合致するような人間は少ない。そして合わない人間にはとことん合わない人間である。
このようなこともあって大森春樹の交友関係は狭い。談笑できる程度の知り合いとなれば、社交性がありかつ人当たりの良い性格をしているため相当数存在しているが、友と呼べる存在は多くはない。
しかしその分、友と呼べる存在を大切に扱う人物である。
「ファルキンさん。そろそろ休憩、終わりにしますか」
「そうだなぁ。MPもそこそこ回復したからそろそろって感じか」
ファルキンは現在ワイバーンの巣の近くで休憩がてらそれまで消費したHPやMP、武具の耐久値を回復させていた。
「いやぁ、今回は私のLV上げに付き合っていただき、本当に助かります」
「仲間っていうか、クランメンバーなんだから手伝うのは普通だろ。それに俺のLVも上がるし、ロックワイバーンの素材も手に入るからこっちに利がないわけでもないからな。というか、別に敬語で話さなくても良いんだけど。グラン、俺より年上だよな?」
グランはファルキンたちが廃村の復興をしているときに新しくエンカッセパーティーに加入してきたプレイヤーだ。
いまだに認知度が趣味スキルの域を出ていない【栽培】スキルの使い手であり、廃村復興の終盤に活躍したプレイヤーの1人でもある。
そして、グランがパーティーに加入したことでパーティ上限を2人も超えてしまったことと、ある事情でエンカッセパーティーはクランを新設している。
なお、年上相手にファルキンが言葉を崩しているのはグランから強くそうしてほしいと言われたからである。
「こちらの方が慣れているっていうのは一番なんですけどね。あえて理由をつけるなら、過去に同じようなことを言われて言葉を崩したら何故か逆ギレされたせい、ってところです。あれ以降ずっとこれですよ」
「あー、なるほど。居るよなたまに。いいよって言うからやったのに、やったらやったで怒るやつ。とはいえ、俺、というか俺たちは本当に気にしないから崩しても大丈夫だぞ」
「それはわかっているんですけどね。やっぱり慣れている口調の方が話しやすいっていうのもあるので」
「無理していないんならいいんだけどさ」
「ええ、えぇ」
問題なし、といった様子で頷くグランに、まあ本人が気にしていないならいいんだがと思いつつも、ちょっと居心地が悪そうな表情をするファルキン。
今ファルキンたちがワイバーンの巣の前にいるのはグランが言った通りLV上げと、ファルキンが言った新しく武器防具を作るための素材を手に入れることを目的としている。
今まで気分転換で別の場所にいた時以外、ずっと廃村の復興を進めていたファルキンたちであったが、前日に廃村の復興度が99%になった。残りあと1%で復興が完了すると思ったところで
村長のことや居住云々の話は実質拒否権はないようなものではあったが、手柄を横取りされる感じではなく、下手な者に復興された村を使われないようにするための措置に近いものであった。
そういった理由もしっかり聞かされていたため、エンカッセたちやそれ以外に復興に長く携わっていたプレイヤーの中から異を唱える者は出てこなかった。
実際は、この段階で復興されたばかりの村を手に入れたところで、荷物にしかならないから住民に押し付けたかったという面も多大にあるわけではあるが。
「ん?」
休憩を終え腰掛けていた岩から立ち上がったところでファルキンは自身のフレンドチャット通知欄に新しくコメントが届いたことに気がついた。
「どうしました?」
「いや、ちょうどフレチャに通知が来て」
グランの問いにそう相槌を打ちつつフェルキンは通知欄からフレンドチャットを開いた。
「んん?」
フレンドチャットを開いたところでコメントを送ってきた相手が妹のアユだと気づいたファルキンは首を傾げた。
実はアユからフレンドチャットなどの連絡が来るのは初めてのことだった。普段はファルキンからチャットが始まりアユがそれに返事を返すのが常であったため、今回のように最初にアユの問いからチャットが始まるのは本当に初めてのこと。
さらに驚くべきことはコメントの内容である。
ア ユ:手伝って
ア ユ:ヘルプ
アユは基本的に1人でプレイしている。というか複数人でプレイするのが苦手だ。できないと言う意味ではなく、過去に色々あった結果の人間不信や人見知りを拗らせたことであまりやりたがらないのだ。
最近は多少改善してきているが、中学に上がる前の一番酷かった時期を兄であるファルキンは見ているので、いまだに過保護にならざるを得ない。
そもそもMMO RPGなどのオンラインゲームのほとんどは他者と協力して進めていくゲームだ。昨今ではソロプレイメインのものや、ソロプレイでもクリアできるように工夫されているものも多くなってきているが、上位プレイヤーを目指したりエンドコンテンツを進めていくのにソロであり続けるのはなかなかに難しい。特に生産職プレイヤーとなればなおの事。
そんなゲームを極度の人見知りであり他者との関わりを極力避けているファルキンの妹であるアユが、自ら進んでプレイするというのは不自然だろう。
ゲームが好きだからとはいえ、オフラインでも似たようなゲームは多数存在しているのだ。
そんな中で、ほぼ強制的に他者と関わらなければならないオンラインゲームをプレイするという選択を、アユが自らするとは考えにくい。
実のところアユにオンラインゲームを勧めたのはファルキンである。
割となんでもできる出来の良い妹であるが、病的なほど人見知りをすることはあまりいいことではない。
現代ではそれでも生活できなくはないが、何かあった時を考えれば少しでも改善しておいた方がいいとリハビリ目的でオンラインゲームを勧めたのだ。
最初のうちは誰とも関わろうとせず黙々と1人でゲームを進めて行っていたが、流石にそれではリハビリにならないだろうと途中からファルキンが誘導して知り合いたちとパーティを組んでプレイするようになった。まあ、それでもソロで活動する時間の方が長かったのだが、0よりはだいぶマシである。
そんな流れで着実に身内以外の人間と関わりを持てるようになっていったのだが、厄介な人間に目をつけられてしまった結果、今までの努力のほとんど無に帰してしまったのだが。
幸い歳を重ね精神的に成長していたぶん、振り出しに戻るような事態にはならなかったが、改善から遠ざかってしまったのは間違いない。
あれから時間が経ったとはいえ最近でもまだまだ対人恐怖症が色濃く残っている妹が、兄であったとしても自ら手伝って欲しいと言ってくることに違和感を覚えた。
気持ちに何かしらの変化があったのか、それとも本当に切羽詰まっている状況なのか。
ただ「手伝って」と「ヘルプ」の前後の言葉で温度差があるためファルキンは判断に迷った。
手伝って、だけであればあまり緊迫した状況だとは思えない。その後のヘルプだけであれば緊急性を感じられる。しかし、そのふたつがほぼ同時に来ていたため、どちらなのか判断できなかった。
ファルキン:どうした?
通知があったのは十数秒前。すぐに返信をしたがなかなか返事がこないことにファルキンはさらに首を傾げた。
「うーん? これは結構まずいのか?」
アユは普段からこういったやり取りはきっちりしているタイプだ。自分から声をかけている状況でチャット欄から目を離すことはあまり考えられない。
となれば、すぐに反応がないと言うことは何かしら危ない状況に巻き込まれているという可能性が高い。
「何かあったんですか?」
「い—、知り合いからフレチャにヘルプって届いてな」
「え? それじゃあ早く行ったほうがいいんじゃないですか」
「そうなんだけどさ、来たのがヘルプってだけなんだよな。どこに行けばいいのかわからないんだよ」
ログインした段階で自分たちと同じようにロックワイバーンを狩っていたのは把握していたが、現段階でアユが何をしているのかファルキンは把握していない。
少なくともアユがロックワイバーンに苦戦しないことは聞いていたので、あのチャット内容では他の場所に移動して何か厄介なものに遭遇したと考えるのが普通だ。
ア ユ:倒したい
ア ユ:死にそう
ファルキン:助けに行くのはいいがどこにいるんだ? 場所を教えてもらえないと行くにも行けないんだが
端的な返答に要領がつかめないが、とりあえず死ぬ可能性がある状況なのは理解したファルキンはすぐに返事をする。
またすぐに返事が来ることはなかったが、これまでの反応からしてなかなかチャットでの返事ができない状況であることは理解した。
とりあえずアユからの返信を待ちながら再度装備の確認をする。
「知り合いのプレイヤーからのSOSってことでいいんですかね」
「ま、そうだな」
「私もついて行った方がいいですか?」
JOB:栽培師というだけで下に見られがちな彼ではあるが、2人でロックワイバーンを安定して倒せている以上、グランは弱くはない。ただ、やはり生産職ということで火力がいまいちなため、こうやってファルキンが補助に入っているのだ。
「あー状況次第……か?」
割とズバズバいうタイプのファルキンが歯切れの悪い返答をしてきたことにグランは首を傾げる。
「何か問題でも?」
「いや、単純に人見知りするタイプなんだよ」
「ああ、なるほど」
オンラインゲームの歴だけで言えばファルキンよりも長いグランは、アユと同じようなタイプのプレイヤーと一緒に遊んでいた時期もあるため、ファルキンの反応に少し納得した様子を見せた。
「そういった方では私は行かないほうがいいですね」
「うーん、まあそうなんだけど」
「なんだけど?」
「もう少し他のプレイヤーと関わっては欲しいんだよな」
最近は本当に他のプレイヤーと関わるようなプレイをアユがしていないことを知っているファルキンは、そろそろ他のプレイヤーとか関わってほしいと切実な願いを持っていた。
無理やり関わらなければならない状況を作るのは、いい結果にならないのは理解しているのでするつもりはないが。
「そうですか」
ファルキンの反応を見て、少なくともチャット先の相手がファルキンにとって特別な存在であることを察した。
「問題なさそうならグランも一緒についてきてもらいたいんだが」
「相手の方が問題ないのであれば私はそれでも大丈夫ですよ」
「そうか。助かる」
ファルキンがグランの言葉にそう返すと同時にアユから返事が届く。
ア ユ:ワイバーンの巣の中。中に入ってきて
< アユ さんからパーティーの申請が届いています。了承しますか? YES/NO >
「どういう、いや。今はいいか」
予想とは違い、まだワイバーンの巣の中にアユがいることに疑問を抱いたファルキンだったが、すぐに疑問を振り切り思考を切り替えた。
「すまんグラン。一緒に行くのは無理そうだ」
そうグランに断りを入れると同時に、ファルキンはアユから届いたパーティー申請に了承ボタンを押した。
どうしてここでアユの方からパーティー申請が届いたかといえば、ワイバーンの巣の中は別空間扱いとなっており、同じ空間に入るためにはすでに中にいるプレイヤーとパーティーを組んでいる必要があるからだ。
またフレンドチャット経由のパーティー申請は、フレンド相手のみが対象となっている。申請されたプレイヤーが他のプレイヤーとパーティーを組んでいたとしても、パーティー申請をしてきた相手とフレンドではない場合、申請されたプレイヤーが了承すると強制的にパーティーを解除されるようになっている。
そのため、アユとフレンド登録をしていないグランはファルキンがパーティー申請に了承した段階で、ファルキンとパーティー状態が解除されている。
「そうですか。なら私は先に町に戻っていますね」
「ああ。すまん」
「いえ、大丈夫ですよ」
ファルキン:了解。今すぐ行く
グランに返事をしてすぐ、ファルキンはそうフレンドチャットに打ち込。そしてアユからの返事が帰って来るよりも前にワイバーンの巣の中に入っていった。
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廃村の復興99%以降の1%は住民が住むことで進行するのでプレイヤーは直接関与できない。
春樹があゆなにオンラインゲームを勧めた話云々はもっと早い段階でする予定だったのですが、彼が想定外に嫌われてしまったので少し避けていました。まあ、いまだに嫌われているようですが……
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