第44話 逃げた先(追った先)でのエンカウント

 

 ※中盤あたりから別視点が入ります 

 ―――――



 もう一度【感知】を使いマップに表示されている点を確認する。

 後方に存在する非敵性存在を表す点は私と同じようにその場から動く気配はない。


 マップに表示されている点は青。ということはPKerということはなさそう。この【感知】表示される点は青の非敵性存在と赤の敵性存在、そして灰色の死亡判定を受けた存在の3種類存在する。

 そして、PKerの場合は赤、敵性存在として表示されるので後ろにいる存在がそうではないことを示している。


 ストーカー行為は当たり前だけど迷惑行為だし場合によっては通報案件なのだよね。ただ、たまたま同じ方向に進んでいただけとか、私が突然止まったから相手が警戒して止まった、という可能性も完全には否定できないから対処が難しいのだ。

 まあ、反応からしてそれはないだろうけど。


 確認のために少しだけ先に進んでみる。すると同じようにマップに表示されている点が移動した。


 明らかに私が動き出したらあちらも動き、足を止めたら動きが止まったので、高確率で私のことを追っていることがわかった。


 面倒だなぁ、と思ったところで兄がこういった行為を当たり前に行うクランがあると注意してくれていたことを思い出した。


 何てクラン名だっけ……? 金何とか……思い出せないけどとりあえずつけられていたらガン逃げ推奨とか言っていたよね。関わるだけ労力の無駄とか。


 全力で走って樹の影に入ったところでシャドウダイブとシャドウエスケープを使って、そこから完全にあのプレイヤーたちの視界から外れたところで【隠蔽】を使う感じで逃げればいいかな。薄暗い森の中だからシャドウダイブは何処でも使えるし、逃げるのはそこまで難しくはないはず。


 ただ、追われている状態で【隠蔽】を使うのはリスクがあるけど、あっちだって【感知】系のスキルは使っているだろうし、そうなると使わないで撒くのは相当難しいはず。

 [暗殺者]の称号効果で隠蔽系スキルの効果が上がっているけど、その代わりに見つかったらそこから30秒の間受けるダメージが増える。だからあまり追われている時に使いたくはないのだよね。

 でも、シャドウエスケープだって移動距離に限界はあるから、1回で【感知】のスキルの範囲から出られないかもしれない可能性があるのだよね。そうなったら次に使っても同じことになりかねないし。出来れば1回で相手の感知範囲からは出ておきたい。


 そうと決まれば、ぱぱっと逃げよう。

 それにここでじっとしていても時間の無駄にしかならないし、そうしていたら後ろにいるプレイヤーが近付いてくるかもしれない。これ以上の面倒ごとは勘弁です。


 そういうわけで私は一気に全速力で走り出し、後ろにある点から見えない位置の木の陰に入り込み、そこでシャドウダイブを発動させた。



 〇 ※ここから他視点



 何時ものように周りと違う動きをしているプレイヤーを探しながら森の近くを探索していると、俺達が居る場所から少し先に森に向かって歩くプレイヤーを発見した。

 普通のプレイヤーであれば森の中に入る際はパーティーを組んでいる物だが、先に居るプレイヤーは1人だ。どう考えても普通ではない。


「あれはどう思う」

「どう見ても何かあるだろ」

「だよな」


 むしろ何も思わない方がおかしいだろう。明らかに普通ではない行動だ。


「独り占めか?」

「1人だしな。それは十分にあり得る」


 その可能性は十分にあり得る。稀にただのLV上げの場合もあるが、そうではない可能性はある。


「追うか?」

「ああ」


 1人だけ良い思いはさせねえ。いい物は皆で分かち合う物だろうよ。まあ、先に見つけた俺たちが少し良い思いをするのは当然の権利だけどな。


 そう判断した俺たちはそのプレイヤーに気付かれないよう慎重に後を追うことにした。




 後を追うこと1時間。

 思いの他、追いかけているプレイヤーは変な行動をすることはなかった。しかし、同時に迷うことなく森の中を一直線に先へ進んでいるのでこの先に何かがあることは確実だろう。


『あのプレイヤーに見覚えがあるか?』

『いや、ないな』


 前を歩くプレイヤーに気付かれないようフレンドチャットでやり取りをする。

 俺達が今追っているプレイヤーは信じられないことに、目の前に現れたフォレストベアを瞬殺した。

 これが出来るプレイヤーなどトップ層の中でもほんの一部しかいない。有名なのはオウグラートだ。それと、ファルキンあたりだな。他にもいるが目立つのはこいつらだ。


『背丈を見れば女だ。しかし、女であれが出来るプレイヤーを俺は知らん』

『俺も知らんが、可能性があるとすれば、ヴァンパイアのあいつだ』

『あの傲慢ちきか。ありえなくはないだろうな。いや、あれが1人でここにいるのはおかしい』

『たしかに。いつも一緒にいる腰ぎんちゃくが居ねぇ。違うか』


 そうなると思い当たるプレイヤーが居ない。どうしても戦闘をメインにしているプレイヤーとなると男の方が多い。女もいることにはいるが1人でフォレストベアを瞬殺出来るのは記憶にない。


『顔が見えればわかるかもしれないが、前に行けばさすがに気付かれるだろ』

『……おそらく前に行っても、わからんと思う』

『は? どういうことだよ』


 今まで会話に入ってこなかった、普段からあまり言葉を発しない斥候担当のやつが珍しく会話に入ってきてそう言ってきた。


『あいつ、森の中に入る前に周囲を確認していた。俺たちは今以上に距離を取っていたから気付かれんかったが、そん時に横顔が見えたはずだ。だが、しっかり顔を確認できんかった』

『お前、確か【遠視】持っていたよな』

『ああ』


 【遠視】は望遠鏡を使わずに遠くのものを見ることが出来るようになるスキルだ。そして、熟練度が高ければそれだけ遠くのものを見ることができるようになるのだが、こいつの【遠視】の熟練度であれば、50メートル以上離れていたとしても相手の顔をはっきりと視認できる程度には見えているはずなのだ。

 しかし、それで見えなかったというのはおかしい。


『全くわからなかったのか?』

『いや、見えてはいるが認識できん。そんな感じだ。ぼやけているともまた違う。おそらく何かのスキルか装備効果だろうな』


 厄介な。そいつの言葉を聞いて俺が最初に思ったことだ。


『スキルなのか、装備なのか。とりあえず顔が見えない。しかも、NAME非表示。これは確実に何かあるな』

『だな』


 ここまでして隠すということは何かがあると言っているようなものだ。

 久々の大当たりの予感だ。このまま、気付かれずに目的地まで連れて行ってくれよ。




「くっそ!」


 俺は焦りのあまりボイスチャットを介せずそう声を上げた。仲間も同じようにボイスチャットを使わずに声を上げている。


「どっち行った!?」

「見失った!」

「おい、嘘だろっ?」


 ふとした拍子に気付かれたのか、突然追いかけていた相手が走り出し、俺達から見えない木の陰に入ったところで姿が見えなくなった。

 【感知】のマップにも表示されなくなったところから【影魔術】のシャドウダイブを使っているのだろう。あれを使っている時はマップに写らないという厄介な能力のあるスキルだ。しかも、その上位にあるシャドウエスケープを使われたらこちらの【感知】の範囲から容易に逃げられてしまう。


 相手から気付かれないよう【感知】の範囲に入るか入らないかのギリギリの場所にいたのが失敗だった。


「完全に見失っちまった。クソが!」

「とりあえず、さっきまで進んでいた方へ進むぞ。あのプレイヤーの進み方からして、その先に何かはあるだろうからな」

「ああ」


 しばらく周囲をくまなく捜索しながら進む。今のところあのプレイヤーは見つかっていない。


「見つからねぇ」

「諦めて別の奴を見つけるか?」

「ここまで来て、それはねぇよ」

「だよな」


 あの手の何かあることが確実なプレイヤーを逃す手はない。

 猟犬がごとく周囲の気配を探りながら森の中を進んでいると、何処からともなく何かが高速で移動してくる音が聞こえて来た。


「なんだ?」

「気を付けろよ」


 何だかんだ言ってもここは第3エリアの森だ。ヤバイと言えるエネミーが数多く居る。鹿や犬だけじゃねぇ。もっと厄介なやつが……


 該当するエネミーを思い浮かべようとしたところで、少し先にある樹の間をあのプレイヤーが吹き飛んで行ったのが見えた。


「は?」


 意味が分からん。そう思うと同時に、あのプレイヤーが吹き飛んできた方向から、細い枝のような物が無数に伸びてきているのが見えた。


 それを見た瞬間、俺たちの中で一気に緊張感が増した。吹き飛ばされて来たプレイヤーはすぐに体勢を立て直していた。おそらく、先ほど飛ばされてきたのは攻撃を防御したのか受け流した結果だったのだろう。


「あれはまさか……!」

「グランドディア……だと!?」

「何でこんなところで」


 そう他のやつが呟いたところでグランドディアとエンカウントしたとのアナウンスが目の前に表示された。これであれのターゲットになってしまったことが確定したわけだ。


 ようやく見つけたあのプレイヤーよりもこいつを警戒する方が優先だ。

 俺たちはすぐに武器を抜いた。このエネミーは何度か遭遇したことがある。ただし、勝ったことは一度もないが。


 あいつは徘徊型のフィールドBOSSだ。同じフィールドBOSSのワイバーン同様、エンカウントする場所は固定ではない。しかし、まさかこんな森の奥でこいつに遭遇するとは想定していなかった。


「こいつの出現場所っつたら道のある場所だろ!? 何でこんなところで出て来るんだよ」

「知るか!」


 こんな会話をしている間にもグランドディアの土義角はぎちぎちと音を立て複数に枝分かれしながら伸び周囲を覆っていく。

 相変わらず気持ち悪い動きだ。


 グランドディアの土義角は【土魔法】によって作られた物だ。故に当たればダメージを受けるし、下手をすれば拘束される。

 最初から使って来る技のくせに面倒な上に対処が難しいクソ技だ。


 そこまで攻撃速度は速くはなく一方向からなら全力で走れば回避は難しくない攻撃だが、これは上下左右の多方向から迫って来る。逃げる方向を間違えれば袋のネズミだ。


「うごっがががががが!」


 咄嗟の事で回避する方向を間違えた仲間の1人がグランドディアの土義角の攻撃をもろに食らい、次々と迫る土義角に貫かれていった。

 パーティーメンバー覧にあるそいつのHPが急速に減り、あっけなく0になる。


「マジかよ」


 その光景を見た仲間が呆気にとられたように舌打ちをしながらつぶやいた。

 【土魔法】の攻撃は攻撃する側はINT依存だが、受ける側はVIT依存になる少し特殊な魔法属性だ。そして今死んだ奴は俺達の中で一番VITが高かった。そいつがなすすべなく実質1撃でポリゴンに変われば、そうも言いたくなる。かく言う俺も声には出さなかったが同じように内心悪態をついていた。


 既にグランドディアの土義角は俺たちの正面全てを覆いつくしている。このままでは逃げることも出来なくなってしまう。


 失敗した。あのプレイヤーを見失った時、何時ものように諦めて他のターゲットを探しに行けばよかったんだ。

 確実に何かある、そういう考えに目がくらんで深追いしたのが駄目だったのか。


 いや、もしかすると、あのプレイヤーがわざとここへこいつを引き連れて来た可能性もある。グランドディアはあのプレイヤーを追ってここに来たわけだからな。ないとは言えない。


「ぐごあっ?!」


 また一人、地面から生えて来た土義角に串刺しにされてポリゴンになった。


「森の中なのに攻撃範囲えぐすぎだろ、おい!」

「良いから死ぬ気で避けて攻撃しろ! 死んでも蘇生薬は使わないからな!」

「わかっとるわ! つーか攻撃じゃなくて逃げるべきだろうが!」

「ああ!?」


 突然のエンカウントに仲間の間で罵声が飛ぶ。

 気が立つのはわかるが、周囲を警戒しろよ。今殺された奴と同じようになりたいのか? 

 そう言葉に出す余裕もなく足元から伸びて来た攻撃を横っ飛びで躱す。それと同時に俺の近く似た奴がその土義角の餌食になって消えた。


 既にこの段階で仲間は俺を含めて半数になってしまった。これでは勝ち目などない。俺は攻撃するのをやめて、逃げる機会を窺うために周囲を見渡した。

 気付けばあのプレイヤーの姿がない。


 既に逃げ出した後か。ますますあいつが俺達を殺すためにこいつを引き連れて来た可能性が上がったな。


「逃げるぞ!」

「わかっている! だが、どうやってヘイト切りするんだ。他に押し付ける奴なんていないぞ!」

「全力で逃げればヘイトはいずれ切れる! ワイバーンと違ってこいつの索敵範囲は狭い。全力で逃げればどうにかなる」


 グランドディアの移動速度はサイズの割にかなり遅い部類だ。それにワイバーンほど執拗に逃げるプレイヤーを追ってくることもない。


「了解!」


 そうして俺たちは、グランドディアの攻撃を掻い潜りながら這う這うの体で逃げだした。

 俺達をこんな目に合わせて、あのプレイヤー次に見つけた時にはタダじゃおかねぇからな。

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