季節SS 元旦のおせちと妹の優先順位

 

 朝起きてリビングに向かう。

 朝と言うには少し遅い時間だし昨日よりも起きた時間は少し遅いが、今日は何をやる訳でもないのでこの位の時間でも問題はない。


 暖房の効いていない寒い廊下を通過しリビングに入ると既にあゆが炬燵に入っていて、昨日届いたおせちをつついていた。


 うちは基本的に進んでおせちを食べるような家ではないが、親の仕事の関係で毎年決まった店から購入している。

 それに買ったおせちを食べるのはもっぱら俺たちだけで両親はほとんど食べない。まあ、家では食べないというだけで行く先々で食べてはいるのだろうが、少なくとも自分たちで買ったおせちを食べることはほぼ無い。


「おはよう、あゆ」

「うん、おは」


 俺がリビングに入って来たことに気付いていたようで驚いた様子もなく、あゆはそう返事をしてきた。


「父さんたちは?」

「私が起きて来た時にはもう居なかった。お母さんからのメモはキッチンの所にあるから確認して」

「おーう」


 母さんたちが家を出たのは予定通りなら5時前だ。さすがにその時間だとあゆも起きていないだろうし、母さんたちも俺たちを起こさないよう静かに出かけただろうから気付くのは難しい。


 しかし、俺は最初から起きるつもりはなかったけど、あゆは出来たら見送りくらいはしようとしたはずだ。去年は間に合わなかったと言っていたし、今年も同じだろう。


「あゆは何時から起きてたんだ?」

「最初は5時に起きたけど父さんたちはもういなかったから2度寝して30分くらい前に起きた感じ」


 やはり起きていたようだ。反応からして難しいことはわかっていたようだが、それでも可能性があると思って早く起きたのだろう。残念ながら今年も空振りだったようだが。


「そうか」

「うん。それよりもおせち減らないから食べて」

「あ、はい」


 3人用だから2人で食べるには少し多いんだよな。そもそもあゆはそんなに食べるタイプではないし。


「今年のおせちはどんな感じだ?」

「去年と殆ど変わってないけど、ちょっと伊勢海老が大きくなった?」

「それは、たまたまじゃないか?」

「そうかも」


 直接おせちをつまむのは良くないので取り皿をキッチンに取りに行き、ついでに飲み物も冷蔵庫から取り出す。


「さてと、何から食べるかね」

「伊勢海老邪魔だからそれから」

「あーはいはい」


 あゆは食べるのに手間がかかる物はあまり好きじゃないんだよな。ゲーム内だと手間を掛けてアイテムを作ったり細部まで気にしたりするのに、現実だと興味がない部分は結構おざなりだったりするし。


「邪魔ならあゆが食べても良かったんだが」

「殻をむくのが面倒」

「いや、そこまで面倒ではないだろ」


 昔、俺がエビが好きと言ったのを覚えているのかもしれないが、今のはたぶんそれよりも食べるのが面倒だと思っている方が理由としては上だろうな。



 黙々と重箱の中に入っているおせちを消費していく。夜も食べることになるだろうから今全て食べる必要は無いが、少しでも多く食べておいた方がいいだろう。母さんたちが帰ってくればお土産の中には食べ物もあるだろうし、そうなれば消費しきれない。


「あゆはこの後どうするんだ?」


 おそらくUWWOにログインするつもりだろうが一応確認をしておく。聞きたいこともあるしな。


「UWWOにログインしてイベントまでの追い込みをする予定」

「ああ、そうか。まあ、予想通りだな」

「兄さんも同じでしょう?」

「そうだけど、それよりもあゆ」

「なに?」

「大学から入学前に事前の課題が出ていたはずだけど、それはどうしたんだ?」


 あゆは12月に入る前に推薦で大学に合格している。たいていの場合、早くに合格し、入学が確定した学生には入学前の課題が送付されてくるわけだが、あゆもその課題を受け取っていたはずだ。しかし、俺が見ていた限り、その課題をやっているところを見たことが無い。

 冬休みに入ってからゲームばかりしているあゆを見て心配していた母さんにも、昨日の朝に出来たら確認して欲しいと言われているし、確認するにはちょうどいいだろう。

 やっていなかったらやるように促すつもりだが、イベントがあるからなぁ。イベントが終わりしだい進めるように言えば良いか。


「大丈夫だ、問題ない。きりっ」

「いやそれ死亡フラグ。しかも自らキリッとか」


 いつも通りの表情で、いきなりネタで返してきたあゆに突っ込みを入れる。死亡フラグネタを入れて来るという事は、まさか全く手を付けていないのか?


「……まあ、もう終わっているけど?」

「へ?」


 ネタで返してきたから、一切やっていないと予測したところで終わっていると言われるとは思っていなかったため、変に声が漏れた。

 いや、待て。あゆは早くに合格が決まっている分、課題の数が多くなっているはずだが、本当に終わっているのか?


「早くないか?」

「終わらせないでゲームすれば注意されるし、父さんにゲームやりたいなら先にある程度は終わらせておきなさいって言われたから」


 ある程度終わらせるが全部終わらせるになるってどういうことだよ。いや、それよりもいつ課題をやっていたんだ?


「いつの間にやったんだよ」

「学校とかの空いた時間で一気に進めた。今まで習ったところの復習みたいなものだからそこまで難しいわけではないし」

「いや、まあそうだけど」


 俺の戸惑っている態度が理解できないのか、あゆは首を傾げながら取り分けたおせちをちまちまと食べ続けている。


「UWWOを心置きなくやるためにちょっと頑張ったくらいだけど、そこまで驚くことではないと思う」

「ああ、そう言う理由で頑張ったのか」

「うん」


 優先順位の最上位にUWWOがあるのか。課題だから先に終わらせた、とかではなくUWWOをやるためにさっさと終わらせたとは。

 いや、終わらせているだけ十分いいんだよな。中には一切手を付けずに入学式に来る奴もいるわけだし。それに比べればどうあれ終わらせているのだから、動機はどうあれ問題はない。むしろ、早くに終われせているのだから外から見る分にはやる気にあふれたいい学生だろう。


「母さんがあゆがゲームばかりしているって気にしていたから聞いてみたが、終わっているなら俺がこれ以上言う事はないな」

「ん。……そう言えば、兄さんは大学の予定はないの? 去年はちょこちょこ出かけていたと記憶しているけど、今はUWWOしかしていないよね」

「あ、あー」


 ブーメランが帰ってきた気分だ。確かに俺も冬休みに入ってからUWWOしかしていない。

 去年は忘年会やら新年会やらで出かけていたが、今年はUWWOがあるからって全部断っているんだよな。そう言えば、あゆの事を気にしていた母さんは俺のことも気にしていたような気もする。何か聞きたそうな表情をしていたな。そう言えば。


「今年は特に予定は入っていないな。来年はさすがに入ると思うが今年はない」

「そう」


 あゆはそう言うと炬燵から出る。そして使っていた取り皿などを持ってキッチンへ向かった。


「もういいのか?」

「これ以上は無理。後は夜」

「了解。何か取っておいて欲しい物はあるか?」

「特にない。好きなの食べていい」

「うい」


 使った皿などを食洗器に入れたあゆが戻って来る。その様子からしてもう部屋に戻るのだろう。


「それじゃあ、私は部屋に戻る」

「おう。UWWOするなら部屋あっためてからにしろよ。午後は昨日よりも寒いらしいからな」

「うん。それは大丈夫。ありがとう」


 あゆはそう言ってリビングから出て行った。


 部屋に着いたらすぐにログインする訳ではないだろうが、ここでのんびりおせちを食べていたら余計な差が開きかねないな。俺も少しでもあゆに追いつけるよう、これを食べたらさっさとUWWOにログインすることにしよう。


 そう思いながら俺は取り分けたおせちを食べる速度を少しだけ早めた。


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