不思議な荷物⑤




中学校卒業式の日、送馬はある一人の少年を呼び出していた。 その少年の名前は光平と言い、送馬にとっては今でも決して許すことのできない男だ。


「引っ越しする前に言っておく。 四月二日に三日月森へ来い」

「は? どうしてだよ」


卒業式だというのに晴れやかな気分なんて一切なかった。 別れを惜しむ悲しさもない。 口惜しさと腹立たしさが入り混じる不愉快な感情が送馬の中では満ちていた。


「その理由は言わなくても分かるんじゃない? それまでの間に、己の心に自分はどんな罪を犯したのか聞いておくんだな」

「三日月森って、俺が引っ込す先の徳島にある森だろ?」

「だから僕がそこまで行ってやる」

「・・・分かった」


そういう約束をした。 三日月森というのはただの森の名前で場所に深い意味はない。 だがそこなら光平からしてみたら来やすく、すっぽかされる可能性が少ないと思ったためだ。 

そして四月二日になり送馬は光平を呼び出した森へと向かう。 隣の県になるため少し遠いが今回のことを考えると特に気にはならない。 

寧ろ道中積もる恨みをどう爆発させようかと考えるいい時間になった。


―――今日をもって光平くんには自首をしてもらう。

―――僕の人生を滅茶苦茶にしたんだから、一度決まってしまったことはもう二度と戻らないということも知っているはずだ。

―――もう僕の人生はこれでもいい。

―――光平くんが自分が悪いと自首をしてくれたら、それで。


森へ着くと既に光平は待っていた。 必死に森を登ったおかげで汗が凄い。 それを見て光平が笑った。


「わざわざ高知から来たのか? ご苦労さん。 どう? ここが俺の新天地」


軽口を叩く光平を今すぐ殴りたい気持ちだった。 それを抑えると感情を押し殺し問う。


「・・・己の心にちゃんと聞いてみた?」

「は? 何をだよ」

「分かっているくせに。 ・・・自首、してよ」

「・・・」


そう言うと光平は黙り込んだ。 だが悪びれる様子はない。


「僕は作文や文章を書くのが得意だ。 それは光平くんも分かっているよね?」

「ふんッ、知らねぇな」

「そんなはずはない! いつも僕の書いた文は文集に載ったり、賞をもらったりしていたから、見たくなくても自然と目には入るはずだ。 そういう光平くんはどう? 文章を書くのは得意?」

「あぁ、もちろん」

「嘘つくな。 僕が知っている限りでは、光平くんが得意なのは体育だけ! そんな光平くんが国語でいい成績を取れるはずがない!」

「・・・」


黙り込む光平に少し近付いた。


「中学校最後に書いた、家族をテーマにした作文。 光平くんは僕の作品をまんまパクったよね?」

「パクってない」

「僕の作品を使って、コンテストで優勝したんでしょ?」

「パクったのはお前の方だろ! お前が俺の作文を真似したんだ!!」

「僕がそんなことをする必要はない! 自力で書けるから!!」

「俺の作品をお前がパクった。 その件についてはその結論で終わったはずだ!」


その言葉に送馬は落ち着いてひと呼吸を置く。 作品を丸写しにされたことなど知りもしない送馬の提出が遅れたのが原因だったのかもしれない。 

結局のところ、光平のパクリ作品が最初に人目に触れたという事実が大きかった。 送馬のものは本来オリジナルの真作のはずなのに、逆に贋作扱いされてしまったのだ。


「あぁ、そうだよ。 光平くんのせいで僕の評価は下がって、第一志望の高校を落とされたんだ」

「そうなるのは当たり前だろ」

「僕の夢を壊しやがって! 早く自首してくれよ!!」

「だから俺は何も悪くないって言ってんだろ!!」


謝って自首すれば許そうと思っていた。 そうすれば自分の評価は元通りになり、第一志望に改めて受かることはなくても今の高校生活を受け入れ大学は気を取り直し進学できると思っていた。 

しかし光平はあろうことか逆切れし掴みかかってきたのだ。 咄嗟のことだったため棒を拾い上げ迎え討とうとしたところ、尖った先端が光平の眼球を直撃した。 

グシャリと鈍い感覚が木の棒越しにも伝わり血が噴出する。


「ギャアァァァ!!」


耳をつんざく悲鳴に頭を過ったのはとんでもないことをしてしまったという罪悪感だ。 いくら作品を盗られたといっても、その仕返しに目を潰してしまってはマズい。 

正当防衛が成り立つかどうかとか、そのようなことを考える余裕はもうなく、ただひたすら手に残る気味の悪い感触が心に焼き付いていた。


「グワギャァァァァ!!!」


送馬はパニックになっていた。 光平の悲鳴は激しくこのままでは人気の少ない森と言えど、人が集まってしまうかもしれないという恐怖。 それで身体が勝手に動いてしまったのかもしれない。 

気付けば手に持っていたはずの棒が光平の喉に深くめり込んでいた。 光平は信じられないといった様子で目を見開いたが、そのまま大きく崩れ落ちる。 

恐らくは呼吸ができないのか身体を痙攣させ、次第にその動きは小さくなっていった。


―――・・・え、死ん、だ・・・?

―――ここまで、するつもりはなかったのに・・・。


ぐったりと横たわっている光平を揺さぶってみるが、もう起きる様子はなかった。


「ど、どうしよう・・・」


冷静になって怖くなってしまい、木の棒は近くの川に投げ捨てていた。



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