第16話 最後

 ケントが地面に堕ちるのを確認すると、私はすぐに彼のもとへ駆け寄った。


 もう飛び道具は無い。これが最初で最後のチャンスになるだろう。


 頭から落下したケントは、まだそのままの姿勢で固まっている。高さは大したことなかったはずだが、おそらく片翼だけを失った影響でバランスを崩してしまったのだろう。


 何もさせる気はない。その前に倒す。コイツは危険すぎると、私の脳が警戒信号を出し続けている。


 息を切らしながら、私の唯一の武器である純白のナイフをケントの首筋へあてがう。

 トレードで手に入れた武器は魔王には効かないという可能性を気にしていたが、杞憂だったようだ。


 特に抵抗もなくナイフが走り、ケントの首を飛ばす。


 ここにきて、私は大きく安堵の息をつく。

 今さら足が震えだし、ずいぶん無茶をしたのだと分かる。


 敵とはいえ、今までの化物とちがい人間(すくなくとも見た目は)である以上、弔ってあげた方がいいだろうか。


 そんなことを考えていると、ある違和感に気づく。

 ケントの傷口、両断された首から血が一滴も流れていないのだ。


 そのことに気づいたとき、ケントの身体が、首なしのままゆっくりと起き上がりはじめる。

 その様は、まるで出来の悪いホラー映画のようだ。


 ケントだったものは自分の首をつかむと、それを元あった場所へ無造作に押し付ける。


 首の断面から、うぞうぞと虫の湧くような音が響く。

 たったそれだけで、次の瞬間にはもう傷は塞がれていた。


「やっべ、今の人間だったら確実に死んでたわ。正直お姉ちゃんのこと舐めてた。さすが今まで生き残っていただけのことはあるね。」


 首の様子を確かめるように軽く曲げながら、ケントは何でもないことのように語りだす。


 私は逃げるべきだったし、少くとも戦うべきだった。必要であれば『トレード』してでも。

 しかし、仕方ないじゃないか。誰がこんな不死身の怪物を相手にできると言うのか。


「でも、オイタはいけないね。少し大人しくしてもらおうか。」


 ケントが右腕を伸ばす。

 それはためらいもなく私の腹の真ん中を突き抜け、噴き出す血で視界が赤く染まった。




 不思議と、痛みはなかった。

 ただ自分の中を異物が貫いているという不快感、あと燃えるような熱を感じていた。


「大丈夫、あとでお姉ちゃんも眷属にしてあげるから。そしたらずっと一緒だし、寂しくないよ。」


 ケントは何でもないようにそう言うと、そのまま私を担ぎ上げる。

 身体が宙に浮かび、さらに不快感が増すが、文句を言おうにも言葉が出てこない。


 経験や知識がなくても、容易に理解できた。おそらく、これが致命傷というやつだ。

 もう私は長い時間生きられないだろう。


 眷属という言葉に、私は今朝目覚めたときにそばにいた人面蜘蛛を思い出す。

 あれもケントの仕業だとすると、たしかにそれは魔王の所業だろう。


 私は、自分がという覚悟を決めた。


 それでも、だ。

 それでも、ケントの思い通りになる気はない。


 私は空になった肺に必死に空気を集め、最後の『トレード』を口にする。


「ストラス、残った身体を全部あげる。……ケントを、彼を止めて。」


 そこで、私の意識は途切れた。

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