第14話 再会


 まるで違う世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 軽く歩き始めるだけでそんな感想を抱く。


 具体的に何がとは言えないが、昨日までと何かが決定的に変わってしまった。そんな風に感じる。


「ねぇ、ストラス。いないの?」


 悪魔を呼ぶが、声は返ってこない。

 昨夜からだから、もう半日近く行方不明ということになる。

 今までこんなことは無かったので、なんとも落ち着かない気分になってしまう。


 もちろん、ストラスは友達ではないし、私によくしてくれたわけでもない。

 それでも、なんだかんだいってここ最近の私の話し相手はあの悪魔だけだったし、悪魔という割に決してこちらを騙したり、攻撃したりするようなことはなかったため、いないとそれなりに寂しさを感じてしまう。


 まあ、あのふてぶてしい悪魔に何かがあったとは考えにくいが、それでも暇があれば探してやろう。


 そんな取り留めもないことを考えながら歩いていると、大きな羽音がしたので、そちらを向く。


 期待通り、そこにいたのはストラスだった。


 そういえば、梟のような恰好をしているくせに、彼が飛んでいるのを見るのは初めてだった。


 そのことに違和感を感じていると、ストラスに引率されるかのように羽ばたく一つの生き物に気づく。


 私の見間違いでなければ、それは自らをキングと名乗るいけ好かない男だった。




「やぁ、ようやく出会えたね。」


 いつの間に人間をやめていたのだろうか―――黒い翼を生やしたキングは例の傲慢な態度を潜め、私に語りかける。

 その姿は何故か上半身が裸で、身に着けているのはジーパンだけという有様だ。靴も無い。


「そんなに怖がらなくていいよ。僕を見捨てたことについては、まあ気にしてないといったらウソだけど別に恨んでるわけじゃないから。」


 どう対応したらいいのか悩んでいると、キングが意味不明なことを言いだす。

 今までと全く違う、子どものような口調も違和感しか感じない。

 乾いた喉を無理やり絞り、言葉を吐き出す。


「なんの話?……あなたを見捨てた覚えなんか全然ないけど。」


 昨日別れたときのことを言っているのだろうか。

 たしかに有無を言わせずあそこを逃げ出したが、見捨てるというのとは少し違うだろうと思う。


 見捨てられるというのではまるで、被害者側の言い分のようだ。


「見捨てたじゃないか! 僕に期待させるだけさせて、それでも一人だけ逃げたじゃないか!!」


 目の前の男がまるで駄々っ子のように叫ぶ。

 その感情の激しさは、私の知るキング(憎らしいほどにいつも余裕な)とは全然違う。まるで別の人間のようだった。

 断言するような強い口調に怯みながらも、それでも私に心当たりはない。

 キングを見捨てたと言われるくらいなら、一緒にいた子供たちを見捨てたと言われた方がずっと納得できる。


 それかもしくは、あの可哀相な―――


「もしかして、?」


 思わずこぼれてしまった私の問いかけに、男は否定することなく、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「ああ、なるほど。この姿のせいで気づかなかったのか。でも、昔の僕の身体はもう使い物にならないからなぁ。」


 明確な返答こそしなかったが、彼は私の問いかけをたしかに認めた。

 しかし、簡単には信じられない。私の知っているケントは一人ではまともに歩けないような状態だったし、目の前の男の外見は見間違えようもなくキングのそれだ。


「魔王だよ、お姉ちゃん。魔王になったんだ。あの威張り散らしたキングも魔王になった僕にかかれば可愛いものだったよ。さらにあれだけ怖かった化物も、今では僕のしもべさ。」


 そう朗らかに笑うケントの肩に、ストラスが飛び乗る。それは確かに、主に仕えている騎士のようにも見えた。

 ケントは満足気にストラスの頭を撫でると、空を指さす。


「あの黒い太陽が、世界と魔界を繋げる境界なんだ。お姉ちゃんは結局僕を見捨てたわけだけど、まあ一度は助けに来てくれたわけだし、特別に連れてってあげるよ。魔界のプリンセスだ。わるくないでしょ?」


 イカレている。

 キングも十分ヤバい人間だったが、あの男には(多分に自分本位ではあっても)世界の秩序を守ろうという意思があった。考えの違う私を見送ってくれたし、悔しいが私よりもずっと、自分と子供たちの将来を考えていた。


 しかし、ケントは違う。

 その境遇が彼を歪めてしまったのだろうか、彼は世界を憎むあまり、人間じゃないものになってしまった。


「残念だけどお断り。魔界だかなんだか知らないけど、ひとりで行ってきて。」


「わかってないな。」


 私の拒絶の言葉にも、ケントは響かないようだった。

 彼は子供のように無邪気な、そしておそらく年相応な笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「全然わかってない。僕は魔王だよ? 僕がすると言ったら……それは必ず現実になるんだ!」


 ケントがその真っ黒な羽を広げ、飛び上がる。

 赤い空に浮かぶその姿は人間離れしており、そして美しかった。

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