第11話 恐怖
謎の声に導かれるようにして地下へ階段を降りていくと、ひとつの扉に出くわした。
扉自体は他の扉と同じ乳白色だが「STAF ONLY」と書かれたプレートが貼られていた。
そして奇妙なことに、その扉は開けられないようにロックされていた。
といっても、トイレの個室で使うようなスライドするレバー(かんぬきと呼ぶのかもしれないけれど自信が無い)であり、明らかに素人が取り付けたように見える。
小さい子供が勝手に入らないように付けたのだろうか。しかし、これではまるで―――中に誰かを閉じ込めるためのものに見えてしまう。
嫌な想像を振り払いながら、私はロックを外し扉を開ける。
キィ、とかすかな音を立てて扉が開く。
いつの間にか建物の震動は収まり、物音ひとつしなくなっていた。
部屋の中に入り、すぐ手元の照明SWをONにする。
その瞬間、部屋の中央に何かがいるのが分かった。 慌ててナイフを構えるも、中にいたものの正体が分かり身体が硬直する。
―――それは、人間だった。ただし、手足が無く、髪も無く、目も耳も鼻も無い子供サイズのマネキンのようなそれを人間と呼べれば、だが。
おかしいとは思っていた。
私の持つナイフが肋骨4本に相当することを考えれば、キングの持つ武器や防具は明らかに立派すぎる。にも関わらず、彼の体に異常や欠損は見られなかった。
一方、私の目の前には手足や目などの重要な器官をことごとく失った人間がいる。
その2つの事実から導き出せる結論は一つ。
自分以外の身体もトレードの材料になり得るのだ。
そして、答えが出た瞬間、これからとるべき行動に気付き、慌てて出口を目指す。
「こんなところにいたのか。」
しかしそこには、いつの間にここまで来たのか、キングの姿があった。
武器や鎧はなく、初めて会ったときのように気安い様子でただ佇んでいる。
「・・・彼の名前は、なんていうの?」
沈黙に耐えられなくなった私は、知りたくもないくせに、そんなことを問い掛ける。
「ケントだ。ここに来たときに7歳だったから、うちでは最年少だな。」
キングは当然のように答える。
このシチュエーションにそぐわない優しい声音に、震えるほどの狂気を感じる。
この男がやったのだ。間違いなく。
そして必要なら何度でも同じことができるのだ。この男は。
怖いと思った。今までこの男に対して怒りや気持ち悪さは感じていた。(あと、認めたくないことだがほんの少しの敬意も)
しかし、怖いと思ったことはなかった。今は違う。
思わず後ずさる。
隠しきれない恐怖が、強い拒絶となって私の口からこぼれる。
「来ないで!」
「なあ、冷静になれって。そりゃ知らない人間からしたら残酷かもしれないが、これは必要なことなんだ。」
私の警告がきいたわけでもないだろうけれど、キングは足を止めてこちらに訴えかける。
しかし、そんな話が受け入れられるはずがない。私は強い意思を込めてキングを睨みつける。
「お前みたいな強い人間には分からないかもな。」
溜め息をつきながら、キングがそう呟く。
予想外の言葉に、頭が真っ白になる。
「……つよい?」
「そうさ。誰の助けを借りるでもなく、必要なら悪魔と取引をしてでも、襲ってくる化物どもをぶっ殺せるような強者だ。でもほとんどの人間はそうじゃない。誰かが守ってやらなければならない。」
キングは淀みなく言葉を続ける。その様子は私に言い聞かせているようでもあり、自分に言い聞かせているようでもあった。
私は黙って先を促す。
「そして、そのためには武器がいる。鎧がいる。情報がいる。綺麗ごとだけでは人は生きていけない。一人の犠牲で他の全員が助かるなら、俺は迷わずそれを選ぶ。」
詭弁だ。
この男の話に騙されてはいけない。
「通して」
「せめて夜が明けるまでは待った方がいいんじゃないか?」
「いいから通して!」
ナイフを握る手に力を込める。
これ以上何かを言う気なら、容赦する気は無い。全然、無い。
「オーケイ。頭を冷やしてよく考えてくれ。そんで俺の言うことが正しいと分かったらまた来いよ。」
両手を上げ降参のポーズをとるキングに警戒しながら、私はその脇を走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます