第9話 嘲笑

すこし考える時間が必要だった。

キングの発言をどこまで信じればいいのかも分からないし、魔王うんぬんに関しては全くの初耳だ。

それを確認する手っ取り早い方法があるので、とりあえずキングとの会話は一度打ち切り、トイレに向かう。


個室に入るなり、私は悪魔に呼びかける。


「ストラス、いるんでしょ」


「もちろんいる。しかし、そう気軽に呼び出されるのは不愉快だな。」


目の前の壁から突然ストラスの顔が現れ、そう答える。

心臓によくないが悪魔に常識は通用しないし、私が嫌がっていると知ってもきっと気にしないだろう。私は質問を始める。


「魔王ってなに?」


「その情報は『取引』でしか教えられない。そうだな、目か耳かを選んでもらおう。」


悪魔は真顔のままとんでもないことを言う。


だけどそれはつまり、魔王というものが実在し、そして重要な情報だという意味でもある。

しかし、今しがた会話をしたキングの姿を思い浮かべるが、目や耳を失った人間には見えない。

いや、たとえば片目や片耳だけを取引に使っていたのだとしたらありえるのか。

しかし、そうまでして得た情報を簡単に人に漏らすようなことをするだろうか?


そこで私は、キングが言っていた言葉を思い出した。


「もしかして、それを知るには素質ってやつが必要とかそういうこと?」


「答えは否。」


ストラスの解答は単純だが分かりにくい。もっとも、悪魔にサービス精神を求める方がどうかしているのだが。


整理すると、まず魔王というものはたしかに”ある”らしい。しかしその詳細を知るには目や耳や、あるいはそれに代わる代償が必要となる。


キングの言葉がもし全て真実であれば、悪魔たちは魔王になる人間を探しているということになるのだろうが、それと悪魔が要求してくる取引に何の関係があるのか分からない。

それ以外にも、魔王になる条件や、なった者がどうなるのかなど、疑問は尽きない。


私は苛立たしさを紛らわすために髪をかきむしる。

情報が欲しい。今までは絶望しかなかったが、ようやく見えた希望である。


とはいえ、現時点でストラスから聞きだせる情報はもう無さそうなので、トイレを出る。

今後の方針としては、とりあえずキングと名乗るあの男と行動をともにしつつ、魔王についての秘密を探るしかなさそうだ。


そんなことをぼんやりと考えながら、キングや子供たちのいるロビーへ向かう。

ひと気のない廊下を歩くと、リノリウムの床がスニーカーとこすれる音がキュッキュッと寂しげに響く。


つい後ろを振り返ってしまうが、特に何かがあるわけもなく、がらんどうの廊下が続いている。


―――疲れて神経質になっているのかも。


そう思いながら視線を何気なく窓にやったとき、ソイツと目が合ってしまう。


鳥類特有の丸い瞳孔と、光沢のある黒いクチバシらしきもののおかげで、辛うじてそれが鳥だということは分かった。

ただし、その頭だけで窓に入りきらないほど大きく、人間など丸呑みにできそうな化物、だが。


こちらが気づいたことを察したのだろう。化物は狂ったように壁に体当たりをしはじめ、強烈な振動と轟音が建物を襲う。


全力で駆け出した私の背後で、壁や窓ガラスや、窓に打ち付けてある木の板などが音を立てて壊れていく。


その音は、建物が泣いているとでも表現する方がシチュエーションとしては正しいのだろう。


しかし私には、この世界が私達のことを嘲り笑っているように聞こえるのだった。

愚かな人間め、安息の地など最早どこにもないのに、と。

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