第8話 交渉

出会い方がアレだったのでどこに連れていかれるのかと心配だったが、結論から言うと、キングと名乗った男に案内された場所は、ちょっとだけ高級な普通のビジネスホテルだった。


損傷具合は他の建物と比べて比較的軽く、まだそこそこオシャレといってもよさそうな感じだ。

だが何といっても驚いたのは、館内の照明がついていたこと。


「べつに驚くことじゃない。たいていのホテルは非常用の発電機があるからな。ガソリンさえあれば特に技術はいらねぇ。」


男は自慢するでもなくそう語ったが、その発電機とやらがあったとして、どうやって動かせばいいのか私にはさっぱりイメージが湧かなかった。


そしてホテルの中にいたのは、何人もの子供たちだった。


ほとんどは小学校高学年くらいだろうか。なかには小さな子もいるが、このくらいの年だと身長では区別がつきにくいのでわからない。

とにかく、子供たちのうち、さっそく女の子が一人こちらに寄って来る。


「お帰りなさい、キング。ねぇアレ見てよ。」


私とキングがそろって視線を向ける。

そこには、今朝私が倒したような犬の化物が横たわっていた。

ようなというか、まさに私が倒した犬かもしれない。真っ二つになってるし。


「へぇ、こりゃすごいな。どうしたんだ?」


「見つけたときにはもう死んでたんだ。こんな大きいのが手に入るなんてラッキーだよね。」


「よしよし。後始末だけして、とりあえず皆と一緒にメシにしようぜ。」


「うん!」


これまでのやりとりで分かったことは2つ。


1つは、この男が子供たちにまで自分のことをキングと呼ばせている、救いようのないバカだということ。

2つ目は、この男が案外子供に好かれているということだ。


「あの犬は何に使うの?」


「うん? ああ、アレか。血や肉をまいておけば、弱い化物は近寄らなくなるんだ。あれだけデカいと、効果も大きいだろうな。」


キングは当然のことのように答える。この男は、どうやってそんなことを知ったのだろうか。疑問は尽きない。


子供たちは、最初こそ私のことを警戒していたが、好奇心の方が勝ったのか徐々に私に声をかけてくるようになり、気づけば私は質問責めにあっていた。


子供たちはみんな元気いっぱいで、ご飯の時間になるまで解放してもらうことはできなかった。



****************



「なにか聞きたいことがあるんじゃないか?」


キングがそう切り出してきたのは、食事も終わり、子供たちが寝静まったころだった。

私は起きているように言われたわけではないのだが、冷めたコーヒーを手にぼうっと夜を過ごしていた。

別にそんな気はなかったのだが、聞きたいことがあるのは確かなので質問してみた。


「……あの子たちは、あなたとどういう関係?」

「へえ、意外なところから質問してきたな。あいつらはそうだな、オレの家族みたいなもんだよ。」


意外、だろうか。それを言うならこの男が子供たちに慕われている方がよっぽど意外なのだが。


「家族?」

「ああ。児童養護施設って言って分かるか?ようは身寄りのない子供たちの施設の人間なんだよ。オレも、あいつらも。」


二人の間に沈黙が下りる。

軽い気持ちで聞いたのに、こいつが予想以上にいいやつだったのに衝撃を受けてしまう。

茶化す気にもなれず、私は他に気になっていることを聞いてみる。


「なんで悪魔のことを知ってるの?」

「それはタダでは教えられないな。もっとも、オレたちの仲間になってくれるなら話は別だが。」


キングが意地悪そうに答える。

仲間になる気はないし、まだこの男のことを信用する気にもなれない。

考えたすえ、さっきの犬のことを思い出す。確証はないが、あの大きさといい、傷口といい、私が今朝出会ったものに見えるのだ。

狩りをする手間が省けたみたいだし、交渉材料になるかもしれない。


「さっきの犬みたいなやつだけど……あれ倒したのたぶん私、なんだよね。」


そこで初めてキングの表情が変わる。にやにやした笑みから驚きの表情へ。


「ジーパンの裾に血がついたから切り捨てたんだけど、近くに落ちてなかった?」


キングは子供のひとりを呼び寄せ、小声で何か言葉を交わす。

やがて満足したように頷くと、子供を帰して私に向き直る。


「確認したよ、どうやらアレはお前の獲物で間違いないようだ。」

「なら、返せとは言わないけど、代わりに質問に答えてくれるくらいいいんじゃない?」

「たしかに。……たしかにな。まあ、もともと大した秘密でもないんだが。」


なら最初から話してくれればいいのに。

何を気取っているのか知らないが、キングは思わせぶりな態度で先を続ける。


「まあ、だいたい予想はついているだろうけど、俺もお前と同じで悪魔と取引したクチさ。たしか名前はシャックス、だったかな。そいつにいろいろ教えてもらった。」

「今はいないってこと?」


「ああ。それが変な話でな。何回か取引をしたあと、急に言われたんだ。魔王になる気があるかって。聞き間違いとかじゃなく、魔王だと。ちなみにオレには素質があるって言ってたよ。

あいつが言うには、地球に亀裂が入ったのは、オレたちが住む現世と化物たちがいる魔界とが繋がったからなんだと。そして、魔王を魔界に秩序をもたらすものだから、魔王が生まれたとき、化物どもはみんな魔王とともに帰っていくらしい。」


たしかに変な話だ。しかし、その非科学的ででふざけた話は、不思議なリアリティをもって私の心に刻み込まれた。

私は釣り込まれるようにキングに聞いていた。


「それで、あなたはなんて言ったの?」


「くそくらえ、さ。そしたらどっか行っちまった。」

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