第7話 逡巡

私は一言も喋らず、食べ続けた。

気づいたときには、おにぎりは影も形も無く、いつの間にか親指についていたマヨネーズを見つけたとき、私はそれがツナマヨのおにぎりだったと初めて知った。


「いい食べっぷりだったな。」


男が声をかける。

子供を(あるいは猫かなにかを)手懐けるような物言いに、そして今更ながらあまりにも無防備な姿を晒してしまった自分自身に苛立ちを感じ、私はあえて冷たい態度をとることにした。


「ああ、まだいたの。」


「いるさ。たしかに、食べ物以外は目に入りませんって感じだったな。」


私は恥ずかしさと怒りで自分の体温が上がるのがわかった。

男に対しさらに文句を言ってやろうとしたが、男はおもむろに立ち上がり、また例の尊大な態度で口を開く。


「食べ終わったんなら、とにかく来いよ。仲間うんぬんはともかく、暖かい寝床と美味い飯くらいは用意してやる。……おまえ、名前は?」


一瞬だけ、名前を教えることのデメリットを考えたが、こんな世界でそんなものあるわけもなかった。それに、名前を隠して生きるなんて犯罪者みたいでイヤだ。


「ミオ。……苗字は別にいいでしょ。」


「よしミオ、歩けるか? ここからだと20分くらいで着くが、そろそろ日が暮れるからな。急ぎたい。」


口調こそ質問だったが、こちらに猶予を与えるつもりは無いらしく、男はすでに移動の準備を始めていた。

私の身体はひどく傷ついていたが、歩けないというほどのこともない。それに、久しぶりにまともな食料を摂取できたことで体力はだいぶ戻っていた。


つまり、私は選択を迫られることになる。

この男について行くか、否か。


常識的に考えれば、知らない男について行くなんてナンセンスだ。しかも食べ物につられて、なんて飴玉で釣られる幼稚園児と何も変わらない。


しかし、考えようによってはチャンスでもある。


先ほどのやりとりからすると、この男が『取引』のことを知っているのは間違いない。そうなると、今後生き残るためにも情報は必要だ。

少々言い訳じみているのは自分でも分かったが、直感的について行くべきだと感じた。そして、私は可能な限り自分の直感を大事にするようにしていた。


「オーケー、とりあえずついて行く。……ところで、えっと、なんて呼べばいい?」


男に問いかける。こちらだけ名乗って向こうの名前を知らないのは不公平だ。


「俺のことか?キングだ。」


「は?」


「キングだ。新しい世界の王。キングと呼ぶといい。」


そう言って、男は笑った。

両側の口角を吊り上げたその表情は、獰猛な肉食獣を連想させた。

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