第6話 枯渇

どこをどう歩いたのか、それでも私は一つの雑居ビルに辿り着いた。


1階がドラッグストア、2階が書店、3階より上が飲食店(下から順にカレー屋、居酒屋、ジンギスカン、トルコ料理)で、私は迷わず2階に入った。

別に理由らしい理由はない。ただ、本がある場所の方が落ち着けるのだ。それに時間を潰すこともできる。


中に誰もいないことを確認し、ようやく腰を下ろす。


少し休んだら、下のドラッグストアで必要な薬やら飲み物やらを手に入れに行こう。

本当は食べ物もあればいいのだけど、あまり期待はできない。

1ヶ月前なら、まだそれなりに非常食や缶詰が手に入ったけれど、最近はそれすらも難しくなっているのだ。

離乳食くらいなら残っているだろうから、とりあえずそれで飢えを乗り切るしかない。


そこまで考えてからふと自分の手元に視線を落とすと、そこには先ほど蛇の化物を切り裂いた『武器』がまだ握りしめられていた。


あらためて見ると、それは少し大きなペーパーナイフという印象だった。

全体が白く、光沢を放つ不思議な材質でできており、刀身と柄との境目もあやふやだ。

最初、お腹から生えるように現れたときはどうなるか不安だったが、今はこうして私の右手に収まっている。


「血のときと違って無くならないのはなんでなの?」

「血や肉は時間がたてば元に戻る。だが失った骨は戻らないだろう?そういうことだ。」


半ば独り言として呟いた問いかけだったが、意外なことに答えが返ってきた。

それも、全く知らない男の声が。


全身に緊張が走る。


声のした方に視線を向けると、一人の男が腕を組んだ状態でこちらを見下ろしていた。

私は内心の動揺を必死に隠しつつ、相手の男を睨み付ける。


「あんた誰?」

「人間さ。そして今、お前が最も必要としているもの、頼りになる仲間でもある。」


男はパッと見20代後半、背も高く筋肉質で、尊大で偉そうな態度を抜きにすれば、まあまあハンサムと言っていい容姿だ。

しかし、私は男の言葉を鼻で笑った。

もし私がこんな怪しい男を信じるような人間だったら、今まで生き残ることはできなかったろう。


「黙れ。仲間なんていないし、いらない。さっさと帰れば。」


誤解の余地など無いくらい完璧に拒絶したはずだが、それでも男はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、懐からあるものを取り出す。


「まあそう噛みつくなって。どうするか決めるのはこれを見てからでも遅くはないぜ。」


そう言いながら男が小さな包みを放ってきて、私はそれを素直に受け取る。

普通だったら考えられないくらい迂闊な行為だが、私にはその包みを目にした瞬間から中身が直感で分かっていた。

いや、あるいはそれはただの願望だったのかもしれないが、はたして、中身は期待していた通りのものだった。


丸くて、白い、米の固まり。

すなわち、おにぎり。


私は警戒という概念をかなぐり捨てて、目の前の白米にかぶりついた。

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