第5話 選択
皮肉にも、自分の悲鳴のおかげで目を覚ますことができた。
痛む身体をねじりながら、私は今の状況を確認するが、あまり思わしくはないようだった。
まず、肩から下がまったく動かない。
首だけ動かし視線を下げると、青白い蛇の上顎と両眼がすぐ目の前にあり、視線が合ってしまった。
どうやら、私を死んだものと勘違いし、丸呑みにしようとしている最中らしい。
そんなことを考えている間にも、化物は少し躰を震わせたかと思うと、私の身体を数cm這いあがってくる。
もし目覚めるのがあと1分遅かったら手遅れになっていただろう。
幸い、まだ頭は無事なので今回も『トレード』で逃れるしかないわけだが、これ以上血を流してもいいものだろうか?
人間がどのくらいの出血に耐えられるのか私は知らない。しかし、さっきの犬を倒した後、強い目眩がしたのは事実だ。
この化物を倒せたところで、もし意識を(最悪命まで)失ってしまうようであれば何の意味も無い。
「参考までに言っておくと、ミオ。貴様が今までに使った血液は累計2,200cc。失血死の可能性で言うと、既に充分レッドゾーンである。血が無いのにレッドゾーンというのも可笑しな話だが。クククッ」
聞いてもいないのに嫌な答えを返してくれたのは、当然ストラスだろう。
彼の人間に対する知識がどの程度のものかは分からないが、少なくとも私よりは確かだと思える。
そうなると、やはり『トレード』には慎重にならざるをえない。
「べつに、血液だけが取引対象ではないのだぞ? 手足や臓器を差し出すのならば、この程度の敵、蹴散らしてやる。」
どうやらこの悪魔は商売のチャンスを逃す気は更々無いようだ。悪魔の囁きとはよく言ったものである。
しかしもちろん、こんなところで手足を失う気はないし、臓器も同様である。(こちらは正直心が揺れたが)
そんなやりとりをしている間にも、大蛇の口は少しずつせり上がってきており、そろそろ首が隠れそうになっている。
もはや猶予はない。
私は決意して本日2度目の誓いの言葉を口にする。
血もダメ、手足や内臓は論外、そうなると差し出せるものは自然と限られてくる。
「ストラス、肋骨4本と『武器』をトレードする!」
言い終わるや否や、私の腹部から何かが飛び出していくのが分かった。
それは白く輝く細長い刃になり、蛇の胴体を容易く突き破った。
一拍おくれて血が噴き出し、化物はのたうち回り始める。
しかし、これではまだ足りない。
大蛇はこちらを離そうとはせず、むしろ噛みつきを強めてきた。
「っっやあああっ!!」
気合いとともに白刃を走らせる。
効いていないはずはないが、それでも最後の足掻きとばかりに、大蛇はこちらを締め付けてくる。あまりの痛みに気を失いそうになったが、それでも大蛇の頭を両断したことで、ようやく化物は沈黙した。
こうして生命の危機は去ったが、その口から抜け出すのは一苦労だった。
なんとか抜け出すも、手や足首などの素肌が露出してる場所がヒリヒリと痛む。
見れば、靴や服も表面が溶かされ変形しているのが分かり、想像以上にギリギリの状態だったのだと悟る。
疲れた。
本当は今すぐ横になりたかったが、いくらなんでも化物の巣で寝る勇気は無いし、そうじゃなくてもここはひどい臭いがする。
しかたなく、私は歩き続けた。
ストラスの顔を覗き見ると、彼はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。私は誤った選択をしてしまったのだろうか。
そんな後悔が頭をよぎるが、それも一瞬のことで、すぐに何かを考える余裕はなくなった。
考えるのは、次の足の置き場だけ。目的を決めようとも思わなかった。
もともと、行くべき場所なんてどこにもありはしないのだ。
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