第3話 失敗

外はまだ明るかった。

明るいということは、それだけ安全だということでもある。化物たちは日光を嫌がる。


そういった理由から、外にいるとき私はできるだけ車道を歩くようにしている。

それにしても、ここがほんの一年前までは大都会の中心部だったなんて、誰が信じるだろう。

いまや、人影はなく、建物は荒れ果て、不気味なほど静かだ。


もしかしたら、この街にはもう生きている人は誰もいないのかもしれない。

ふとそんな考えに至り、あわてて頭から振り払う。ネガティブな思考は力にならない、きっと。


気をとり直し、私は腕時計(正真正銘、自分の)で今の時刻を確認する。

13時45分。

日が暮れるまで約3~4時間、それまでに食料と今日寝る場所を探さなければならない。つまり時間がない。


まずは食料だが、こんな風に世界が破滅しても、コンビニが便利なことに変わりはない。

自動ドアが使えないのは不便だが、大抵の店はすでに入口が破壊されているので、今回もそういった元自動ドアから侵入を試みる。


しかし、ここで異変を感じる。

店内に人の姿があったのだ。


後ろ姿ではあるが、ぱっと見、30代の女性。何故か季節外れの冬用コートに身を包み、何をするでもなく一人で立っている。


もしここが彼女の縄張りであるなら、今すぐ引き返すべきだ。人は自分の利益のためならいくらでも獰猛になる。

特にこんな世の中じゃ法律なんて何の役にも立たないのだから。


しかし同時に、もはや数少ない『生き残り』同士、情報を交換したいという気持ちもある。

彼女は見たところ五体満足で大きな怪我も負っていないようだし、それには必ず理由があるはずだった。


実は武術の心得があるとか、銃器の類いを持っているとか。

あるいは―――そう、私のように悪魔と取引をしているのかもしれない。


多少のリスクが発生するのは承知の上で、私は彼女に声を掛けることにした。もちろん、向こうの対応次第では迷わず回れ右をするつもりで。


「……あの、すみません、」


彼女が振り向く。

その表情は、なんと言ったらいいだろう、笑ってはいるがどことなくぎこちなく、見ている人間を不安にさせるような作り物めいた笑顔だった。


「いや、驚かせるつもりはないんです。ただ、もしよかったら、少しお話しできませんか?お互いに情報が必要だと思うのですが。」


私はいたって理性的にそう告げる。

あとは彼女の出方次第なのだが、困ったことに彼女はなかなか口を開こうとしない。


ひょっとして耳が聞こえないのかと疑問を感じたころになって、彼女は笑顔のまま店の奥へと姿を消してしまう。


ついてこいという意味なのだろうか?

たしかに、いくら日中とはいえこんな往来で話をしていたら、いつ奴らに見つかってもおかしくない。


私はそう解釈し、某コンビニエンスストアの中へ足を踏み入れる。


入った途端、ひどい臭いが鼻をつく。

お菓子や化粧品やら、ありとあらゆる臭いが混ざり合い、混沌と化した異臭。

そのなかに、隠しきれないほど大量の血と肉の臭いを感じとった瞬間、全身の毛穴が一気に開く。


臭いの元は、目の前の女性だった。


私が逃げ出すより速く、彼女の上唇から上がずるりと剥け、まるで脱皮するように、中から光沢のある白い生き物が姿を現す。

まんまと罠に掛かってしまったのだと悟るのとほぼ同時に、私は腹部に強い衝撃を受けて意識を失ってしまう。


霞んでいく視界のなかで、嘲笑うストラスの姿が一瞬だけ見えた気がした。

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