第2話 悪魔

大きな音を立てて、怪物はその場に崩れ落ちる。

完全に沈黙していることを確認し安堵の溜め息をつくと、背後から笑い声が聞こえたので、振り返る。


そこにいたのは、一言で言うと人間のように手足の生えた梟。

私の『取引先』であり、かつ絶対的な取立人でもある悪魔。名前はストラス。


「あんな雑魚相手に『トレード』とは、勿体無かったな。」


ストラスが、ニヤニヤといやらしく笑う。

もちろん私も同じ意見だが、それを認めるのもシャクだったので、一度合わせた視線を逸らす。


「うっさい、命には代えられないでしょ。」


強がりだと分かったのだろう、ストラスは馬鹿にするように「クククッ」と甲高い笑い声で応える。


私はそれを無視する。

そもそもこの悪魔は友達でもなんでもないのだ。


今だって私が気づいて迎え撃たなければ、あの怪物に喰い殺されるのを黙って見物していただろう。

彼との『トレード』は生き延びるために必須ではあるが、好意をもつことは難しい。そんな間柄だ。


そんなことを考えている間に、いつの間にか笑い声は聞こえなくなり、振り向くとストラスは姿を消していた。

これもいつものことで、彼が姿を現すのは『トレード』のときだけだ。


普段は姿を見せないのに呼べば現れるところは、さすがは悪魔といったところなのだろうか。

それともどこか近くで常に私のことを監視しているのか。


それらの疑問はひとまず放っておいて、怪物の返り血が身体に掛かっていないか確認する。

血の臭いは奴らを呼び寄せるし、それでなくてもこんな化物の血なんて気持ち悪くてしょうがない。


一通り見回した結果、ジーパンの裾に赤黒い染みが出来ているのを発見する。

足下10cm程度を切り捨てたうえで、どこかで着替えが必要だと頭のメモ帳に記録する。


一方、左手首の傷口は(毎度のことではあるが)すでに塞がっていた。

『トレード』は絶対だ。契約以上に失うことはない。


もし心臓を代償にすれば、本当に他の血や肉は残したまま心臓だけを抜き取られるだろう。

悪魔にシェイクスピア風のトンチは通じるはずもない。


こうして後処置は終わったが、一刻も早くこの場を離れた方がいいだろうことは間違いない。


ちょうど良い。昼飯と夕飯を調達しがてら、新しい住み処を見つけに行くとしよう。

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