ペイン・トレード

しらは。

第1話 遭遇

それは、卵の孵化に似ていた。


なんの前触れもなく、地球のいたるところに、パックリと亀裂が入る。その時点で人類には甚大な被害を生んだが、そこまではまだ自然災害の範疇だった。(ただし歴史的に見ても希な規模の、だが)


しかし追い討ちをかけるようにそのヒビから正体不明の生物たちが這い出てくると、事情は一変した。


先ほどの例えで言うと、彼らは生まれたばかりの雛のようなものだった。ただし餌は、我々人間だ。


体長10メートルを超える大蛇、熊の肉体にワニの頭を持った怪物、双頭の猛犬など、異形の生物が闊歩し、人類を蹂躙した。


もちろん、人類もただやられていたわけではない。警察や自警団や他国の軍隊が出動し、近代兵器による反撃を試みた。


しかし、化け物たちは次から次へと湧いて出たし、単なる銃弾程度では傷一つつけられないので、人類に為す術は無かった。


最初は混乱し、怒りと憎しみに燃えていた一般市民も、この事態がどうやら軍にも、政府にも、いや誰にもどうすることもできないと知ったとき、恐怖という感情だけが残った。


人々は我先にと逃げ出した。すでに安全な場所などどこにも無いとも知らず・・・・



****



誰かの覚え書きであろうメモは、そこで終わっていた。

書かれていることは全て当たり前のことでしかなかったが、当時やたらと耳にした『天罰』や『人類選別論』だのといった曖昧な(それでいて妙に説教くさい)ことには触れず、ただありのままの事実を記そうとする態度には好感がもてた。


これを書いた人は、人類が滅ぶと予想していたようだが、そうなると一体誰にむけてどんな気持ちでこれを書いたのだろう。

興味は湧くが、確かめる術は無い。あるいは、単なる現実逃避だったのかもしれない。


続きが残っていないか探していると、入口から扉を思い切り叩きつける音がした。


グルゥッ……フシュルッ……


何か動物の唸り声のようなものが聞こえ、さらに扉が叩かれる。錆び付いた蝶番が飛び、扉自体も次第に変形していく。


まだ日が高いからと油断していた。この世界はとっくに『彼ら』の支配下であるというのに。


何度目かの衝撃で扉が弾けるように開き、四本足の怪物が部屋の中に押し入る。

それはドーベルマンを彷彿とさせる3つの頭部を持ち、それぞれが天井すれすれの高さからこちらを見下ろしている。

その眼は真っ赤で、一時も休まることなく動き続けている。


動物についてろくに知識の無い私でも分かる。コイツは完全に狂っている。


そしてその狂った怪物は、扉の残骸を押しのけると私に向かって飛びかかってきた。


ただの女子高生にその巨体を受け止める方法などあるはずもなく、押し倒され一噛みで絶命するほかない。


―――そう、私が『普通』の人間であれば。


私はカッターナイフを手に取り、左手の手首を切る。大事なのは思い切りだ。それと少しの忍耐。


「ストラス、200ccの血液と武器を『トレード』する」


いつも通り、変化は一瞬だった。

開いた傷口から血が吹き出す。それは瞬時に刃の形をとり、怪物へと襲いかかる。


血の刃は怪物の頭の一つに降りかかると、勢い衰えることなくその体を真っ二つに両断した。

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