動き出すイーヴァ



「あー! あー! ついてねェ! なんであそこで幟季の野郎が出て来るんだァ? あいつさえ来なけりゃ、あのガキを捕まえられたのによォ!!」



 アンダーグラウンドの月明かりで照らされた石畳の薄暗い通路。

 そこで悪態をつく一人の青年が歩みを進めていた。

 


 特徴的な空色のニット帽、そこから覗く白髪とシャドーと同じ金色の瞳。

 イーヴァのメンバー、狩之 狂也だ。



 彼の行き着いた先は一つの大きな扉。

 扉の前に着くなり、荒々しく足で蹴り開ける。

 扉の先には大きく開けた部屋があり、そこには六人の人物が思い思いに寛いでいた。

 


 狂也がイラついた様子でその部屋に入ると、その内の一人が狂也に声をかけてくる。



「あー来た来た! 狂也、またあんたしくじったんですって?」



 透き通る翡翠の瞳、ふわりとゆるくカールした茶色の髪、そしてスタイルのいい華奢な身体。

 胸元が開いた色気のある赤いトップスに、白のスカートを纏った女性が狂也の前に立つ。

 対して狂也は女性を見るなり、あからさまに嫌悪で顔を歪めた。



「しかも、シャドー吸収能力スキルの持ち主だったんでしょ? ありえないわ、逃がしちゃうなんて!! 今まで私達がどれだけ……」



「っるせぇな!! あと少しのところで幟季に邪魔されたんだよ!! 文句ならあいつに言いやがれ!!」



「幟季? あっは! あんな病人にやられるようじゃあんたもまだまだねぇ?」



「んだとぉ!? てめぇも前回小娘とバンダナのガキにやられたんだろうが!! 表へ出やがれクソアマ!!」



「うっさいわねこの単細胞!! 上等よ!!

あんたの攻撃なんて私に一撃たりとも当たりはしないんだから!!」



 狂也と女性は睨み合いながら罵声を浴びせ続けている。

 相当仲が悪いようで睨み合いの中に火花が見えるようだ。



「ガッハハ!! また始まったぞ? 狂也と妃鈴(ひすず)の争いが。まァ若いうちは活気がねぇとなァ」



 人相の悪い顔つきをした男が喧嘩をする二人を見ながら豪快に笑い声を上げていた。

 一際目立つ赤い髪に、獣のような鋭い緑の瞳、右目には頬に掛けて大きな傷痕が残されている。

 そして特筆すべきはその体格。

 ゆうに二百センチは越える身長に筋肉質な体格が更にその大きさに拍車をかけていた。



「……喧嘩は……よくないです。怒樹(どき)さんは止めないんですか?」



 そう言って大男、怒樹に近づいてきたのは小さな少女。

 艶やかな青い髪に深く海のような青い瞳、フワリとしたワンピースを身に纏った幼い少女だ。

 その少女は狂也と妃鈴の喧嘩を不安げな様子で見つめている。



「哀歌(エレジー)か。あいつらはあれでいいんだよ。どのみち止めても無駄なんだよなァ、これが。それに喧嘩するほど仲がいいって……」



「「誰がこんな奴と仲良しだ!!」」



「……聞こえてたのかよ」



「あーやだやだ。喧嘩なら余所でやってくんないかなぁ? バカが移っちゃいそうだよぉ」



 そう言って会話に加わってきたのは一人の青年。

 フワリとした緑の髪、鮮やかな紫紺の瞳、そして袖の長い緑の変わった装束を身に纏っている。

 小馬鹿にするようなその憎たらしい顔は狂也と妃鈴の怒りを買った。



「なんだと妬条(やじょう)!! なんならお前から無様に這い蹲らせてもいいんだぜェ?」



「そうよ! こっちに来なさい!! 一発殴ってあげるから!!」



「あっは! ご冗談はよしてよぉ。それにほら、黒騎士くんだって迷惑そうにしてるよぉ? ねぇー黒騎士くん?」



 妬条が同意を求めた黒騎士は髪、服も真っ黒な少年。

 目元を隠す紫色の仮面をしており表情が見えず、何を考えているか検討もつかない。

 妬条の言葉も無視し、ただじっと壁にもたれかかっているだけだ。



「……ほら、迷惑だって言ってるよ」



「いや、言ってねェだろ!!」



「なんか馬鹿馬鹿しくなってきちゃったわ」



 喧嘩の激しさも衰えてきたころ、部屋の奥に座っていた青年が立ち上がった。

 夜の色を吸い込んだような紫色の髪に、宝石のような真っ赤な瞳、その肌は白く体格も細身なため触れたら壊れてしまいそうな繊細さを纏っている。

 しかし、同時にその青年は他のメンバーと比べものにならない禍々しいオーラを放っていた。



「……狂也。今日の報告をしてもらおうか。シャドー吸収能力の少年について―――」



 報告を求められた狂也は、青年を見るなり忌々しげに睨み付けて渋々彼のもとへ歩みを進める。



「チッ……シャドー吸収能力を持っているターゲットは何処にでもいる平凡な高校生のガキだったよ。襲いかかったシャドーがあのガキの身体に吸収されたのを見た。"あの女"と同じと言ってもいい。リリーヴに先越されてなけりゃァ今頃は……」



「あんたが弱いからでしょ! 単細胞!」



「うるせーって言ってんだろうが!! クソアマ!!」



「よせ妃鈴。今回のことは少年のことが分かっただけでも収穫だ。幟季が相手では無理だっただろうからな。"その点"については許そう……」



「恐昂(きょうこう)様がそうおっしゃるなら……」



 青年、恐昂から狂也を咎めることを制止され、妃鈴はつまらないと頬を膨らませた。

 ざまぁみろと言わんばかりの顔をしている狂也を見た妃鈴は声を上げようとしたものの、恐昂に注意された手前、なんとか怒りを押し殺す。



「……が、これだけは頂けないな。狂也」



「……ア? なんのことだ?」



 心当たりがないという狂也を見た恐昂はため息をつき、部屋にあるモニターを指差した。

 そこには現世のニュースが流れており、映っているのはあの廃墟のビルだ。



『今日午後四時頃、三ヵ月前に廃墟になったビル周辺で二十人の人々が相次いで倒れるという事件が発生しました。被害者は皆、"頭痛がする"、"視界が歪む"、"音が聞こえない"などと訴えており、病院は混乱しています。原因は未だ分かっておらず……』



「……もうお前なら分かるよな? この症状の原因が」



 ピリリと、一瞬で空気が張り詰める。

 凍り付くような恐昂の冷たい視線に、狂也の顔がひきつった。



「……ッッ!? 一般人がどうした!! あのガキを捕まえるためにスキルを使ったんだよ!! どれだけの人間が巻き込まれようが関係ねェだろうがァ!!」



 吠えるように叫ぶ狂也の言い分に、恐昂から溢れたのはため息。

 呆れた顔で首を横にふり、狂也の考えを否定する。



「……それで我々の存在が公になったらどうする? スキルはまだ世間には知られていない。このアンダーグラウンドもな。世間にこれらの存在を知られるわけにはいかないのだ」



 言いながら一歩、また一歩とゆっくり狂也に近づいていく。

 身体からは黒く淀んだオーラが発せられていた。



「スキル発動……」



直後、



「───ッッ、がっは!?」



 狂也が膝から崩れ落ちた。

 ガタガタと身体が震えて止まらない、パクパクと口を開けて空気を取り込もうとしているようだったがまともに呼吸ができていなかった。

 それは、恐昂が近づくにつれて症状が酷くなっていく。



「あ゛っ……かっ!……はっ!」



「これぐらいやらねばお前は話を聞かないだろう? どうだ? 恐怖の重さは?」



「……く……そ……ォ……」



 やがて限界を迎えた狂也は白目を剥いて意識を喪失。

 その場にぐったりと横たわったまま動かなくなった。



「……少しやりすぎたか」



 狂也の様子を確認すると恐昂から出ていたオーラが消えた。

 そのまま赤い瞳を部屋の端でこちらの様子を見ていた怒樹へ向ける。



「……怒樹、狂也を部屋に運んでおけ」



「はいよ。やれやれ、まったくはた迷惑な奴だ」



 恐昂の指示に従って、怒樹は片手で軽々と狂也を担ぐと、そのまま部屋から出ていった。

 


「狂也さん……」



 それに続くように哀歌も狂也を抱えた怒樹の後をパタパタと追って出ていった。

 その小さな後ろ姿を見つめるのは妃鈴。

 狂也を気にかけるのが気に食わないのか不満そうに頬を膨らませていた。



「哀歌……どうして狂也なんかに懐くのかしら……。あれのどこがいいのよ」



 それを聞いた妬条も長い袖を口元に当ててクスクス笑いながら頷く。



「それは同感。でも面白いからいいんじゃないの?」



「あんたに同意されてもね……。でも絶対嫌!あんな可愛い女の子、単細胞のそばになんて置いとけないわよ!」



「自分に懐かなかったから、拗ねてるんだぁ? 嫉妬だね、嫉妬ぉ」



「そ、そんなわけないでしょー! ば、馬鹿じゃないの!」



 顔を真っ赤にしながら声を荒げる妃鈴に、妬条は彼女を小馬鹿にするようにケタケタと笑う。



「わっかりやすいよねぇ妃鈴はさぁ? それに嫉妬の感情を僕に隠す方が無理な話だよねぇ?」



「こんの……」



「妃鈴」



 妃鈴が妬条に怒鳴ろうとした直後。

 恐昂に名を呼ばれ、妃鈴はスイッチが切り替わったように笑顔で恐昂の方に振り向く。



「はぁい! 恐昂様ぁっ!!」



 ワントーン高い可愛らしい声で返事をすると妃鈴は妬条を無視して恐昂のもとへと走っていった。

 一方取り残された妬条は、走り去っていく妃鈴の背中を見て呆れた様子でため息をついていた。



「……ハァ、恐昂さんと話す時声変わりすぎでしょ。ホント分かりやすいなぁ」



 妬条の嫌みも聞こえていない妃鈴は、恐昂のもとへと行き笑顔で要件を聞く。

 彼女にとって恐昂がどのような存在なのか一目見れば傍から見ても明らかだ。



「私に何か御用でしょうか? 恐昂様!」



 恐昂はそんな妃鈴の想いも知らず、ただ静かに命令を下す。



「次はお前が行け。シャドー吸収能力のターゲットを捕らえろ」



「はぁい! お任せください恐昂様! 狂也よりもうまく連れ去ってみせます!」



 恐昂に一礼し、ニコニコと軽い足取りで踵を返し部屋の外へ歩み出す。

 愛しい人から頼りにされていることが嬉しいのか、赤くなった頬に手を当てて。



「ふふっ。これは恐昂様に気に入られるチャンス。絶対に失敗はできないわ。必ずあの人を私の物にしてみせる! そのためにここにいるのだから……!」



 高鳴る恋心に浸りながら、妃鈴は月明かりが差し込む窓へ目を向ける。

 赤い空の向こう、現世で何食わぬ顔で平凡に過ごしているであろう少年に照準を合わせて。



「悪いけど、私のための犠牲になってもらうわよ。待ってなさい、坊や。お姉さんが迎えに行くからね……」

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