能力
どれだけ走っただろうか。
ギートのおかげでなんとか狂也から逃げることができた俺と詩音は走りながら避難できる場所を探していた。
詩音が言うにはいくら距離をとったとしても油断できる相手ではないらしい。
「最低でも狂也から半径500メートルは離れないと危ないわ。あいつの"スキル"を受けたらしばらく動けなくなっちゃう」
「はぁ!? 500メートルって……そんなすぐにとれる距離じゃないだろ? そんなに離れてたら相手そのものだって見つけにくいっていうのに。それに"スキル"ってなんだ? そんなにやばいもんなのか?」
詩音は俯き話すのに少し悩んでいるようだった。
距離を取らなければまずいことは理解できたが、その原因が分からないとこちらも対処しようがない。
同じように詩音も解釈したのか、やがて顔を上げて話の続きを紡ぎだした。
「そうだね、ここまで来たら説明してもいいかもしれない。"スキル"は一万人に一人につく能力と言われてるの。ほとんどの人がその"スキル"に気付くことなく一生を終える。ちなみに私とギートも"スキル"を持ってるんだよ」
「あ! もしかしてギートのあのチェーンも"スキル"なのか?」
「そう、あれは"特殊スキル"。周りにある物体に触れることでチェーンに作り替える能力よ。"スキル"には二種類あって、普通人間には出来ない超能力のスキルを"特殊スキル"、人間に備わっている身体的能力に関わるスキルを"物理スキル"って言うの。スキルのほとんどは"物理スキル"だけれどね」
もう現実なのか夢なのか分からないところまで来てしまった。
でも、シャドーやスキルを直接見てしまった以上、現実として受け止めるしかない。
「それがスキル……じゃぁ狂也が言っていた俺の能力って……」
「そう、琉斗くんもスキルの持ち主だよ。狂也はあなたのスキルを狙っているの」
これで合点がいった。
あの狂也という青年は、どういうわけか俺のスキルを狙って連れ去ろうとしたらしい。
恐らくリリーヴのリーダーが俺と話がしたいというのも、きっと俺の中に眠るスキルが原因なのだろう。
それにしても、俺が秘めているスキルって一体なんだ?
今まで生きてきた中でそれらしいものは何ひとつなかった。
それに狂也がどうやって俺のスキルの存在を知ったのかも分からない。
「なぁ、俺のスキルってなんだ? そんなにすごいスキルなのか? 特に身に覚えはないんだけど……」
「琉斗くんのスキルは日常では使えないものだから気づかないのも無理ないよ。正確にはアンダーグラウンドでしか効果がない能力なの」
「……どうせなら日常で使える能力がよかった」
良くも悪くも折角授かった力があるのなら日常で使えるに越したことはない。
よりにもよってアンダーグラウンドでしか効果が無い能力なんて、ハズレくじにもほどがある。
あからさまに肩を落とした俺の姿に、詩音は理解を示しながら苦笑していた。
「やっぱり日常でも使える能力がいいよね。私も銃の扱いに特化した物理スキルだから分かるよー」
「そっか、詩音は銃を扱うスキルなんだな。確かに日常で使うもんじゃないし、使えるのもアンダーグラウンドくらいか……。ご、ごめん詩音、そろそろ歩かないか? 俺、限界が……」
「あ! ごめん、私アンダーグラウンドで走ってばかりだから慣れてて……あはは」
あれからずっと走り続けていたため、とうとう体力に限界がきてしまった。
詩音が普段から走り込んでるとはいえ、女の子より体力のない男ってどうなのだろう。
グサリと男心に刺さるものを感じる。
走る速度を落としたものの、追われている身のため止まることはできない。
ゆっくり歩きながら、荒れた呼吸を整える。
「琉斗くん、大丈夫?」
詩音が心配そうにこちらに声をかけてきた。
運動不足で、呼吸が乱れ、咳まで出ているのだから心配するのも無理はない。
「はぁ、はぁ、おぇ、ごほ……だ、大丈夫だ。それより話の続きを……俺のスキルの能力って?」
スキルに関しての知識は得たが、肝心の俺の能力についてはまだ知らぬままだ。
詩音もそうだったと、小さく咳払いをして再び真剣な顔をこちらに向ける。
ドキリと一際大きく心臓が鼓動を打った。
ただの一般人だと思い込んでいた自分の中に秘められた力。
俺を非日常へと引きずり込むその力が、とうとう詩音の口から明かされる。
「うん、君のスキルは……」
「"シャドー吸収能力"。シャドーを吸収して取り込む能力だ。それがお前の能力であり、俺達が欲しい能力だよォ、クソガキ」
その声を聴いて心臓が凍り付いた。
嘘だと思いたい、聞き間違いだと思いたい。
けれど、無情にも目の前にいたのはあの狂也だった。
いつの間に自分達を追い抜いていたのだろう。
狂也は確かに後方にいたはずだ。
しかし、驚いたのはそこだけじゃない。
「ギート!?」
気だるそうに重い荷物を運んでいるように見えた右手。
荷物に見えたそれは、首元の襟を掴まれ、ぐったりと意識を手放したギートだったのだ。
詩音がギートの名を叫んでも反応する素振りはない。
ただ苦しそうに唸っているだけだ。
「無駄だぜ? 俺のスキルを受けたんだ。しばらくは立ち上がることは愚か、お前等の声さえ届かないだろうぜェ?」
「スキルって……あの場には一般人だって大勢いるのよ!? あなたどれだけの人間を巻き込んで……!!」
「ゴチャゴチャうるせェなァ!! 一般人だろうがそんなことはどうでもいいんだよ!! ほら、雑魚を返してやる。このガキも無様だよなァ?」
ケタケタと嘲笑して、狂也はギートを俺たちの前に投げ捨てた。
人形のように地面に転がるギートに急いで詩音が駆け寄り、意識を呼び戻そうと必死に声をかける。
「ギート! ねぇギートしっかりしてよ!!」
――最悪の状況だ。
ギートは俺を守るために一人で狂也に立ち向かい敗北したのだ。
こんなことになるなら、いっそ狂也におとなしく捕まっていればギートを傷つけずに済んだかもしれないのに。
「あァ、だりィ。スキルを使うと身体がだるくて敵わねェな。……まァ、もう一回ぐらい使っても変わらねェか?」
恐ろしい言葉が聞こえた。
それが気になって狂也に目を向ければ大きく両腕を広げている。
「範囲十メートル……指定!」
狂也が距離を指定する言葉を口にした途端、彼を中心に赤い波紋のようなものが広がり始めた。
それが約十メートル地点でピタリと止まる。
「なんだよ……これ……」
「……っ!? まずい!!」
理解が追い付いていない俺と違い、詩音が緊迫した様子で銃を構えた。
「もう音がどうのなんて言ってられない!! あなたがスキルを使う前に私が……!!」
「ヒヒッ」
恐らく詩音が銃を構えることを予期していたのだろう。
突如詩音の横からシャドーが現れ、銃を弾き飛ばされてしまったのだ。
いくら銃を扱うことに長けたスキルだったとしても、銃が手から離れてしまっては意味がない。
「……っ!?」
「はっ、油断はいけねェなァ! さァ、準備は整った!! せいぜい無様に這いつくばれ!! クソガキ共!!」
「……うぅっ!? なん、だ……頭、が……あ゛ぁぁぁっっ!!」
狂也が声を上げた途端、ひどい頭痛が襲ってきた。
まるで頭蓋骨が割れんばかりの凄まじい痛みに、膝をついてその場から動けない。
続いて身体がだるくなり、目の前の景色が歪みだす。
「し、お……ん……!!」
歪んだ視界で詩音を見つけたものの、どうやら彼女も頭を押さえその場から動けなくなっているらしい。
――どうする? どうすればいい?
狂也のスキルの正体が分からない以上、対処のしようがない。
このままでは俺と詩音もギートのように動けなくなって―――
「ヒャッハハハハハ!! 終わりだァ!! スキル発―――」
直後。
「づが、ごッッ―――!!??」
狂也が勢いよく倒れ地面にめり込んだ。
まるで上から叩き付けられたような不自然な倒れ方に違和感を覚える。
唐突に、躊躇なく、地面が割れるほどの勢いで飛び込む物好きはいないだろう。
「あ、れ……頭痛が、きえ、た?」
狂也が倒れると同時にスキルが解けたのか、赤い波紋が消え、頭痛も引いていた。
一体何が起きたのだろう。
狂也は起き上がる素振りもなく、尚もひび割れた地面にめり込んだままだ。
いや、起き上がれないと言った方が正しいのかもしれない。
「あはは! 絶景かな絶景かなー! 無様に這いつくばってるのはどうやらキミのほうみたいだねー? 狂也くーん?」
「テ、メェは……!?」
後方から聞こえたのはこの場の誰でもない第三者の声。
今にもスキップで鼻歌でもしそうな明るい声色が気になって振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
ボサボサの黒い髪、黒い瞳の上に眼鏡を掛け、ブラウンのシャツとサスペンダーが取り付けられた白いズボンをはいている。
ゆるみ切った白いネクタイとへにゃりとした締まらない顔つきがこの男の緩さを物語っていた。
「いやぁ、まさかこんなに早くイーヴァが出てくるなんて想定外だよー。念のために詩音とギートを配置させて正解正解ー」
この男性が現れた途端、ゆるゆるとこれまで張り詰めた緊張の糸を切り落とし緩い空気に変えていく。
ずれ落ちた眼鏡を押し上げる様子まで目に焼き付けていた俺はある人物にこの男の姿を重ねていた。
「……と、父さん?」
そっくりだったのだ。
目の前に現れたこの男と死んでしまった父親が。
威厳の塊であった父とは緩さ加減が正反対ではあるものの、顔のパーツや髪の雰囲気なんかは瓜二つ。
一体この男は何者なのだろう。
その答えは、驚愕に声を上げた詩音の言葉で明かされる。
「幟季さん!? なんでここに!?」
「し……き……?」
聞いたことがある名前だった。
しかも割と最近聞いた名だ。
確か詩音達の組織のリーダーの……
「え゛ぇぇぇぇっっ!? しきってあの幟季さん!?」
名前が一致し、思わぬ人物に上ずった声が外に出てしまった。
まさか向こうから来るなんて予想もつかなかったからだ。
驚く俺に気付いた幟季さんは、申し訳なさそうに苦笑して軽く頭を下げていた。
「あぁ、ごめんね? びっくりさせちゃったかな? 実はギートから救難信号があってね。たまたま僕が連絡を受けたから急いで駆けつけたんだ」
なるほど、どうやらギートがこの幟季さんを呼んだらしい。
恐らく倒れる寸前に通信機で助けを求めたのだろう。
さすがは桜花高校一の不良、ただでは倒れない。
「キミが琉斗くんだよね? 聞きたいことが山ほどあるだろうけど話は後にしよう。今は彼に邪魔されない場所に行かないとね?」
「く…そ……!! 重い……!!」
狂也は立ち上がろうともがいているようだったが、邪魔をするどころか立ち上がれそうな気配もない。
恐らくこれも幟季さんのスキルなのだろう。
さすがリーダーというだけあって、力も余裕も凄まじい。
「ふふ、もがくだけ無駄だよ狂也くん? キミの周辺の重力を少しいじったからね。とても生身の人間が立ち上がれる重さじゃない」
「……っくしょがー!! その呼び方止めろって言ってんだろォ!! 次に会ったら今度はお前を這いつくばらせてやるからなァ!! この病弱人がァ!!」
「おぉ、怖い怖い。まぁ期待しないで待ってるよ」
幟季さんは適当に狂也の文句に付き合うと、倒れているギートを担ぎ上げ、再び俺の方へを向き直った。
「ごめんね、琉斗くん。本当ならもう少し時間を作ってあげたかったんだけど……この状況じゃ難しそうだ。どうだろう、今から僕達と一緒に本部に来てもらえないかな?」
「え?」
「大丈夫、時間はとらないよ。今はこの場から離れることが重要だからね。狂也くんにも見られちゃったし、援軍でも呼ばれたら面倒なことになりそうだ」
確かにこの場を離れることは重要だろう。
こうして狂也が現れたのが偶然ではない以上、これから先何が起こっても不思議じゃない。
どうせ連れていかれるなら、訳のわからない連中よりも、信用できる人がいる組織に行った方がまだマシだ。
それに俺のせいでギートはこのありさまだ。
彼をこんな目に合わせた以上、選択の余地はない。
「分かった。行くよ」
「ありがとう、琉斗くん。じゃ詩音、空間を繋げてもらえる?」
「はい!」
詩音が何もない場所で真っ直ぐ手を伸ばすと左手に装着された腕時計が"ピリッ"と赤い光を放ち、円を描いて空間が歪みだした。
「さぁ、飛び込むよー! あまり長くは空間を歪めてられないからね!」
そう言うと幟季さんはギートを担ぎ上げたまま、一息に歪んだ空間の中へ飛び込んでいった。
時間が無いと言ってもこんな異質な空間に身を投じるなんて怖くてできない。
どういう原理なのだろう。
途中で身体がバラバラになったりしないだろうか?
そんな不安がグルグルと回る最中、
「琉斗くんも行くよ? それっ!!」
「ちょっ……うわぁぁぁぁぁ!!」
心の準備もできぬまま、女子らしからぬ力で背を押された俺は頭から渦巻く空間へ吸い込まれた。
今度は自らの意思でもう一度、あの異質な赤と黒の世界へ飛ぶ。
現世の裏の世界、アンダーグラウンドへ。
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