早すぎる再会

 


 ぼんやりと微睡む意識の中、ピピッと聞きなれた不快な電子音が連続する。

 どうやら七時にセットしていた目覚まし時計がもう鳴り響いているらしい。

 昨日はいろんなことが起こりすぎてただでさえ寝付けなかったというのに、規則通りに来る朝はいつだって不条理だ。

 

 

 微睡む意識を無理やりたたき起こして目覚まし時計を切ると、その足で洗面台へと向かい顔を洗う。

 制服に着替え、鞄を出し今日の身支度を終えると味噌汁のいい匂いがしてきた。

 今日の朝食だろうか。



 ――もし昨日の自殺が成功していたのなら、この匂いだって嗅げることはなかったのだろう



 複雑な心境になりながら居間へ行くと、俺の祖父母が食器を並べ朝食の準備をしていた。



「おぉ、起きたか琉斗」



「あらあら、丁度いいところへ来たわね。朝食が出来たからお食べなさい」



「……おはよう。じーちゃん、ばーちゃん」



 テレビで朝のニュースを見ながら三人で朝食を食べ、片付けは俺がやる。

 朝早くから朝食を作ってもらっているのに何もしないのは二人に悪いからだ。

 片付けを終えると鞄を持ち学校へ向かう準備をする。



 ふと、玄関に置いてある新聞が目に入った。

 記事の見出しはこうだ。



 『神隠し続出』



 新聞記事には巷で言われている神隠しのことが書かれていた。

 昨日の迷い込んだアンダーグランドの出来事が否が応でも脳裏によぎる。

 


 あのままシャドーに襲われていたなら、俺も神隠しの仲間入りを果たしていたのだろう。

 そんなことを考えながら支度を済ませ、家を出る。



「行ってきまーす」



「気をつけて行ってくるんだぞ?」



「わかってるよ、じーちゃん」



 そして今日も楽しくもない学校へ行く。これが俺の日常だ。

 学校はそれほど遠くないため徒歩で向かう。

 歩いている間もぼんやりとアンダーグラウンドのことを思い返していた。

 詩音と別れた後、ギートと二人で本部へ向かい、バイクに乗っている最中に色んな質問をしたのだ。



 ギートと詩音のこと、本部とは何か、この世界で二人は何をしているのかなど色々だ。

 ほとんどは言えないことだったり、あやふやに返されたりしたが、唯一分かったことは二人は世界維持組織"リリーヴ"に属していることだった。

 

 リリーヴは現世を乱すシャドーを討伐して回ったり、俺のようにアンダーグラウンドに迷い込んだ一般人の救助を仕事にしているらしい。

 現世とアンダーグラウンドは表と裏。

 それぞれ影響を受けやすく、シャドーが存在することで現世にも悪影響が出る。

 そして現世で起きる悪影響からまたシャドーが増える。

 その繰り返しを少しでも緩和するために二人は戦っているそうだ。



 ギートに話を聞くと最近シャドーが増えているということだった。

 現世で起きている不況、治安の悪化などもシャドーが影響しているという。

 話が大きすぎて現実味を感じない。

 これを誰かに話したところで笑い話にされ終わってしまうだろう。

 話すつもりもないし、話す相手もいないのだが……。



 そんな事を考えている内にあっという間に学校についた。

 自分の教室へ向かい、一番後ろの隅にある自分の席に座る。

 


 今日はこれといって特別な授業もなく、時間は流れ、あっという間に昼休みになった。

 俺にとって昼休みは一番退屈な時間だ。

 


 いつものように外の風景を見ながらボーっとしていると、近くで会話している三人の女子の話が聞こえてきた。



「聞いた?あのビルの話」



「聞いた! 聞いた! 男の子でしょ?」



「何それ?」



 ――ビル……男の子?

 嫌な予感が頭をよぎる。



「廃墟になってるビルから男の子が飛び降りたらしいの。でもその男の子地面に激突するどころか、地面にすり抜けるようにして消えちゃったんだって!」



「きゃー! 怖っ!!」



「しかも後で聞いたんだけど男の子の服、うちの学校の制服だったらしいよ?」



「もしかして自殺しちゃった生徒の幽霊とか?」



「「怖ーい!!」」












「……俺だぁー!! 100%俺だぁー!!」



 そうだ……いくら廃墟のビルといっても他にも沢山の店や建物があるんだ。

 見られない方がおかしい。



「うわっ! バカだろ俺!! 恥ずかしいー!! すげー恥ずかしいーッッ!!」



 羞恥に悶え頭を抱えて机に伏せた。

 唯一の救いはその男の子が俺だと特定されていないことぐらいだろう。

 もうしばらく顔を上げることはできなさそうだ。



 そこへ、突然教室のドアが勢いよく開き、ピシャンと大きな音が鳴った。



「あのーすみませんー! このクラスに霧島 琉斗くんはいますか?」



 その訪問者はよりにもよって俺の名前を呼んだ。

 どうやら空気というのは俺の心情を察してくれないらしい。

 


 しかし、どうして訪問者は俺に用があるのだろう。

 また、いじめ関係の職員室への呼び出しだろうか?

 無視するわけにもいかなし、と憂鬱になりながら扉の方へ目を向ければ、



「は……?」



 訪問者に目が釘付けになり、一時的に思考が停止した。

 


 俺を呼んだのは桜花高校二年のセーラー服を着た少女。

 見覚えのある金色の髪ポニーテールをした俺と同年代の少女―――



「し、ししし詩音っ!?」



 ――いやいやいや待て! 詩音はアンダーグラウンドにいるんじゃないのか?

 じゃぁ目の前にいるのはそっくりさん?

 でも今俺の名前呼んだし……あ、そうだ聞き間違えだ! そう聞き間違え!!



 脳内で慌ただしく会議を行っていると、俺に気付いた詩音らしき女の子が近づいてくる。

 どうやら俺の名前を呼んだのは聞き間違いではないらしい。

 あたふたする俺の前に立つと、詩音らしき女の子はあろうことに俺の腕を掴み取った。



「ひ、ひぇっ!?」



「やっと見つけた! 早く行こ!!」



「え!? ちょっ……詩音? 本当に詩音なのか!?」



「そうだよ。屋上で一人待たせてるの! 早く行こ!!」



 そう言って詩音は女の子とは思えないほどの力で俺をぐいぐい引っ張り、教室から引きずり出した。

 一人で歩けるからと言っても離してはもらえず、無理やり屋上へと連れてこられる。



 もう何が何だか意味が分からない。

 どうして詩音が俺の学校にいるんだろう。

 ちゃんと桜花高校の制服も着ているし、俺と同じ二年生だなんて……。



「琉斗くん連れてきたよー!」



 すると、詩音が屋上の奥にいる男子に向かって声を掛けた。

 その人物を見た瞬間、俺の顔は一瞬にして青ざめることになる。



「あ……あぁ……」



 何を隠そう目の前にいるのはこの"桜花高校一の不良"と呼ばれ、他校の生徒との喧嘩は当たり前、全校生徒は愚か先生も恐怖する絶対に関わってはいけない人物"祇石 棟馬(ぎいし とうま)"その人だったのだ。



「おせーぞ、詩音。どんだけ待たせれば気が済むんだ?」



 そう言いながら祇石 棟馬は俺達の前まで歩いてくる。

 オレンジがかった茶髪に学生にしては大柄な体格、そして見る者すべてを寄せ付けない三白眼。

 ――どうしよう、冷や汗が止まらない。



「しょうがないでしょー? 制服から二年生ってことは分かってたけど、クラスが分かんなかったんだもん。急いで校舎中走り回ったんだから……あれ? 琉斗くん顔が真っ青だよ大丈夫?」



「えっ、いや……その……」



 ――いやいやいや、おかしいだろ……!!

 ――どうして詩音はため口で話せるんだ……!?

 ――だって相手はあの祇石 棟馬だぞ……!?



 そうだ、もしかすると詩音は祇石 棟馬のことを知らないのかもしれない。

 数々の悪名を知らずに関わっているのだとしたら、このため口も少しは納得がいく。

 


 それにしてもどうしてこんなところに祇石 棟馬が?

 そもそも俺を待っていたということは、俺にも用があるんじゃ……。



「し、詩音……なんでこんなところに祇石 棟馬がいるんだ? 俺なんかしたのか?」



 もし本当に俺に用があるのなら、きっとただでは済まされない。

 きっと半殺しにされて、この屋上から放り出されてしまうだろう。

 考えただけで、背筋がゾッとする。

 俺が怯えていることに気付いたのか、詩音は首をかしげてじっと俺を見つめると、



「ぷっ、あははははっ!! ぎ、祇石くん……る、琉斗くんが気付いてないみたいよ? あはははははっ!!」



 あろうことか爆笑しながら隣にいる祇石 棟馬の背を叩き出したのだ。



 ――も、もうやめてくれー!! 殺されるー!!



「オイ、その祇石くんって呼び方やめろよ。あと叩くな。……なぁ、琉斗。本当に俺がわかんねぇのか?」



「え? あ、どどどこかでお会いしましたでしょうか?」



 不意に話しかけられ、パニックになった俺はドギマギとして上手く受け答えが出来ない。

 否、相手が悪すぎて出来るはずがない。



「はぁ……こりゃ駄目だな」



 ……じーちゃん、ばーちゃんごめん。

 今日は無事に帰られるか分かりません。



「あっ! 分かった! 一つパーツが足りないのよ! はい、これ頭に巻いて」



 そこへ助け舟を出すように詩音が声を上げた。

 彼女が祇石 棟馬に渡したのは、まさかの女子制服のスカーフ。



 ――これを頭に巻けだなんて失礼にも程があるだろぉぉぉぉッッ!?



「あぁ、なるほど! わかった!」



「……え? 嘘だろ……?」



 潰れそうになるこちらの心臓とは裏腹に、祇石 棟馬は何のためらいもなくスカーフを頭に巻きだした。



「よし! さぁ琉斗、これで分からないとは言わせないぞ?」



「えぇ……」



 頭に巻いたスカーフ姿は情けないことこの上ないが……しかし、何か繋がるものがある。



 ――黒い……バンダナ?



「あー!! ギート!!」



「「大正解っ!!」」



 詩音と祇石 棟馬、もといギートがハイタッチをして喜んだ。

 なるほど、どうやらギートという語源は“ぎいし とうま”から来ていたらしい。

 まさか悪い意味で有名な祇石 棟馬がギートの正体だったとは……。

 そんなことも露知らず、アンダーグラウンドでは数々の非礼があったような気もする。



 ――そういえば、俺もあの時ため口してたっ……!!



「あの……祇石さん?」



「ギートでいいぞ? 本名で呼ばれると周りの奴等が怖がるからな」



そう言ってギートは二カリと親しみやすい笑みを見せた。



「ほら、俺目つき悪いだろ? それに体格もいいから目を付けられやすいんだ。喧嘩売ってきた奴らを片っ端から倒してたらこんな風になってた。別に短気でもねぇし、暴力なんてめったに振らねぇのによ……」



 学校で聞く噂とはまるで真逆だ。

 祇石 棟馬はもっと怖い人だと思っていたが、本来はこんなに親しみやすい性格の持ち主だったなんて……。

 噂に踊らされて、怯えていた自分が情けないし、ギートに失礼なことをしていたと心底自分が嫌になった。



 それにしても、なぜここに詩音とギートがいるのだろう?

 てっきり二人はアンダーグラウンドの住民だとばかり思っていたのに……。



「どうして詩音とギートがこの学校にいるんだ? 二人はアンダーグラウンドに居るんじゃないのか?」



「どうしてって……だって私達はここの生徒だもん!」



「俺達はずっとアンダーグラウンドにいるわけじゃない。学校に行きつつ、空いた時間を使って向こうで働いてるんだ」



「は……ハードなことしてるな……」



 二人は俺と同じく現世の人間で、空き時間をアンダーグラウンドの仕事に当てているらしい。

 空き時間を睡眠やゲームに使っている自分が何だか恥ずかしくなってきた。

 学生ならもっとぐーたらで、もっと遊んでいてもいいぐらいなのに、世界のために活動している二人を尊敬してしまう。



「まぁ、こっちと向こうじゃ時間の流れが違うからアンダーグラウンドで一日過ごしても現世じゃ半日程度しかたってねぇんだ」



「なるほど……」



 確かにアンダーグラウンドからこっちに帰ってきたとき、ほとんど時間は経っていなかった。

 だからと言ってあんな危険な世界で毎日化け物退治だなんて、超人にも程がある。

 すると、突然ギートが“はっ!”と何か思い出したような表情をして、詩音の肩を叩いた。



「詩音、そろそろ本題に入らないと……」



「あっ!」



 詩音にも心当たりがあったのか、先ほどまでの和やかな雰囲気が消え、真剣に俺のほうに目を向ける。



「琉斗くん、話があるの」



 こちらを見る二人の真剣な眼差しに、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 きっと何か重要な話なのだろう。

 緊張しての心臓の鼓動が早まる。



「あのね、無理を承知でお願いするんだけど……琉斗くん、もう一度アンダーグラウンドに来てもらえないかな?」



「正確にはリリーヴの本部な」



「……はぁっ!? 俺がリリーヴの本部に!? なんで!?」



 帰ってきたばかりだというのにまたアンダーグラウンド?

 しかも行先はリリーヴの本部ときた。

 意味が分からない。

 何故俺がリリーヴの本部に行く必要があるのだろう?

 現世に帰るために一度本部に入ったことはあるが、一般人用の専用通路を通ったため内部はほとんど分からない。



「俺達も詳しい話を聞かされたわけじゃない。話は向こうでするつもりなんだろうな。幟季(しき)さんはよ」



「しき……?」



「私達リリーヴをまとめている人なの。リーダー……って言った方が分かりやすいかな?」



「……リ、リリリーダーァ!?」



 本部に来いと言われた次はリーダー。

 昨日の自殺未遂をきっかけに、本格的に非日常の坂を転がり落ちている気がする。

 俺は一体どうなってしまうのだろうか……?



「そんなに心配しないで琉斗くん。気持ちの整理が出来たらどうぞって幟季さんが言ってたから。向こうに行く準備が出来たら私達に声をかけてね」



「……あ、あぁ」



 そこへ、聞きなれた昼休み終了を告げる鐘が鳴った。

 もう少し話を聞きたかったが、授業をさぼるわけにもいかない。

 次に話す時は俺がアンダーグラウンドに行くと決心がついた時だろう。



「もうこんな時間かぁ。じゃ、琉斗くん今日じっくり考えてみてね」



「何かあれば俺達に声をかけろよ? じゃぁな!」



「あぁ、それじゃまた」



 二人と別れ、各々自分のクラスの教室へ戻っていく。

 気持ちの整理をする時間はもらったものの、そう簡単に整理出来たら苦労はしない。

 場所はあのアンダーグラウンドで、得体のしれない組織のリーダーとの面会が待ち構えているのだ。

 


 ――不安すぎるにも程がある。

 また俺の悩みの種が一つ増えてしまった。



 午後の授業が身に入るはずも無く、ぐだぐだと授業を受け流していれば、あっという間に下校時刻になっていた。



「まだ時間はあるんだし、ゆっくり考えよう」



 それに早く帰って今日はベッドで横になりたい気分だ。

 俺はさっさと荷物を片付け、そのまま学校をあとにした。

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