21
**sideトマ**
姉のレイラは昔からわがままだった。
侯爵家の御令嬢という立場ゆえに望めばなんでも手に入る力があったし、なんでも揃う環境にあった。それはオレも同じだったけれど、なんて言うか、幼心にもこれはやりすぎだろと思うことがいくつかあった。
例えば母様や他の御令嬢が持っているものを欲しがったり、そのくせ手に入れた途端に興味を失ったり。そもそも10にも満たない少女が持つには、不相応なものを求めることが多かった。光り物とか。
しかしそこは腐っても侯爵令嬢。
目利きは確かだったので商人や使用人たちは、素晴らしい、お目が高い、と誉めちぎる。その筆頭がレイラ付の侍女マリーである。
その度オレはいつも疑問に思っていた。
それ本当に必要か?――と。
『貴族それも令嬢ならば、必要不可欠な無駄もあるよ』と父様は言っていたが、オレはおかげでだいぶ実用性を重視するようになったと思う。
姉を反面教師にしたことは良心が痛むが、父様が『男には実用性も大事だ』と理解してくれたから納得はしている。…たまに父様には舌が二枚あるのかと思うこともあるけれど、家長の言葉は絶対だ。
とにかくレイラはわがままで物欲の塊だ。
でも、あるときを境に求めるものが変わった。
本人は『ゆめかわいい』とか言っていたけれど、明らかに以前と好みが変わり、屋敷の中は一時騒然となった。オレも姉の頭がおかしくなったのかと疑ってみたが、母様の一言で騒ぎはすぐに収束することとなる。
いわく――女の子はすぐに好みが変わるのよねぇ、と。
この両親からあのレイラが生まれたのは必然だった。むしろオレが養子なのかな…とか悩んで、ノアに一蹴されたのはいい思い出だ。
レイラが欲しがるものは、金も時間もかかるものばかり。どこでそんなものを見知ってきたのかという未知のものも含まれている。
それでも父様やロイドさんには魅力的に映るらしく、こぞって協力しようと手を差しのべる。
父様は家や国の商売のために。
ロイドさんは自分の実績にしようとして。
純粋にレイラが求めているからと与えているわけではないのだ。打算にまみれたそんな側面を見たとき、正直すこしがっかりした。
レイラ自身はそんなことおかまいなし。欲しいものを手にいれるためには、父の外交力もロイドさんの知識や技術も利用する。
がっかりしたのだ。
お互いの利益が合致した結果すら、大人のいやしさに感じてしまう自分の幼さに。
自分だけでもレイラを想って、なにかを選び与えようなどと――そんなものも所詮ひとりよがりのエゴだけど。
そのときようやく父様の言う有用性の矛盾を少しでも理解できた…ような気が、した。
「トマ、あなたの分はこれね」
とはいえ、一向にレイラの趣味は理解できないが。
美しい湖の畔、あちこちに可憐な小花が咲き乱れる場所で、水玉のリボンが巻かれたシルクハットを渡される。
「???」
周囲では使用人たちの手でお茶会の準備が進められている。
折り畳み可能とはいえ、それなりの大きさのテーブルにクロスがかけられ、椅子が何脚も並べられるという大がかりなものだ。
どれもすべてモンタールド家から馬車で運ばれてきた。この一時のためだけに。こんなときレイラの非常識さを思い知る。
「今日のお茶会は帽子屋のティーパーティーよ!」
「…なんで帽子屋がティーパーティーをするんだ?」
意味がわからない。
「あらお似合いね、トマ様」
首をかしげながら帽子をかぶると、中折れ帽をかぶった長身の色男に声をかけられる。
「…ロイドさんこそ」
にょきにょきと順調に成長期を迎えたロイドさんは、はじめて会ったときよりだいぶ背が高くなった。
話し方はともかく、はっと人目を惹く容姿や、柔和な笑みを浮かべながら抜け目ないその性格とか、彼は周囲からも一目置かれる兄的存在だ。
ロイドさんはにこりと笑って、両手にそれぞれ載せていた銀トレーをテーブルに置いた。一方はなみなみと茶が注がれたティーポットや食器類、一方はいくつもの菓子が並べられた大きなケーキスタンド。
彼の腕力も侮れない、と返す笑顔がひきつった。
「湖畔にこんな場所があったなんて」
「あら、トマはよく来るの?」
レイラの問いかけに頷く。
「ルチアーノ様たちとの遠駆けでときどき。湖で馬たちを休ませるんだけど、たぶん反対側なのかな」
ルチアーノ様にこんなところを見られるわけにはいかないな。
レイラの趣味も然ることながら、彼はレイラの側に常にロイドさんがいることをよく思っていない。婚約者としては当然だろう。
最近は弟である自分に対しても悋気が……まあいいや。
ルチアーノ様がヘタレなのはいまにはじまったことじゃないし。
帽子屋のお茶会というだけあって、レイラは花やリボンがあしらわれた大きな帽子を、マリーも髪飾りのような小さなカクテルハットをつけている。
「トマ様、おかわりはいりますか?」
「いらない。それ何回目だと思ってる?」
侍従のノアもシンプルな帽子をかぶっていて、似合っているじゃないかと笑ったら…こうして地味な嫌がらせを受けている。
ガタガタと大きな音を立てて3台の馬車がやって来る。それぞれから3人のご令嬢が降り立った。
「レイラ!お招きどうもありがとう!」
「うわぁ素敵…!とてもかわいらしいわ」
「あら、もうはじまっちゃってるの?」
口々に賑やかな彼女たちは、もう何度か顔を合わせたことがあるレイラの友人たちだ。
野外に設置された立派なお茶会の場に目を輝かせる彼女たちも、もちろんドレスコードには帽子。
「自由に過ごしてね。勝手にお茶を注いで、好きにお菓子を食べて、それが帽子屋のティーパーティよ!」
「やだ、わくわくしちゃう!!」
レイラにも劣らないテンションのご令嬢が、エマ・パヴァリーニ嬢。
「今日のレイラ様のワンピースもかわいい…。あ、マリーは色違いなのね、いいなぁ…」
レイラに憧れすぎてマリーと意気投合しているご令嬢が、イリス・マイティー嬢。
「もうっ、挨拶もしてないのにいいのかしら」
ぶつぶつと至極真っ当なことを呟き、隣に腰をおろしたのが、リーサ・アナスタージ嬢。
目が合うなり、彼女は気恥ずかしそうに微笑んだ。
「ごきげんようトマ様。本日はお招きいただきありがとうございます」
「今日の主催はレイラですからお構いなく。自由に楽しめ、だそうですよ。お茶はいかがですか?」
「ありがとう、いただくわ」
貴族令嬢らしい性格のリーサ嬢はとても接しやすい。
レイラやエマ嬢の言動に振り回されることが多く、なんだか親近感を覚える。年上らしくしっかり者で、きついことを言うこともあるけれど、甘くてかわいいものが好きという面もある。
「こちらのケーキはいかがですか?お取りしますよ」
「ありがとう。その…言い忘れていたけど、トマ様のその帽子とっても素敵よ」
「ありがとうございます。リーサ嬢もとてもかわいらしいです」
頬を染めるその表情も愛らしくてにこりと微笑む。見習うのはロイドスマイルだ。
「トマ…あなたってば結構スケコマシだったのね…」
「トマ坊っちゃまはなかなか要領がいいですからね」
―――レイラ、いや姉様、スケコマシってなんですか?
それからノア、お前それ絶対褒めてないだろう。
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