20
「ロイド、コスプレよ!」
「お嬢様、コスプレってなあに?」
「普段の自分とは違う装いをする…ってことかしら。要は違うキャラクターになりきるのよ。ロイドみたいに」
「私はこれが素よ?」
「そうよね、ロイドはそれも素よね」
「ううん?なんか含みが…」
レイラとロイドの掛け合いに、お茶のおかわりを注ぎながらマリーがくすくすと笑う。
見慣れたいつもの光景にレイラは目を細めた。
「ドレスを着てお茶会するの、楽しかったわよね?マリー?」
「はい。とても素敵な時間でした」
「ほらマリーもこう言ってるわ。ドレスを着たマリーもとってもかわいかったのよ?」
「それは私も見たかったわ」
「でしょう?だから今度ゆめかわコスプレお茶会しましょうね」
「はいはい。今度はなにかしら、楽しみね」
レイラは大切な友人たちとの時間をのほほんと堪能していた。
だから、その様子を嫉妬にまみれた視線で見られていたなど――気づいてすらいなかった。
***
ご令嬢のお茶会からしばらく。
イリスの侍女と知り合ったマリーは、いまは彼女と同じクラスで学ぶようになった。なんでもイリスとその侍女の口添えで異例のクラス移動となったらしい。
おっとりとしたイリスだがかなり権力のある家柄だったようだ。レイラは驚いて、そして、エマの笑顔の理由をよくよく理解した。
周囲と馴染めないことを気にして落ち込んでいたマリーは、また以前のように笑うようになった。
イリスの侍女と友達になったことはもちろん、ブノワトと離れたことで余計なストレスから解放されたのだろう。学校ではクラスが替わったし、屋敷でも彼女がレイラやマリーの近くに現れることはなくなった。
お父様か誰かがそう指示を出したのかしら、とレイラは漠然と考えていた。
「レイラ」
マリーたちが学校にいる間、またルチアーノが訪ねてくる。
「まあルチアーノ様ごきげんよう。今日はトマはおりませんよ?」
「…そうか」
生憎トマは父の仕事について行っていた。
弟の不在を告げても頷くだけのルチアーノにレイラは首を傾げる。
マリーもいないし、トマもいないし、困ったわね。と眉を下げて微笑んだ。
「あの…」
「はい」
「…………」
「…………」
この二人は周りに誰かいないとちっとも会話が続かない。
ルチアーノは数回はくはくと唇を開いては閉じてを繰り返して、おもむろにレイラの手を握った。
「きて」
手を引かれて向かったのはいつかのベンチだ。
視線の高さはまだそう変わらないのに、ルチアーノの手が思ったより大きくて、レイラはどきどきした。
「レイラ、これを」
そして小さな箱を差し出される。
「ルチアーノ様、大変ありがたいんですが、このように頻繁に贈り物をされなくても大丈夫ですよ?」
「うん。あまりレイラは喜んでくれてなかったね」
「いいえ、そんなことは決して!」
声を上げて否定するが、ルチアーノは首を横に振る。
「トマから貝の細工をもらったレイラを見て、自分の至らなさに気づいたよ。いままでのものはレイラの好みじゃなかったんだな」
「…………」
まったくその通りだ。
でも令嬢としてつつがなく受け取っていたのに、とレイラは苦笑した。
「商人に言われるがまま、女の子がどういったものを好むかも考えずに選んでいたから、当然かな」
「ルチアーノ様…」
ルチアーノはその小さな箱をレイラの手にそっと置いた。
「レイラのことを考えていたらこれが目に入ったんだ。似合いそうだな…って」
そろそろと箱を開けると、それは小さなブルーサファイアの星がトップになったかわいらしいネックレスだった。
「かわいい…!」
レイラはネックレスを顔の前まで持ち上げて歓声をあげる。よかったとルチアーノは胸を撫で下ろした。
「つけてあげる」
何度も失敗しながら苦心してレイラの首にネックレスをつけたルチアーノは、やりきったとばかりに笑みを浮かべる。
細いチェーンの先に小さな青い星がひとつ。
繊細なデザインがレイラによく似合っている。
―――やだ、顔が熱いわ…。どきどきする。
レイラはルチアーノとの距離の近さに緊張していた。
ぱちっと二人の視線がぶつかって、同時にふふっと照れた笑いが溢れる。
「かわいいね」
「ええ、とっても」
ピンク色の甘ったるい空気が二人を包んでいる。ふよんふよんといくつものハートの幻が飛び交うようだ。
「ルチアーノ様、お茶をご一緒にいかがですか?」
「いや、レイラの侍女も不在だし、遠慮しておくよ。私もこのあと剣技の練習があるし…レイラも家庭教師が来るんだろう?」
「…はい」
言外にふたりきりはまずいと言われ、さらにお互い予定があるだろうと諭される。
断られたレイラはおもしろくなくて、ふてくされたような返事になってしまった。ルチアーノがくすと笑う。
「次は必ず」
「ええ、きっとですよ」
ルチアーノの声が近くて、レイラは頬を上気させて緩く視線を落とす。
しゃらとルチアーノの指がそっと青い星のネックレスを揺らした。
「…よく似合ってる」
「……ありがとう、ございます」
レイラは恥ずかしくて、ルチアーノの顔を見ることができなかった。
上機嫌なルチアーノは一度レイラのラズベリー色の髪を柔らかく撫でて、そして来たときと同じように颯爽と立ち去って行く。
熱に浮かされたように頬が熱くて、いっこうに収まる気配がない。
「…ルチアーノ様ってどうしてあんなに自由に我が家を出入りできるのかしら…」
ああもう、次はどんな顔をして会えばいいの!?
ルチアーノの唇が触れた頬を両手で押さえて、レイラは使用人に声をかけられるまでずっとベンチで身悶えていた。
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