19
「お嬢様、あの…」
マリーはぎゅうと腕の中のお月様クッションを強く抱き締めた。
「学校に通うことでお嬢様と離れないといけないのは、すごく辛かったんです。けど、ノアもいるしがんばれるかなって思ったんですが…」
俯いた拍子にシナモンベージュの髪がさらりと頬に落ちる。
「でも、だめでした…」
「マリー…」
「あまり馴染めなくて、居心地が悪いんです」
苦しげな声にレイラまで悲しくなってくる。
「私、お嬢様の侍女ですが、一応身分は男爵令嬢じゃないですか?」
「うん」
そうなのだ。マリーはモンタールド侯爵領内にある男爵家の娘である。
領の内政を管理するマリーの父は実質の領主様で、レイラの父・モンタールド侯爵の配下にあるが、王家から男爵位も賜っている。
忠義に厚い男爵は、行儀見習いと称して娘を心良く侯爵家に送り出してくれた。だからマリーはただの使用人ではない。レイラの専属侍女であり、モンタールド家の一員だ。
「執事学校に通う多くは平民です。こんな私でも大貴族に見えるらしくて…」
例えばマリーが男爵令嬢という身分を持っていなくても、侯爵家の侍女というだけでやっかむ者がいるだろう。使用人の世界も複雑なのだ。
「ならブノワトは?彼女も同じ立場のはずよね?」
「…ブノワトは伯爵令嬢ですから」
マリーはいつかのように眉を寄せた。さらに唇を尖らせる。これはあまり相性がよくないな、とレイラは察した。
「なるほど。令嬢という立場で比べればブノワトの方が上よね」
「ブノワトは伯爵令嬢という身分を使って、学校では大きな顔をしています。けれど侍女としては私の方が先輩です!」
「もちろんよ。むしろモンタールド家においては、マリーは先輩どころか上司ね」
うんうんと頷くレイラ。
これはお父様に報告するべき件かも、と頭の片隅に控えておく。
「それで近頃のマリーは元気がなかったのね」
「ブノワトのことも大きいです。けれどやっぱり…」
「ああ、そうよねえ…」
遠巻きにされるのはいい気分ではないだろう。
マリーは多感な年頃だし、学校という小さな世界なら尚更だ。
レイラは『私』も同じような気持ちを抱いたことがあったと遠い記憶に思いを馳せた。どんなに好きでも、誰も彼もが認めてくれるわけではない。
「よし!」
大きな声をあげて、レイラは両手を打った。
「そんなときは気分転換よ、マリー!」
「ええと、今度は何を?」
「そうね、お茶会をしましょう。ご令嬢のお茶会よ」
***
夜遅くまで話し込んでいたレイラとマリーは、翌朝すっかり寝過ごしてしまい、ノアにとても怒られた。けれどレイラもマリーもなんのその。
「ようこそお越しくださいました!」
数日後、モンタールド邸でレイラ主催のお茶会が開かれた。
招かれたのはレイラの侍女マリーと、エマ、イリス、リーサ。そしてそれぞれの侍女たちだ。
令嬢のお茶会というコンセプトゆえ男性陣はおらず、侍女たちも身分関係なくドレスを着てテーブルについている。
「もうレイラったら!マリーがいっしょにお茶してくれないからって、考えたわね?」
エマが至極おかしそうに笑う。
「でもたまにはこういった趣向もいいわねぇ」
イリスは自身の侍女と顔を見合わせてにっこり笑う。
「そうね。わたくしも侍女を着飾らせるのは楽しかったわ」
リーサはきれいなドレスを着た侍女を満足そうに眺めて笑った。
「お嬢様、エマ様たちにそんなことおっしゃっていたんですか?」
「そうよ。マリーがわたくしとお茶してくれなくなって、とっても悲しかったんだから」
レイラがぷくりと頬を膨らませると、マリーは申し訳なさそうに眉を下げた。その顔がかわいかったから許してあげる。
「それにしてもすごく似合ってるわ、マリー」
シナモンベージュに映える濃紺のリボンを編み込んだ髪に、レースを使った膝丈のドレス。マリーの上品なかわいさがよく引き立つデザインだ。考案したのはもちろんロイドである。
レイラも生成色のリボンを編み込んだゆるいおさげに、ドレスもマリーとお揃い。
マリーはじめ、侍女の子たちは最初こそ緊張していたようだが、レイラの突拍子のなさやエマの気さくさに感化されてすぐに馴染んだ。
「じゃああなたも執事学校に通っているの?」
「そうなの。クラスが違ったなんて、マリーさんと同じならよかったのに」
偶然にも仲良くなったイリスの侍女が、マリーと同じく執事学校に通っているということがわかった。
話を弾ませながら、どこか安心したようなマリーの横顔にレイラも胸を撫で下ろす。
「レイラあなた本当によく考えたわね。」
「なあにエマ、どういうこと?」
「マリーのことよ。元気がないって心配していたじゃない?」
「心配するのは当たり前よ、マリーは家族同然だもの」
「そうね、わたくしも侍女は大切だわ。でもこれでマリーの学校のことは安心よ」
「ええ。ひとりでもお友達がいれば違うわね」
レイラの返事にエマはにんまりと笑った。
なんだかまだ含みがありそうな表情に、なんだろうと首を傾げるが、答えてはもらえなかった。
「でも本当に、普段と違う格好をするだけで変わるものね。わたくしの侍女も最近ではあんな風に笑うのもめずらしいのよ」
エマは目を細めて語る。視線の先では自身の侍女が、リーサとその侍女の3人で和気あいあいと盛り上がっている。
女性が8人もいれば、自然と話題はばらつくものだが、侍女が主とは別のグループで賑やかにしているのも妙な感じだろう。とりあえず令嬢ごっことしては成功だ。
ちなみにそのときイリスは、黙々と幸せそうに、モンタールド家自慢のスイーツを頬張っていた。
「そうね、コスプレすると自分でも知らない自分に出会えて――…」
「ん?レイラ…?どうしましたの?」
その瞬間、レイラは天啓を得た。
「そうよ、コスプレよ!!どうして忘れていたのかしら!」
「コ、コスプレ…?」
またなにか変なことを閃いたのか――。
この場にトマがいたのなら、間違いなくそう言っていたことだろう。
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