18

その晩、レイラは遅い時間にマリーを自室に呼び出した。


使用人とはいえ就業時間以外はプライベートだ。それをわかっていてあえて呼び出した。



「お呼びですか、お嬢様?」


「待っていたわマリー」



遅い時間のため、マリーは夜着の上に簡素なガウンを羽織っていた。レイラもラフなルームウエアだ。


「もうお風呂は入った?」


「はい、いただきました。」


「そう。それはよかった」


レイラはにっこり微笑んでマリーを部屋に招き入れる。



レイラの部屋は以前の模様替えから少しずつモデルチェンジを繰り返して、ますますゆめかわいさを増している。


壁紙の色にあわせて、チェストやドレッサーなどの家具類もピンク色で揃えた。

ロイドに頼んでつくってもらったユニコーンやねこのぬいぐるみ、星や月の形をしたクッション。ピンクや青、パープル、黄色のそれらはもちろんすべてペールトーンカラーだ。



トマは目が痛い!と言って憚らないが、さすが侍女マリーは慣れたもので、恐縮はしても驚きはない。



「はい、じゃあこれに着替えて?」


「え?」


「わたくしとお揃いのルームウエアよ」


「えええ!?」



いいや驚いた。

マリーのいつにない反応にレイラは「ふふ」と笑う。



レイラがいま着ているルームウエアは『私』の記憶を頼りに再現したものだ。


もこもことした手触りが気持ちいい。その分、職人たちを大変困らせた。

キャミソールの肩紐が覗くほどゆるりと大きく開いた首回りや、すらりと伸びた健康的な足がむき出しになる短いショートパンツは、御令嬢にあるまじきデザインだと大人たちを嘆かせた。


それでもレイラは我を押し通して、ルームウエアを再現した。

そして出来上がったそれはレイラにとてもよく似合っていた。



「いけません、お嬢様!」


「いいじゃない、きっと似合うわよ」



レイラのために作られたそれを侍女が着るわけにはいかない。マリーはそう固辞するが、レイラも引かない。結局折れるのは侍女であるマリーの方だ。



「うう…」


「ほら!すごくかわいい!」



マリーの着替えを(一応)背を向けて待っていたレイラは、振り返るなり目をきらきらと輝かせた。


肩が落ちそうな襟元や心もとない腿の辺りをしきりに気にして眉を下げたその表情は、単純にかわいい。ねこかわいがりしたくなる。


―――それにしても…。


レイラは少し唸った。



乱れひとつないシナモンベージュの髪は、肩につくかつかないかといったところでくるんと内巻きになる。


むかしからマリーの髪型は変わらなかったため、レイラは無意識に侍女とはこういったものだと思い込んでいたけれど…。



「ねえマリー、あなたすごくゆめかわいいわ」


「お嬢様…!」



レイラにとって『ゆめかわいい』がなによりの褒め言葉だと知っているマリーは、感激に胸を震わせた。


そしてレイラもマリーを見てうっとりとした。


髪はもちろん、若木のようにしなやかで細い体躯のなんてゆめかわいく理想的なことか。どうして耳つきフードにしておかなかったんだろう、とレイラは歯噛みした。これほど後悔する日が来ようとは。



「さあこっちに来て?」


マリーの手を引いて促すが、その先を悟ったマリーが首を横に振る。


「いけません、お嬢様!」


「あのねマリー、あなた最近元気がなかったじゃない?」


レイラはその手をぎゅっと握る。


「だから女同士ゆっくり話がしたくて、ね?そーれ!」


「きゃああ!?」


レイラはマリーの手を掴んだまま天蓋付のベッドにダイブした。やわらかい布団にばふん!と飛び込んで、なんだか楽しくなってくる。


「お嬢様!!」


「うふふ!楽しいわね!」


マリーに怒られてもなんのその。



「さっき言ったことは本当よ。侍女でも令嬢でもなく、ただのマリーとレイラとして過ごしましょう。ガールズトークよ」



マリーは逡巡した後「…そうですね」と肩の力を抜いた。




***

それでどうしたのかといえば。



「きれいな髪ね。マリーはいつもどうしてるの?」


「梳かすだけです」


「それでこんな艶が出るの?…褪色もないし、染め直さなくてもいいなんて、本当この世界チートよね」


「褪色ってなんですか…?世界…?」


「いいの、ひとり言よ」



膝の上に三日月形のお月様クッションを抱えたマリーの背後に回って、レイラはマリーのシナモンベージュの髪を編み、リボンで飾る。


「今度お嬢様の髪にもリボンを使いましょう」


「そうね、お願いするわ」


揃いのルームウエアに着替えたときから、侍女という鎧を脱いだマリーはすこし幼く、『私』に近づいたレイラは逆に大人びて見える。


普段よりレイラを慕うマリーは年の差をあまり感じさせないが、いまはただの同世代の女の子だ。



「ロイドとはどうなの?」


「ロイド様ですか…?どうとは?」


「うーん?仲良さそうだから気になっちゃって」


「いつもよくしてもらってます。気を使ってくれるからついつい頼っちゃうんですよね」



ガールズトークといったら恋バナだろう。


ロイドのポイントはきちんとマリーの中で加点されているようだ。よしよしとレイラはほくそ笑んだ。



「今度ロイドになにかあげようかしら、普段のお礼に。マリーもどう?」


「いいですね。そういえば以前にお嬢様とお菓子を配りましたね」


「バレンタインね!そうそう!あのときマリーは誰にあげた…ん、だったか…」


「ノアです」



そうだ。バレンタインの文化のないこの世界で、マリーと楽しむためにバレンタインごっこをしたことがある。


一番大事に思ってる人に本命チョコをあげるのよ、とレイラはマリーに教えた。レイラ自身はもちろんルチアーノに渡したのだけど、そうだ、あのときマリーはノアにお菓子を渡していた。


もちろんごっこ遊びだから、受け取った彼らも「ありがとう」で終わってしまったのだが――。



そうか、ノアか。

レイラは思わぬ伏兵を見つけてしまった。

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