9

レイラが自身の誕生日パーティー用のドレスについてロイドと打ち合わせをはじめてしばらく後、久しぶりに父に呼び出された。


父親の書斎に赴くと、優しい笑みで応接セットに促される。



「近頃はまたなにか楽しい相談をしているみたいだね?」


「早速お父様のお耳に入っているなんて、お恥ずかしいですわ」



自分の誕生日パーティーの準備をするなんて、みっともないと思われて当然だ。


「いいんだよ。今度はなにをしてくれるのか、楽しみにしている部分も大きいからね」


三日月形に目を細められ、レイラは肩を竦める。


「ところでその誕生日パーティーなんだが」



父は少し身を乗り出して言う。



「同時にレイラの婚約者をお披露目しないか?」



「え?ルチアーノ様をですか?」



レイラはごく自然にそう問い返した。

けれど父は考え込むように息を吐きながらソファーに凭れる。



「そこなんだけど、レイラは本当にルチアーノくんでいいのか?」


「え?だって、わたくしの婚約者はルチアーノ様でしょう?」


「うん。でもレイラはルチアーノくんとあまりいい関係を築けているとは思えなくてね」


「………っ!」



レイラはさっと顔色を悪くさせた。

やはり、そうだったのだろうか。レイラはうまくやっていると思っていたが、当たらず障らず、それが良い関係だとは到底いえない。



「この縁組は私たちが決めてしまったことだ。だけど、レイラの幸せをないがしろにはしたくない。わざわざサルヴァティーニ家と縁を結ばなくても関係は良好だし、心配はいらない。もしレイラが嫌なら、もっと他にいい人がいるなら、ちゃんと教えてほしい」


「…え?」



顔を上げると、父は真剣な眼差しでレイラを見つめていた。



「いえそんな、他の人だなんて、わたくしはルチアーノ様が…」


「私にまで取り繕わなくていいよ。ロイドくんといい関係なんだろう?」


「え?」



レイラはぱかんと顎が落ちた。



「え、ロイドと?お父様いったいなにを…?」


「違うのか?いつも一緒にお茶しているからてっきり」


「違います。ロイドにはわたくしの趣味の話に付き合ってもらっているだけで、お茶会にはトマもいますし。それにロイドはきっと…」


「きっと?」



これを言ってしまっていいものか、レイラは逡巡した。でも言わないと父は納得しないだろう。



「ロイドはたぶんマリーが好きです」


「侍女のマリーか?」


レイラは頷く。


「はい。そしてマリーも、きっと」



言葉にして確かめたことはないが、間違ってはいないはずだ。

レイラにとって姉のような存在のマリー。マリーはいつもレイラを一番に考えてくれるが、その次に気にしているのはロイドだ。

そしてロイドも、いまでは女性言葉を使う彼が、マリーに対しては以前のように話しかける。


お互いがお互いを特別に思っている様をレイラは常々感じ取っていた。



「そうかー」


父親はどっと力が抜けたようにソファーに転がった。


「お父様!?」


「いやね、ロイドくんからレイラのブランドを立ち上げてもいいかと打診があったんだよ。だから私はてっきり二人が好き合っているのかと」


「ロイドが?ブランド!?」


なにそれ聞いてない!初耳!



「ブランド化については私も賛成でね、レイラの考えるものは独特でおもしろい。だからこそ権利関係をきちんとしておかないといけないと思っていたんだ。しかしそうか…二人が一緒にならないなら、どうしようかな、利益分配…」



うんうんと悩みはじめる父を見かねて、レイラは言った。悩むとこそこか――ではなく。



「お父様?わたくしは自分の好きなものが手に入るだけで十分ですわ」


「そういうわけにもいかないよ。こういうのははじめが肝心だからね」



父は身体を起こしてきちんと座り直すと、またにっこりとレイラを見た。



「それで?他に好きな相手がいるわけでもない、婚約者はルチアーノくんでいいのかな?」


「あ…!」



レイラはかあっと顔が熱くなった。



「はい、あの…ルチアーノ様でお願いします…」


「おや」


「あの、」


娘の反応に父は少し驚いたようだった。


しかしレイラは己の感情にいっぱいいっぱいで、熱くなる頬と連動してじわじわと視界が潤んでくる。


「本当は、よくわからないんです。でもルチアーノ様がお相手だと安心するというか、ルチアーノ様以外は嫌というか…」


意味もなく両の手を握ったり開いたりする。


「うん」


父親はただ笑った。



「レイラの気持ちはわかったよ。そうだよね。お披露目のことはサルヴァティーニ閣下にもお話ししておくから」



父の手がレイラのラズベリー色の髪をくしゃりと優しく撫でる。



「レイラ、その気持ちを忘れないように、ね」




***

モンタールド侯爵から、レイラの誕生日パーティーでルチアーノを婚約者としてお披露目したい、と申し出を受けたサルヴァティーニ公爵はようやくかと息をついた。



「やっとか、ここまで長かったな」


「なんのことだい?閣下」


「侯爵、私が気づいてないとでも思ったか?デル・テスタ家の子息を引き入れたり、隣国の辺境伯の息子に目をかけたりしていただろう。すべて娘のためだったんじゃないのか?」


「ははは。それでもレイラが選んだのはルチアーノくんだったよ」


「だから無事に婚約が結ばれてよかったと思っているよ」


「ところで、公爵家は世襲できても、宰相はそうと限らないよね?」


「っ!」


「私、現宰相閣下は支持しているけど、次代まではわからないな。もしかしたら息子のトマを押しちゃうかも」


「…侯爵、貴殿が裏でなんて呼ばれているか知ってるか?」


「え?」


「『微笑みの悪魔』って言われてるよ。本当、笑いながら怖いこと言うよね…」


「ふふふ」


「わかった、ルチアーノにはよりいっそう精進させることを誓わせるよ」


「レイラはおもしろい子だよ。彼の手に余るようだったらいつでも仰ってくださいね、閣下」


「…おかしいなぁ。はじめはお互い薦めあって決まった縁組のはずなのになあ?」

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