10

「わたくしのブランドを立ち上げたいとお父様に相談したんですって?」


「あら、もう伝わってるの?ええ言ったわ」


ロイドと二人、並んで手を動かしながら問いかけると、ロイドはあっさりと認めた。


「お父様は乗り気だったわ。でも、わたくしは…」


「あのね、お嬢様」


ロイドはレイラの手からメジャーを取り上げると、手際よく作業を進めつつ言う。


「もちろんお嬢様のことも考えているけれど、これは自分のためでもあるの」


「自分?ロイドのため?」


「そう。私だってデザイナーの端くれ。お嬢様が私の作ったものを試作品として職人に見せていることは知ってるわ。でもそんなの悔しいじゃない」


「わふっ!」


レイラははっとする。


「ごめんなさい、そうよね、そうだわよね…!」


ロイドだって自分の手でオリジナルを完成させたいと思うのは当然。


「うふふ、わかってくれた?」


「ええ」


「ならブランドの名前を決めないといけないわね、何がいいかしら」


「そうねえ…」



「ねぇ、さっきから何してるんだ…?」



「うぉん!!」



背後から顔を覗かせたトマが呆れたようにそう言って、目の前でいい子におすわりをしていた大型犬が元気よく吠えた。



「あらトマ。この子たちの首回りのサイズを計っていたのよ」


「なんで…?」


「ごきげんよう、トマ様。わんちゃんたちのベストを作るためですわ」


「だからなんで!?」



トマは、犬に服を着せるなんてわけがわからない、と呻いている。



「だってせっかくのパーティーですもの、この子たちもおめかししなきゃ」


モンタールド邸の番犬も勤めるドーベルマンたち。力強い彼らにはシンプルなベストがよく似合うはずだ。きっとかわいい。


「本当はトマ様の小さいときのおさがりを借りようと思ったんですが、」


「やめてあげて!?」


「はい、だから新しく作ることにしたんですの…っ、ぶふっ!」



トマの素早いつっこみに、ロイドは笑いを噛みしめながら答えるが…残念。堪えきれなかったようだ。



「もー!ロイドさんがレイラを止めなかったら誰も止められないんだって」


「あら?私はお嬢様のアイディアを否定したりしないわ。ねえマリー?」


「はい、もちろんです」


後ろからやって来たマリーがにっこりと微笑んで、トマはがっくり頭を垂れた。



「マリー、それはなあに?」



マリーは大きな荷物を両手に抱えていた。大きさの割にはあまり重たそうに見えない。



「これはトマ様よりお嬢様へと受けとりました」


「あらそうなの?直接渡してくれればよかったのに」



レイラが振り向くと、トマはそっぽを向いてぽりぽり頬を掻いたりする。


包みの中には薄い織の布があって、「あら、素敵!」と横からロイドが声を上げた。



「西の国の特産なんだって。それから、ノア」


「はい。レイラお嬢様、こちらをどうぞ」



トマの従者のノアがどこからともなく現れ、レイラに大きな本のようなものを手渡してくる。


ノアはモンタールド邸の家令の息子で、トマの従者だが常に一緒にいるわけではない。なのに呼べばすぐに現れて、幼い頃レイラは本気でノアを魔法使いだと思っていた。



「なにこれ?」


「その布の色見本。マリーに渡しそびれたから持ってきたんだ」


「わあ、おもしろーい!」



レイラは本を開いて歓声を上げる。



「父様の贔屓にしてる商人が来ていて、レイラが好きそうだからもらってきた。その布はサンプルだって。ドレスに仕立てるのによさそうだろ?本の中にある色だったらすぐに手配できるって言ってたぜ。あのさ、レイラ」



「そうなの!?じゃあこのバナナイエローとメロンクリームソーダ色がいいわ!」



「え?は?」



いつもみたいにピンクとか薄紫じゃなくてさ、と言いかけたトマの言葉は簡単に遮られた。


バナナイエローとかメロンクリームソーダとか、なんだそれ。


レイラが指差したものが黄色と薄緑色だったので、トマはほっと胸を撫で下ろした。



「それにしても、トマ様がお嬢様のためにご用意してくださるなんて」


「本当、驚きね」



ロイドとレイラが目を瞬かせると、ノアが「いえいえ」と首を横に振った。



「そんなことはございません。トマ坊っちゃまはレイラお嬢様の様子をよく見ていらっしゃいますからね。口ではああだこうだ言いながら、案外お嬢様の好みを一番知っているのは坊っちゃまかもしれませんよ」



生ぬるい視線が集中して、トマは「うるさい」とそっぽを向く。その耳たぶが赤くなっているのを見て、レイラはくすくすと笑った。

生意気だがかわいい弟なのだ。



「ところでノア、トマ坊ちゃまはやめろよ」


「どうしてですか?坊っちゃま」


「だから!お前、マリーと同い年じゃん、坊っちゃまとか言ってて恥ずかしくないのかよ」


「恥ずかしいのはトマ様なので、オレは別に。それにマリーもレイラ様のことはお嬢様と呼びますよ?」


「まって、本音でてる!」



わあわあと去って行く二人のやりとりは常日頃のもので、こうして日々トマのつっこみスキルが磨かれていくのかとレイラはしみじみ思った。



「トマもノアも仲良しで何よりだわ」


「そうですね、お嬢様」



そしてレイラの侍女は今日も肯定しかしない。


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