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「お嬢様、いつも申し上げていますが、これは御令嬢にお出しするようなものではないんですよ」
「いいじゃない。わたくし好きよ、料理長お手製のフルーツティー」
ピッチャーに並々と注がれた紅茶に、色とりどりのフルーツが浸かっている。
果物の香りを引き立たせるため安い茶葉を使っているらしく、それにもともと使用人たちのために作り置いているものであって、料理長はいつもいい顔をしない。
だがレイラは、おいしいものを独占するなんてずるいと思っている。頻繁にレイラがおねだりするので、フルーツもいいものを使っていると知っている。
「ね?おねがい」
上目使いで両手を合わせると、料理長はやれやれと溜め息をついた。
「敵わないな。小さな頃からお嬢様のお願いに勝てた試しがないよ」
そして、はじめから用意していたのであろう、オレンジの飾り切りが添えられたグラスを手渡してくれる。
「わーい、ありがとう!」
料理長のフルーツティーを楽しんでいると、侍女のマリーが現れた。
「お嬢様、こちらでしたか。家庭教師の先生がいらしていますよ」
「え、もう?」
「お勉強の後にロイド様がご来訪予定です。時間通りにお願いしますね」
「ええ。わかってるわ、マリー」
『私』の記憶を思い出して数年。
この年、レイラ・モンタールドは11歳になる。
読み書き計算の他に、国史や令嬢としての嗜みなど、学ぶことが一気に増えた。一日の半分以上を家庭教師たちと過ごしている。
残ったわずかな時間で、ロイドやマリー、トマとゆめかわお茶会をするのがもっぱらの楽しみだ。
レイラのゆめかわいい探求は、本人も預かり知らぬところで意外な恩恵をもたらしていた。
以前にモンタールド侯爵夫人が夜会でビジューをあしらったドレスを披露すれば、国中の貴族がこぞって真似をした。
同時期に、侯爵が隣国の商人を介してガラス職人に発注したビーズという微細なガラス細工は、いまでは庶民にも裾野を広げて大流行している。
それはモンタールド領に専用の倉庫を作るほどの盛況ぶりで、ビーズを用いたアクセサリーやドレス、服飾品は国内消費だけでなく、国外へも輸出されはじめた。国の経済は活性化され、モンタールド外務大臣の発言力はいっそう強くなった。
ちなみにこの材料を輸入して製品を輸出するという方法を提案したのもレイラだ。
本人はそこまで深く考えていなかっただろうが、「大変なら素材だけ外注したら?それで出来たものをまた売ればいいじゃない」と言った娘の慧眼に侯爵は脱帽した。
そのおかげか、侯爵はいっそう娘に甘くなり、レイラは遠慮なくゆめかわいいを追い求め続けている。
「レイラ」
マリーに導かれ、家庭教師の待つ自室へ向かう途中で弟のトマに声をかけられた。
傍にはレイラの婚約者であるルチアーノの姿もある。
「これからルチアーノ様と遠駆けに行くんだ。よかったらレイラもどう?」
成長した彼らは馬術や剣術に勤しむようになった。それでもルチアーノがトマを誘うのは変わらない。
「ごめんなさい、お勉強の時間なの。それに後からロイドが来るわ」
「そう。無理しないで。レイラも今度私たちと一緒に馬に乗ろう」
穏やかに目を細めてルチアーノが言う。
少し前まで利かん坊だった彼も、すっかり紳士然りとしてきている。
それはまるで以前のロイドのようで、はじめてルチアーノが自分のことを私と言った日には、レイラは熱が出るかと思った。
「楽しみにしていますわ、ルチアーノ様」
淑女の微笑みで見送るレイラに、トマはどこか不満そうな視線を投げる。時々向けられるその表情の意味がいつもわからなかった。
変わったことは他にもある。
―――むしろこれが一番大きな変化かもしれない。
「はあい、お嬢様。またかわいいものができたわよ」
その日の授業が終わった後、予定通りロイドが大きな包みを持って訪れる。
この数年で彼の口調はすっかり様変わりしてしまった。
レイラが変な趣向のお茶会に付き合わせるから彼までおかしくなってしまった、とトマに言われたことがある。やっぱりわたくしのせいかしら?とレイラは少し良心が痛んだ…りはしない。
芸術家筋のデル・テスタ家では、過去にもっと大きな奇癖を抱えた者が数多いたようで、ロイドの女性ような喋り方などかわいいものだと受け止められている。しかしロイドとはじめて出会う貴族たちはそうもいかない。
「ほら、新作のテディベアよ」
「わあかわいい!」
ロイドはラッピングを解くと、両手で抱えるほどの大きなテディベアのぬいぐるみを取り出す。淡い黄色のチェック柄でいかにもレイラ好みだ。光沢のある緑のリボンが首に巻かれている。
そしてそれより二回りほど小さい同柄の赤っぽいテディベアをマリーに差し出した。同じく光沢のある青いリボンが巻かれている。
「はい、こっちはマリーに」
「私もですか?ありがとうございます」
マリーは「お嬢様とお揃いですね」とにっこり笑う。
「学校の課題で作ったの。お題は自由だったから二人が喜びそうなものにしたわ」
ロイドはこの春から王立の服飾学校へ通っている。
この国では、いや近隣諸国も含めて、貴族も平民も15になる年から3年間通学するのが習わしとなっている。大抵の貴族たちは中央にある学園に通うが、専門に特化した学校もいくつかある。
ロイドは美術学校と服飾学校を天秤にかけ、悩んだ結果、服飾学校へと進学した。
貴族ばかりの中央学園や伝統を重んじる美術学校より、個性が活かせる服飾学校はロイドに合っていると思う。なにより彼自身とても楽しそうだ。
「はやく一人前になりたいわね。そしてお嬢様のドレスを仕立てるのよ」
「あら、いまでもロイドはいろいろ作ってくれているじゃない」
ロイドの手はなんでも作れる魔法の手だ。
これまでもレイラの求めに応じて、テディベアなどぬいぐるみだけでなく、帽子やアクセサリー、普段着るようなワンピースまで仕上げてくれた。
ロイドが一度形にしてくれるから、職人たちもレイラの斬新なアイディアを取り込みやすいらしく、『私』の回りにあったものがいくつか再現できている。それはもちろんレイラ・モンタールド特注品として。
「それとこれとは別よ、お嬢様。社交界用のドレスを仕立てることは職人の夢だわ」
「ロイドはドレス職人になりたいの?」
「そうと決めたわけじゃないけど…」
ロイドは丁寧な手つきでカップに口をつける。
「なるほど」
レイラは頷いた。
「わかったわ。今年のわたくしのお誕生会パーティーのドレスを一緒に仕立てましょう」
「え、ほんとに?いいの?」
「もちろんよ。ロイドとならきっと素敵なドレスが出来上がるわ」
そうよね?とマリーを見上げると、彼女もうれしそうに笑って同意した。
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