第三話 ゆるふわバハギア探訪(2)

 師匠からの話はかなり長くて半分眠っていたが、終わった頃にはぐっすり眠れていて身体が軽くなっていた。師匠はよく聞いてくれたという顔で僕の肩をポンポンと叩くと、飲んでいたカップを置いて、「ちょっとトイレに行ってきます」と姿を消した。ホッと一息ついていると、あの陰鬱な店長さんが僕の方を向いてきた。


「あの、なにか……?」


「”この町には、行くと危険な場所がある”……それとその服を着ることを覚えておけば、簡単に死ぬ心配はありません」


「あ、ありがとうございます……?」


「いえ……人が死ぬのを見るのは、個人的にあまり好きではないですので」


 今にも消え入りそうに微笑むと、そのタイミングで師匠とパックお姉ちゃんがトイレから帰ってくる。僕の服を綺麗に畳んで持ってくると、はいっ、と渡される。


「それ、見つかると没収されちゃうから気を付けてね?」


 ウィンクすると、新しく入ってきたお客さんの接客に回っていった。僕もすでに冷めてしまった紅茶を飲み切ってしまうと、お礼をいって師匠とお店を出た。


 お店から出ると、町を歩く人たちもそういえば同じ服を着ていることに気付く。兵士たちも中世世界みたいな鎧を着こんでいなかったし、やっぱりこの服はこの町で大事にされているようだ。高いビルの町並みを眺めながらビルの一階部分のあったさっきのカフェが『フェアリー』であることに気付いていると、「次はこっちですね」と師匠に袖を引っ張られていく。

 そうして連れて来れれてのは酒場だった。さっきの現代的な建物と違って、ここは西部劇にでてきそうなタイプの古い建物だ。師匠の後を追って中に入ると、カウンター席に座るように言われる。


「おや、師匠。アンタが彼女を連れて入店とは珍しいねぇ。ついに、恋愛に目覚めたのかい?」


「いえ、ベアトさんは彼女などではなく……私の弟子です」


「なんだい、つまらないね。……コロシガシかい? シロヒガシかい?」


「いえ、どちらでも。……お酒、飲めますか?」


 僕が苦笑いするとそれを察してくれたらしく、お通しの湯豆腐二つだけ注文した。お酒が飲めないのは、この世界でもディスアドバンテージになるらしい。落ち込んでいる僕の元に「元気だしな!」と湯豆腐が二つ、置かれた。お箸でそっと一口分切ると、口の中に落とす。トロトロとしていて、口の中でとろける。お出汁で煮込んであるのか、咀嚼する度にじわぁと旨味があふれてくる。


「どうだい、美味しいだろ?」


「はいっ! こんなに美味しい豆腐、初めてです!」


「そうだろ、そうだろ!……だけど、うちの湯豆腐でそんなに喜んでくれたやつは初めて見たねぇ! アンタ、名前は?」


「ベアトリーチェ、です……!」


「あぁ。だから”ベアト”なのね。……ちなみに、アタイの名前はベルスランだ! 多分師匠さんがここに来たのは”情報屋”としてのアタイを買ってくれているんだろうが……気に入ったとはいえ、情報が欲しい時はお金だ。ただ気に入った割はしてやるよ!」


 ハアッハッハァッ! と豪快に笑うと、「姉御ォ!」「こっちに酒ェ!」と酔っ払いたちに呼ばれて去っていった。残された僕は湯豆腐の美味しさを味わいながら、お酒の方を羨ましそうに見ている師匠に飲んでしまえばいいのに、と思っていた。



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