第二話 ゆるふわバハギア探訪(1)

 深海の町といわれて真っ先に思い浮かぶのは、高度な文明を誇ったといわれているアトランティスだろうか。僕はそう予想をしていて、びっくりした。町の建物たちはいかにも現代建築といった感じで、ビルが並々と立ち並んでいた。よくテレビで見た東京に限りなく近いな、と思う。

 

「どうですか? ここはバハギアという他の小さな村落よりも大きい町なのですが、都市部から電気を引っ張ってきているので週に一度のメンテナンスの日以外はずっと明るいままなんですよ」


 師匠の話に感心を覚えながら入口のところで兵士さんたちと別れると、師匠は一息ついた。


「……やっと、二人っきりになれましたね。ベアトさん」


 意味ありげな言葉に戸惑っていると、こっちです、と近くにあったカフェらしき建物へと引っ張っていく。雰囲気の良い店だったが客はまばらで、それも店長らしき人の表情を見て大体察することができた。陰鬱。彼の周りだけ陰鬱さが漂っており、それに反比例するように一人だけの店員は明るかった。


「いらっしゃいませ! ……って、なんだよ師匠さんかぁ。いつもの紅茶でいい?」


「はい。ベアトさんにも、もう一つ」


 フリフリとクリオネみたいな色合いの透明な服を揺らすと、元気な店員さんはぼんやりしている店長さんの身体をしばいて注文を言った。カチャカチャと紅茶を作ってくれている姿を見ながら、師匠は僕の目を見る。


「さて。無事に弟子になってくれたわけですが、この町で生きていこうとしたら大事なことがあります。それは、なんだと思いますか?」


「そうですね……礼儀、とかですか?」


「いえ、礼儀自体はそれほど重視されません。それよりも重要なのは……服装です」


 師匠は元気な店員さんにコソコソと何か伝言を頼むと、「喜んでー!」と渡された硬貨を持って走っていった。それから数秒後、マッハの勢いで帰ってくる。


「これ……アタシの……お古、なんですが! これでも……はぁ……良いですよね!?」


「……えっ、ぼ、僕ですか? よく分からないけど、師匠がいいなら大丈夫です!」


「良かったぁ……それじゃあ、ちょっとこの子借りますね!」


 お店の奥にあるトイレ部分に引っ張られたかと思うと、ポイポイっと服を脱がされて、ブラジャーとパンツ以外の身ぐるみを剝がされてしまう。こんな姿を他人に見られたのはいつぶりだろうか。高校生の時にはまだ体育があったはずだし、あれから、五年以上は経っているだろう。そのまま店員さんは僕にシャツを着せたり蒼色の布を巻いたりすると、「これでヨシ!」と僕の背中を叩いた。


「良いじゃん良いじゃん、似合っているよ。彼女さんに見せてきな?」


「……いえ、彼女じゃないですけど」


「えっ!? もしかして、ベアトちゃんも弟子勧誘された口?」


「……もしかして、店員さんもそうなんですか?」


「いや、アタシは断ったよ? 面倒だし。……それよりも、名前! 店員さんじゃなくて、パックお姉ちゃん、だから。理解した?」


 鬼気迫る圧迫面接にコクリコクリと頷くと「ほらほら、行った行った!」と背中を押された。つまずきそうになりながらもトイレから出てくると師匠は紅茶を飲んでいた手を止めて、僕の方を向いた。


「おや……似合ってますね。南国感があって、とても良いと思います」


「そ、そうですかね……? ありがとうございます、師匠」


  褒められた、褒められた、褒められた! 自分でも思いも寄らないほどに興奮する心をなだめながら、異世界に来れて良かったという喜びを感じていた。

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