第一章 バハギア殺人鬼騒動
第一話 師匠との出会い
いくらの時間を虚無の中で浪費したのだろうか。身体が海の生き物に食べられていたのも、ずいぶん前のことのように思う。
このまま永劫をこの暗闇の中で過ごすことになるのか。その事実を少し悲しく思っていると、ふとした瞬間、心臓に強い痛みが襲ってきた。あまりの痛みに声をあげそうになると、口から泡が漏れた。意識がついに戻った。異世界転生したのか。
まだダルさのある身体を起き上がらせると、手を動かしたり足先を開いたり閉じたりしてみる。だが、何も変わっていない。両手、肩、腰、脚、爪先。目視で確認したが、それは死ぬ直前まで感じていたものとまったく同じものだった。
(異世界転生ができなかった?)
そんな疑問を抱きながら周囲を見渡してみると、そこは真っ暗闇の世界だった。ただ近くに落ちていたランプの淡い光が周囲を照らし、ドーム状に蒼くて眩しい世界を生み出していた。ひとまずランプを持って辺りに建物や人がいないかを確認すると、いかにも廃屋らしい建物たちが見えた。中は敷物があるだけの空っぽで、人の生きていた気配はなかった。ただその中でも、一件だけ、無事そうな家があった。そこは吹き抜けで柱が何本か立っているだけの家だ。中を覗いてみると、そこには作りかけの剣がいくつか見つかった。へにょへにょに曲がった剣ばかりで、失敗作なのだろう。
ただ、僕にはそれが気に入った。一番気に入った一本を持ち出すと、ジーパンのポケットの中にしまった。
その剣をどうにか上手く使えないかと振り回しながら歩いていると、空で何が光っているのが見えた。それはヒーローが良く使うホーリーみたいな光の魔法のようにも思えたし、たまに敵側が使ってくる全てを破壊する系の魔法であるようにも思えた。どちらにしても、あれに直撃すれば死は免れないだろう。剣をしまうと、ライトを片手になるべく光から遠くへ遠くへと駆けていく。数十メートル離れた時点で光は海底に墜落すると、ぷしゅう、と炭酸が抜けたような音を鳴らした。
爆発も何も起こらないのを妙に思って振り返ると、胎動するような周期でチカチカと光るカプセルがあった。ちょうど成人した人間二人分、といったところだろう。地雷みたいに突然爆発しないかと不安を抱きながらも、近付いてみる。
カプセルは半分だけ透けたガラスのような素材でできており、その中にはスチームパンク世界からやってきたのか、と思うぐらい複雑な部品で構成されたマシンが見えた。これがオーバーテクノロジーなのかそうでないのかは、機械に詳しくない人間なので分からないが。
しばらく待っていて何も起こらないのを確認すると、これがカプセルなら開くことも可能ではないかと考える。案外、このカプセルの中にチート並に強い武器が入っていて、そこから僕の異世界転生……ではないが、異世界転移物語が始まるのかもしれない。奴隷生活でなかったのは少し残念だが、別にあの世界から逃げられたら良かったのだ。この力で誰かの役に立てるなら、それでいい。
とりあえず手で開けようとしても開かなかったので、もう不要になったさっきのへにょへにょ剣を使おうと決める。ちょうどへにょへにょなんだし、てこの原理なんかが上手く働いたり働かなかったりするのかもしれない。そう思ってカプセルの間にあった隙間に差してみると、思った以上に簡単に開いた。その代わり、ピキッと音がしたかと思うと、剣先が折れてしまう。
さようなら、へにょへにょ剣。そして、これから僕は新しくてチート級の武器を手に入れるのだ。プシュウと中から出てきた白い煙にむせると、どんな武器が入っているのかと心を躍らす。だが、そこにあったのは人間だった。初の原住民との遭遇。さすがに武器を持っていたら警戒されるだろうか、と折れた剣をその場に捨てると、中で目をつむっていた彼女の顔を見つめる。青髪でショートなのが、ショート仲間としては少し嬉しくなる。試しに頬を突いてみると、柔らかい感触があった。楽しい。
「……そうですね。あぁ、はい。でしたら、私が貴女の師匠になりましょう!」
論理の飛躍、とか、何が起こった、なんて思考すら追いついていなかった。緩んでいた僕の口元が戻るよりも前に、彼女は僕の首元に槍の穂先を当てていた。これはさすがに死ぬのか。ただ、僕は異世界転移できたのだ。そこに、何か役に立つ意味があるはずなのだ。……生き延びないと、いけない。
「弟子になったら、殺さないでいてくれるんですか?」
「もちろんです。……というか、私自身にはアナタを殺す意思はありません。ただ、弟子にならないと死ぬ、という話なのですが」
「えっと……だったら、なります弟子!」
師匠は微笑みをたずさえると、「もういいですよ」と周囲に向けて言った。もしかして妖精に、なんて淡い希望を抱いていると、ついさっきまでうろついていた場所の
砂の中から何人もの槍を持った人たちが立ち上がってきた。彼らは一様に赤いシャツを着て、赤と白の見覚えのある柄の布を巻いていた。その柄を表現するなら、タコの吸盤っぽかった。呆然と彼らの衣装に気を取られていると、腰をポンッ、と叩かれた。
「……ほら、行きますよ。動かなかったら、無駄に怪しまれます」
「は、はい! その……師匠はなんとお呼びすれば良いですか?」
「師匠、でいいです。少し事情がありまして、名前をお教えできないので。……ちなみに、アナタこそ名前はなんというのですか?」
「……そう、ですね。だったら、ベアトリーチェとでも呼んでください」
「ベアトリーチェ……分かりました。ベアトさん、と呼んでも良いですか?」
僕は頷くと、師匠はわざわざ敬語で「ありがとうございます」と言ってくれる。これだと、どちらが師匠なのか分からなくなってきそうだ。
遠方に巨大な光が見えてくる。少しずつ明瞭になっていくこの世界のことについて思いながら、師匠の身長高いなぁとほれぼれしていた。
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