「宇宙の雫たち」

50億年前。

希望の星に人類が誕生し、高度な文明が栄え、そして、衰退の時期を迎えていた。

終焉が近いことに、多くの人々は気づいていない。

絶望の種族に生まれた奇跡の幼女は、まだ短い足を懸命に動かして、兄たちの後を追っていた。

「まってよぉー!にぃーちゃーん!」

「付いてくんなチャコ!」

「まぁあってよぉーお!!

チャコも いっしょ あしょびたいぃ!」

「おめーは母ちゃんとこにいろ!!」

無法地帯の貧民街をすり抜け、西方に見える強大な大国を目指す。



軍国主義国家の中心部。無機質だが歴史を感じさせる建造物と街路樹が、兵士のように整然と立ち並ぶ。

建国記念日が近い。国中に国旗や輝かしい勝利の図像がはためき、建国980周年を知らせている。

繁華街では、茶と赤の縞模様の装飾でお祭りムードを盛り上げている。この模様は、毎年この時期になると、お菓子や仮装グッズに使われ、街中を彩る。


郊外の小さな国営小学校。

教室では新米教師が、子供達に歴史の授業を教えている。

「みなさん、もうすぐ建国記念日です。

毎年、建国記念祭のこの時期は、みなさん何をして過ごしますか?」

「ドロピアンアイスを食べる!」

「ドロピアンの格好をする!」

「寝る!」

「漫画読む!」

「先生に鼻くそ飛ばす」

「それバカが毎日やってることでしょ?!」

「そうですね。みなさん、ドロピアンカラーと呼ばれる茶色と赤の縞模様。あの模様の意味を知っていますか?」

「ふんっ知ってるよ。お父さんから聞いたし」

「ドロピアンについては、親に教えてもらったりして知ってる人も多いと思うけど、事実とは違う噂も流れているので、今日はちゃんと正しい歴史を覚えましょう。

電子教科書の古代史の科目、昨日やった次の章、えーっと、54ページを開いてください。"ドロピアン戦争"という章ですね。」

「先生ー、カレシできたぁ?」

「今から1300年前、ここは森でした。森とは何か、原始史の授業で習ったのを覚えていますか?植物がたくさん茂り、多様な生物が混在していたところです。今は私達の人工の日光が、国全体を覆う天井から照らしてくれているのが当たり前ですが、当時は天井がなく宇宙がむき出しで、日光はそこから降り注いでいました。現在の人工光とは違い、生物に有害な光も含まれていましたが、当時の"ちきゅう"の日光と大気は、森と密接な関係があると、そのことは前の授業で習いましたね。」

「そーだっけ?」

「バカは黙ってて」

「その頃、長く厳しい戦争で祖国を追いやられた私たちの先祖は、この森に新しい国を作ろうとしましたが、ドロピアンという原住民族と敵対しました。彼らは私達のような通常の人間よりも、身体能力が恐ろしく高く、凶暴な獣の姿をした悪魔の民族として忌み嫌われていました。当時、森は大変貴重なもので、多くの国が所有権を争っていましたが、誰もドロピアンを退治することができず、戦争は複雑化、拡大化していきました。そんな中、弱体化し分裂しかけていた国家は、悪魔撲滅のため再結束し一眼となって戦いました。そして最終的には、高度な科学技術を有していた私たちが、核兵器によって悪魔を森ごと完全に消し去りました。核兵器による高濃度の汚染物質で他国は立ち入ることができない一方、高い除染技術を持っていたのは唯一私達だけでした。この土地に平和をもたらすことができたのは、私達だけだったのです。

これをきっかけに始まった世界核戦争時代については、また今度、中世史の授業で習いましょう。

あ、そうだ、ちなみに、彼らは自分たちのことを"雫(ドロップ)"と呼んでいたことから、ドロピアンという人種名が付けられたそうです。」

「おまえ、ドロピアンだろ?」

「あたしが凶暴な獣で悪魔だ、って言ってんの?」

「センセー、一匹生きてるよ。ちゃんと絶滅させなきゃ、やばいよ。」

「知ってる?ドロピアンはね、知能が低いの。あんたこそドロピアンの生き残りなんじゃないの?軍に通報して抹殺してもらおうか」

「してみろよ。知ってるか?ドロピアンは死なないいんだ」

「2人とも静かに!

よく演劇や映画、漫画、ゲームなどに出てくるドロピアンは、作品によっては実際とは違う点もあります。ドロピアンは不死身ということはありません。そうじゃなければ私たちはドロピアン戦争に勝っていなかったでしょう?」

「だって。バーカ。バカとドロピアンは平和を乱すから、死んでくれる?」

「なあ、人間って旨い?」

「は?なんであたしに聞くの?」

「ドロピアンて人肉、食うんだろ?」

「センセー、こいつ、しつこくてウザいんですけど!」

「では、電子教科書の56ページを見てください。この絵のように、ドロピアンの肌は、茶色とくずんだ赤の独特な縞模様、まだら模様でした。これをドロピアンカラーといいます。よく見ると、その中に動物のような形を見つけられます。例えば図A-8は、蛇のように見えますね。その隣は蜘蛛・・でしょうか。

建国記念祭でこの模様が使われるようになったのは、ドロピアン戦争の勝利の物語の演劇で、役者がドロピアンの格好をしたのが始まりでした。ドロピアンカラーは勝利の記憶を想起させるものとして、ポスターやお守り、人形などあらゆるものに使われ、親しまれてきました。最近では、若者の間で悪魔としての意味合いが復活し、恐ろしげな悪魔ファッションとして流行していますね。やったことある人もいるのではないでしょうか。

建国後も私達は幾度も戦争の困難に打ち勝ち、国を守り領土を広げ、現在のような大国を築き上げてきました。私達にとってドロピアンカラーは、喜びを感じ、士気を高め、心を励ますものなのです。」

「先生、トイレ」

「先生はトイレじゃありません。

それから、ドロピアンの大きな特徴は肌の模様だけではありません。彼らは人として大事なものの一つを、持っていないんです。何だと思いますか?」

教師はもったいぶって間を置く。

「一体何でしょう?目?耳?違いますね」

「センセー、俺・・ちゃんと大事なもの持ってるよ・・生まれた時から股間に付いてまっ」

女子児童が前席の男子の頭頂を教科書の背で叩いた。コツリと良い音がした。「いっっって!!」クラスが笑った。女子児童がわざとらしく言う。

「先生、人間が持っていないといけない大事なものって、羞恥心と道徳心ではないですか?」

さらにクラスがどやっと笑う。

「惜しいですが違います」

「恋心」

「愛情でしょ」

「勇気」

「忠誠心」

「愛国心」

「信仰心」

「それもそうですが、答えは、恐怖心です。恐怖とは何でしょう?

みなさん、例えば敵国が攻めて来た時、銃を向けられた時、何を感じますか?危険だ、怖い、身を守らなきゃ、って思うでしょ。ある状況を脳が"怖い"と判断することで、危険から身を守るよう促すのです。それだけではありません。恐怖心は、社会の秩序を守ったり、道徳心を養うことにも、大切な役割をします。みなさん、例えば、学校や社会のルールを破るのは怖いですか?破れば、先生や親に叱られる、仲間外れや嫌がらせに合う、ひどい時は退学処分。軍に連行されると国外追放や死刑、実験体などのもっと厳しい処分もあります。でも、怖いからやりませんよね。みんなが好き勝手なことをしていたら、社会はめちゃくちゃになります。争いが生まれ、内戦へ発展することも。ルールを守って社会の秩序を保つことは、自分だけでなく、みんなの安全を守ることなのです。

私たちの先祖は、捕らえたドロピアンで様々な生体実験を行いました。その中で、彼らは、どんな状況でも、恐怖を感じることがありませんでした。これが、ドロピアンが野蛮な生き物であり、悪魔と呼ばれる理由、そして滅んだ理由の一つだと考えられています。

みなさんはドロピアンではありませんね。ルールをしっかり守りましょう」

「先生、恐怖心を感じられない人に言っても無理でしょう?まぁどうせ滅ぶからほっとけばいっか」

「おれはいつも怖いんだ。後ろで凶暴な野蛮人間に睨まれていて・・」

「皆さんは、6年生になったら軍学校へ進学しますね。世界で最も科学技術に優れ、また、神から与えられた命を尊ぶという崇高な国教を実践している我が国では、人が戦場に行くことも、危険な目に合うこともなく、犠牲者を出さないというプライドを保っています。兵器を遠隔操作または人工知能に任せて戦うため、コンピュータルームが戦場と言われますね。しかし過去には、兵器との通信手段を失うなど、コンピュータに頼れない緊急事態もありました。万が一の時には、私たちが戦闘機に乗って自分の手足で操縦し、危険な現場に飛び込まなければなりません。軍学校では、捕らえた敵国の兵と実際に戦う訓練も行います。私もやりましたが、遺伝子編集で強化された怪物は、とても怖かったです。私は教職課程を進みましたが、皆さんの中には、勇敢なパイロットになる人もいるでしょう。恐怖心は上手く使いこなすことも大切です。危険を冒しても国を守らなければならない時には、ドロピアンカラーを思い出し、私たちは必ずまた勝利できる、そう信じて前進しましょう。

さて、うちの学校では、毎年4年生が、ドロピアン戦争の演劇をやります。今年は皆さんが、勝利の記憶を語り継いでいく番ですね。

劇の脚本は、グループごとに作ってもらいます。

正確な歴史を詳しく調べ、真実を伝える、ま・じ・め・な、内容にしてください。不死身とか、良い加減な設定は入れないように!軍の方も、聖職者の方も、保護者の方も見に来るのですよ!」

「先生ー、こいつがドロピアン役やりたいって。」

「言ってないし!!ふざけんな!!」

「2人とも喧嘩はいい加減にしなさい。配役は脚本が決まってからです。まずは正しい歴史をちゃんと学んで・・・・・・から・・・・・」


ミシ・・・。

突然、嫌な音がして授業が中断した。

教室の全員が天井を見上げる。

天井の真ん中辺りに、小さくヒビが入っている。

そこから破片やホコリがハラハラと、子供たちの顔に降る。あんぐり開いた口や目に入って、顔をしかめる子供もいる。

ミシ・・・・バキッ・・・。

迫りくるような不吉な音。ヒビはどんどん大きくなる。

「やっ・・・なに・・・・?」

「崩れるぞ!」

ヒビの真下に座っていた子供たちは、恐怖に突き動かされとっさに教室の端の方に逃げる。一人、椅子に思い切りスネをぶつけ逃げ遅れている。動けなくなってしまった。

「早く!立て!!やばいぞ!!」

ゴンッッ・・ゴンッッ・・ゴンッッ・・

鈍い金属音が、校舎中に響き渡る。

教室の照明は壊れ、雷光のように点滅している。

痛みと恐怖に半泣きで丸まる児童を、顔面蒼白の教師が床を引きずって救出した、その瞬間・・・・

凄まじい衝撃と破壊音と共に、天井がぶち破られた。コンクリートと鉄骨の固まりが次々と机や椅子を破壊し、勉強道具や破片が床に跳ね返り、全員が頭を抱えて悲鳴を上げる。

振動と音はすぐに止んだ。

皆が様子をうかがいながら顔を上げる・・。


・・教室の真ん中に、少年がいる。

瓦礫の中、唯一無事に生き残った机に片手をついて、気楽そうに逆立ちをしている。

「ドロピアン役なら、本物のほうがいいんじゃないか?」

少年の楽しげな声が、静まり返る教室に響いた。全員唖然として固まって少年を見ている。

教師がふと我に返って口を開く。

「あなた、どこから来たの?

今ので、怪我はなかった?そこは危ないから、ゆっくり降りなさい。また崩れるかもしれないわ。」

「ぃよっと」

少年は身軽な動きで、床に降り立った。

上半身が裸・・・に、見える。

「軍学校の生徒?今日は平日よ。サボって小学校まで来たの?誰かのお兄さん?

あ!ちょっとみんな!危ないからまだ動かないで!」

子供達が、わーっと少年に寄っていく。

教師の忠告など誰も聞かず、突然現れた奇妙な少年に興味津々である。

「うわあ!すごいクオリティー高い仮装だね!そのドロピアン柄の全身タイツ、どこで買ったの?」

「タイツじゃなくて塗ったんじゃない?私も去年お姉ちゃんにやってもらったけど、こんな綺麗にできなかったよ!どうやってるの?何使ったの?」

「柄、めっちゃかっこいいね!こんなの見たことない!私にもやってー!」

「このピアス、骨で作ったの?ちょうだーい」

「服すげー!汚れとか破れとか変な匂いとかやばい。これ血痕?今年の仮装パーティーで俺もやろー」

「臭い匂いつけてパーティー来ないで!」

「なぁ、もしかして・・!映画の撮影?!」

「おおおおお!!!」

「すごーい!!」

「プロ用特殊メイクってやつ?!」

「どおりでイケメン!」

「たいしたことないな、プロの俳優も。俺の方がイケメンだ」

子供達は、体内に埋め込まれた端末のカメラ機能を起動し、少年を撮影しまくっている。チカチカと不規則に点滅する照明が、彼らの非日常な気分をより一層盛り上げている。

「ねぇ、動物の形はどっかにあるの?蜘蛛とか蛇とか」

少年は下半身の服を脱いだ。数人の女子が叫んで目を背ける。

左の裏太ももから臀部にかけて、赤い大蛇が勇ましくうねり、威嚇するように鋭い牙をむき出している。

「やば、かっけ」

「え・・そこまで塗ったの・・?ちん・・まで・・・」

女子が睨んで言葉を遮った。

「まさか・・遺伝子編集で肌の色変えたとか・・・!?」

「んなわけあるか!この国じゃ禁止されてるんだぞ!命を尊ぶなんちゃらかんちゃらだから・・先生、何だっけ?」

「じゃあ・・・あっちの国から来たスパイ?!」

「すごっ!かっけぇ!やべぇ!」

「バカじゃないの。うちのセキュリティーシステムは世界一だって習ったでしょ。怪物のスパイなんて入ってこれるわけないわ」

「あんた、6年生?もう戦闘訓練した?キメラ倒せた?」

少年はもう服を着ている。

「わぁ。お兄さん抱きつくとすごいあったかい!」

「あったかいっ・・熱っ!熱いよ!?」

「みんな静かに!はしゃがないで!まだ危険です!指示に従って・・」

先程の轟音を聞きつけた職員たちが、バタバタと集まってきた。

「一体何があった?!?!」

「わからないんです、突然、天井が崩れて・・」

「怪我人は?!」

「まだ確認していません。みんな、静かに。足元に気をつけてゆっくり廊下へ出て、2列に並んで。ほら、仮装した君も。」


先に廊下に出た女子児童3人は、肩を寄せ合いひそひそ声で話をしている。

「最近見た?裏ニュース」

「またあの怪しいサイト?うそ臭いの多いけど、面白いよね」

「最近多発してる爆破事故、爆発の直前にはドロピアンの子供が現れてるんだって」

「え?うそ、なにそれ。」

「ドロピアンの呪い?幽霊?」

「幽霊なんているわけないじゃん」

「うちのお父さんは、ドロピアンの仮装をした反乱者のいたずらだろうって言ってた。軍に反対する人たち、って・・ホントかわかんなけど・・」

「そうなんだ・・こわいね。うちの学校には絶対来ないでほしい・・・」

「だからさぁ・・・。アレ・・・」

「あ・・・・・・・・・」


再び悲鳴が上がった。

今度は窓ガラスが割れた。

教室の前方と後方、2箇所の窓を割って飛び込んできた2つの小さな何かは、瓦礫が散乱する教室に軽やかに着地した。

ドロピアンカラーの少年が3人、窓を背に並んだ。逆光に包まれ、異様な存在感を放つ。

「仮装じゃねーよ。バーカ。

オレらぁ、産まれた時からこの柄だ。

お前ら柄ナシ人間より・・」

「え?チゥ兄ちゃん、柄は母ちゃんの腹にいる時から、だろ?」

「・・あ?母ちゃんの腹ん中にいんのに、どうやって柄があんのがわかんだよ」

「じゃあ産まれた瞬間に柄が出るの?それとも産まれる途中で出るの?どうやって産まれるの?」

「・・お前は母ちゃんのうんこみたいに出てきてたな」

「え?じゃあオレ、うんこなの?」

「知るか!帰ってから母ちゃんに聞けよ!」

「・・知らなかった・・え、じゃあチゥ兄ちゃんとマロ兄ちゃんも、うんこなの?」

「うるせぇなパカ!ちょっと今、黙っとけ!

そこのお前らぁあ!!!!イイ感じにアホヅラしてんなぁ、柄ナシ人間ども!

柄ナシ玉ナシ脳ナシ、ナイナイナイのツルンぺろりんだな!

お前らは耳も目もナイのか?!ナイならケツの穴かっぽじってよーく聞け!

オレらぁ、スゲーえええええ強えぇぇぇぇぇぇええんだぞ!!!」

「強えぇぇぇぇぇぇええ!ってどんくらい?」

「ツルンぺろりんよりぃ・・10倍・・いや20倍・・・・・100倍だ!!」

「100倍強いぞ!100倍ってどんぐらい?」

「パンチも100倍!ジャンプも100倍!鼻の穴も100倍でかいし、メシも100倍食う!スゲーーだろ!!」

「なぁチゥ兄ちゃん、メシが100倍なら、うんこも100倍じゃないとおかしくないか?」

「・・うんこも100倍だ!!!スゲーーだろ!!!!ひれ伏せ!ここはオレらの国だ!!取り返してやる!!!恐れろ!弱虫ども!出ていけ!さもないと・・」

「さもないと・・?」

「お前ら全員ぶち殺してやる!」

「ぶち殺してやる!!」

「マロ兄ちゃんがな!!」

「マロ兄ちゃんがな!!マロ兄ちゃんのちんこは100倍でかいぞ!」

「おい、俺だけかよ。ドロピアンの誇りはどうした、おまえら」

誰かが警報機を鳴らした。その音にまた悲鳴が上がる。

小さな少年2人が、人間とは思えない速さで、割れた窓から逃げていく。

警報音と点滅する照明光が、薄暗い教室の混沌を嵐のごとくかき乱し、狂気の世界を浮き彫りにし始めた。

赤い大蛇の少年は、落ち着いた様子で、それでいて威嚇するように、辺りを見回している。その鋭い目には、野生と怒り、そして僅かな悲しみが宿っている。

瓦礫の上をゆっくりと歩きながら、声変わりしたばかりの喉を震わせる。

「正しい歴史?真実?

俺が教えてやるよ」

新米教師に近づき、突然、首を掴んだ。

周りから悲鳴が上がる。

「殺すな!!要求は何だ?!金か?!なんでも聞くから人質に手を出すな!」

「警備隊はまだか?!」

「要求は、そうだなぁ・・・よく見て欲しいねぇ。俺の姿を」

新米教師ににじり寄る。彼女の視界はドロピアンカラーで覆い尽くされた。恐怖と呼吸困難に震えている自分の姿が、彼の瞳に反射され迫ってくる。熱い息がかかる。熱気と酸欠で、意識が朦朧とする。殺される・・・・お願い・・・やめて・・

首を締める熱い手が緩み、深呼吸をさせた。

「ドロピアンはなぁ、絶滅しちゃいない。

お前たちと一緒だ。

吸ったり吐いたりして、息をしてる。

泣いたり笑ったりして、生きてる。」

警備ロボットの微かな駆動音が、遠くから近づくのを聞き分け、少年は手を離した。窓の縁に足をかける。

ふと思いついたように教室を振り返り、気楽な早口で喋り始める。

「ああそうだ、人肉はな、正直言って不味い。おすすめはしない。でも、他に食えるもんがなきゃあ、しょうがない。

お前たちが俺らを嗅ぎ回すから、食いもん調達に苦労してるよ。

それとな、恐怖は感じないんじゃない。恐怖を乗り超える方法を知っているだけだ。知りたい奴には教えてやろうか。」

授業中に喧嘩をしていた男子児童と女子児童に向かって言う。

「それとな、不死身ってのもほんとだぜ?」

野生の瞳をキラリと光らせ、意味深げに笑っている。

「俺らの魂は不滅だ」

そう言い残し、窓から跳び去った。


パニックの新米教師が、到着した警備隊に必死に叫んでいる。

「あれはドロピアンだわ!!!まだ生きてたのよ!!!!!!!!」

「落ち着いてください。ドロピアンの仮装をした子供のいたずらです」

「違うわ!!!!!窓から入って窓から出て行ったのよ?!ここは17階よ?!

私たちとは明らかに何かが違う、あの感じは・・!!」



「あ・・。またドロピアン目撃者集団の報告が、現場の警備隊から来ています。

今度は・・東区の小学校です。セントラルタワーからは10キロ以上離れており、中心部には影響はありません。」

モニターを見ていたオペレーターが、無機質に言った。

「しょうがっこうか・・・・そうだな。例外はないからな。小学校だとしても・・」

「もしかして、お知り合いやご家族が通っているのですか?」

「いや、そうじゃないが・・」

「どうされました?司令部から速やかな実行を求められています。私たちは、国内の平和と秩序を守るため忠誠を誓った極秘部隊です。指令に従うことに疑問を感じるのだとしたら、カウンセリングを受けた方がいいのでは?」

「ああ、そうだな・・少し、疲れているかもしれない」

「もしかして・・新入りの部下のせい?」

オペレーターは急に不安そうに言った。

「いやあ、君のせいじゃない。君は気も効くし優秀だよ。助かってる」

「じゃあ・・何か他に?・・隊長?」

「いや・・特には・・

そうだな、何のせいかといえば、

1000年も降伏しない奴らのせいだろう・・」



「はぁっ、はぁ、ここまで来れば大丈夫かな?」

「警備隊が来たんだから、大丈夫でしょ、はぁ、はぁ、逃げなくたって。守ってくれるよ」

小学校の周辺には、警備ロボットが多数、少年たちの行方を探して動き回っている。女子児童はその一体に話しかける。

「あのぉ、もう爆破とか、反乱者とか平気ですか?」

「犯人は捕まえましたか?教室に戻っても平気ですか?」



全速力で逃走する少年たちは、背中で大爆発を聞いた。振り返ると、派手に黒煙を出して校舎が炎上している。

ドロピアン兄弟は腹を抱えて笑い転げた。

「ぶっっははははは!!

なにが正しい歴史だよ!!笑えるぜ!!!!」

「ここにいる、っつーの!!!」

「オレらがひょっこり現れただけで、目撃者ごとドッッカーン!!!!!!」

「最高っ!!!」

「自分の仲間なのに。バカだなあいつら」

「イカれてる」

「たまんねーー!!!」

「またやろうぜ!今度はどこでやる?マロ兄ちゃん」

「あーー、っんだなー、この前、武器工場だったからぁ・・・その前は発電所だろ・・?次はぁ・・

建国記念日の当日に・・・」

「屋台で食い放題して、暴れんのどう??」

「祭をめちゃくちゃにしてやるぅっ!!」

「ドロピアンアイス食おうぜ!本物のドロピアンが食ってたら、最っ高だろ!!」

「なんかの肉が棒に刺さってて焼いてあるやつ、食ってみてぇ!」

「こっちの肉は全部、培養肉だ。」

「東の国のクローン肉と、どっちが旨いかなぁ?」

「食ってみりゃわかる!」

「なんか白っぽいので巻いてるあれ!なんだろな」

「雲みたいな変なやつ!」

「赤くて丸いなんか!」

「ジュージュー言ってるなんか!!」

「おっし!!全部食おうぜ!!」

「決まりだ!!」

「たんまり持って帰るぞ!チャコに変なもの食わしてやろっ」

「ばか、俺たちだけで外に出たのがバレたら、母ちゃんに殺されるだろ。持ち帰りはなしだ」

「あそっか」

「その場で食えるだけ食うぞ!!!」

「しゃーーーー!!!」

「誰が一番食えるか勝負だ!!」

「食いすぎて逃げ遅れるなよ」

盛り上がっている少年たち。唐突に、幼女の声がして驚く。

「みんな、なに くう の?」

「・・・・・チャコ!!!!」

彼女には、ドロピアンの柄がない。焦げ茶の肌は、無地である。

エメラルドの瞳で、きょとんとしている。

「おまえ、なんでここにっ・・!兄ちゃんたちに付いてきたのか?!」

「チャコも いっちょ あしょびたい」

「ばか、危ねぇから帰れ、っつったろ!!!」

「にぃちゃんたち なにちてるの?」

「やべー遊びしてんだよ!」

「俺たちが外に出たのは、父ちゃんと母ちゃんに内緒だぞ?」

「ふーん。」

のんきにぼりぼりとおしりをかくチャコ。

「おまえ、ひとりで付いてきたのか?途中、警備ロボットに見つからなかったか?」

「ロボット、チャコと あしょんでくれないの。おいかけっこ おいかけっこ。チャコも入れてー」

「チビだから相手にされなかっ・・」

「逃げろ!!!!!!」

長男アマロの怒鳴り声で、弟たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。

物陰に潜む警備ロボットから飛んできたのは、光線銃の連射ではなく、針だった。

「チゥ!パカ!発信機と盗聴器だ!死んでも当たるな!つけられたら終わりだ!」

アマロは、妹のチャコを小脇に抱え、針の雨を避けながらロボットの後ろ手に回り、拳で腹部の発電・蓄電装置を破壊した。ケミカルな液体が、血のように飛び散る。

「刺さったら脳みそに機械が入る!首ごと切らねーと取れなくなるぞ!!!」

チゥとパカは蝶のようにヒラヒラと追手をかわしながら、どんどん離れていく。

「このまま2手に分かれて逃げろ!!!

お土産連れ帰ってくんなよ?!?!いいな?!?!」

アマロは怒鳴ると、上着を巻きつけてチャコの体を自分の胸部に固定した。

抱っこしてもらったと喜ぶチャコ。

「おいかけっこ おいかけっこ にげろ にげろぅうっ」

「今日の晩飯は遅くなりそうだな・・・死ぬなよ、弟ども・・」



・・・・「過去の記憶」につづく

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