08話.[放課後まで放置]

「なあ」

「なっあ!? あ、な、なに?」

「なんかおかしくないか?」


 今朝からずっとこの感じだ。

 どうやってそんな声を出しているのかが気になってくる。

 原因が分かっているからまだ気楽ではあるが、今日の落ち着きの無さは半端なかった。


「ようようよーう! 俺だ、宇田川だ!」

「宇田川、凛をなんとかしてくれ」

「分かった、俺に任せろ」


 こっちはその間にまた寝られなかったっぽい亮を無理やり起こす。


「……なんだよ」

「まあまあ、そう敵視するな」

「で、なにしたんだ?」


 朝のことを説明しておく。

 俺はおおとか言ってくれるかと思っていたものの、亮は心底うわあという感じの表情を浮かべ「馬鹿だな」と罵倒してきてくれた。

 なんでだよ、あれだって亮に影響されて勇気を出した形なのによ。


「朝に適当に言うんじゃねえよ、はあ、なんでこんなやつを俺は……」

「あ、タイミングの問題だったのか? 確かに学校前に言うべきじゃなかったかもな」


 宇田川がいてくれてよかったな。

 そうでもなければまた喧嘩別れというか微妙な状態になって終わっていたから。

 あとはこうして間違っていると真っ直ぐに指摘してくれる友の存在が貴重か。


「亮がいてくれてよかったぜ」

「俺は洸がいなければよかったと思ってるけどな」

「素直じゃねえなあ」


 いなければよかったと思っている人間にそんなこと言うかよ。

 凛とのことだってどうでもいいと片付けることができるはずなんだ。

 それなのにそうじゃなかった、いままで通りの亮って感じの接し方だった。


「握手しようぜ」

「は? あ、ほら、よっ」

「いてててっ! お、思いきり握りすぎだっ」

「はははっ、1度お前をそうやって慌てさせたかったんだよ」


 Mなんかじゃねえ、とんだドS野郎だ。

 昔からさっさと告白しろさっさと告白しろってしつこく言ってきていたからな。

 つまりそれは振られてほしいと願っているのと同じこと、怖え人間だ。


「お、凛、凛も洸の手を思いきり――お? やけに敵対的だな」

「離してよ」

「分かった分かった」


 珍しいな、凛がこんなことをするなんて。

 とにかく俺は解放された手を擦る、痛かった……。


「で、どうして朝から慌てているんだ? 洸にセクハラでもされたのか?」

「洸はそんなことしないよ」

「冗談だよ、マジなトーンで返してくるな」

「逆に聞くけど、どうして手なんか握り合っていたの?」

「握手だよ」

「ふーん」


 巻き込まれたくないからこちらは宇田川に礼を言っておくことにした。

「いいってことよっ」と言いつついい笑みを浮かべている宇田川。


「学校には慣れたか?」

「おう、あんまり変わらないってことに気づいてな」

「よかったな、野球もできてさ」

「ああ、そうだな。でも、洸が気にしなければならないのは凛だろ」

「そうだな」


 と言いつつもそこには突撃せずに放課後まで放置。

 亮と宇田川のふたりが部活に行ってから放課後の教室で凛と向き合った。


「凛、残ってもらって悪いな」

「ううん、大丈夫だよ」

「それで朝の続きなんだけどさ」


 いつまでもこのままというのは嫌だった。

 それならどちらにしてもここで終わらせておきたい。

 色々な意味で終わる可能性もあるが、いつまでも臆してばかりなのはアホだから。


「俺、凛が好きなんだよ、ずっと前からさ」

「うん、あ、ずっと前っていつから?」

「あー、小学4年生のときからだな」

「えっ、それって出会ったときからってこと?」

「単純だよな、凛が優しくしてくれたからいいなって……」


 嫌なら断っておけばいいからと口にして意識を外した。

 とはいえ逃げることはしない、それじゃあ相手にとって負担でしかないからだ。

 いや、負担でしかないのは仮に逃げなくてもそうだけども。


「そうなんだ」

「おう」

「へえ、僕のことが好きなんだ?」

「亮が勇気を出したからさ、俺もって影響されてな」


 そうでもなければ来年になっていた。

 それどころか普通に甘えて告白もできずにどこかに行かれていたと思う。

 亮の気持ちは分かるわ、言わないってことができない。


「失格」

「そうか、それならしょうがないな、また明日な――」


 こっちに抱きつくというより突撃してきた凛を受け止める。

 こちらを見上げながら「他の子の名前を出さないでよっ」とぶつけてきた。

 正直に言おう、俺はこれを見て、


「なんだこの茶番は」


 こうとしか言えなかった。


「全部洸が悪いっ」

「そうだな、亮にも言われたよ」

「もうっ、だからっ、あ……」

「気にするなよ、俺は振ったって言っただろ」


 こちらから思いきり抱きしめておいた。

 こんなこと凛ぐらいにしかしねえよ、誰かにさせることはあってもな。


「帰ろうぜ、今日は買い物に行かなければならないから」

「手を繋ぎたい」

「え、……まあいいぞ」


 大丈夫、なんにも恥ずかしいことはないし、おかしなこともない。

 今更気にしたところで遅い、好きなら堂々としていればいいんだ。


「ほらよ」

「うん、帰ろ」

「その前にスーパーだけどな」


 通行人とすれ違う度に冷や汗が出てきたがなんとか乗り越えた。

 凛はなにがそんなに嬉しいのかというぐらい常に楽しそうだった。

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