07話.[お前のせいだぞ]

「寒いよな」

「そうだな」


 もう暗くなってしまっている。

 そのせいで余計に自分を冷やしてくれた。


「20時半まで待たされれば誰だってこうなるよな」

「はは、来いよって言ったのは洸だろ?」

「だからって部活が終わる時間まで待たせるなよ」


 律儀に待ってやる俺は優しすぎる。

 あと、平気で人を脅すのはよくないと思う。

 そんなのじゃ俺ぐらいしか近くには残ってはくれないだろうから。


「つか水くせえよな」

「は?」

「いや、凛に告白されたのなら告白されたって言ってくれればいいのにさ」

「はあ?」


 こういうところも隠している者同士で似ているな。

 あくまで「こいつなに言ってんだ?」という反応を心がけている。

 別にいいだろ、だからって恨んだりはしないさ。


「凛に告白なんかされてないぞ」

「は? じゃあ、昨日眠たかった理由はなんなんだよ?」

「それは寝られなかったからだよ、それぐらいしかないだろ」


 まあ、寝られなかったら翌日に眠たくなることなんて俺でも分かる、いや寧ろ俺の方が分かるぐらいだ。

 早く起きてしまったりすると影響が出るのも分かっているから、あくまで自然な感じではあるんだが……。


「鈍感な野郎だな、そりゃ凛だって苦労するわ」

「今回の件に関しては察しがいいだろ」

「全く良くないわ」


 よくないのは俺の気持ちを亮に吐露してしまったことだ。

 弱みを握られているのと同じだから従うしかなくなる。

 そんなことを繰り返している内に友達と呼べる関係ではなくなり、それ以下になる。

 そりゃ、自分がそうして相手を服従させているんだから、自分から弱みなんか吐きたくはないわなと納得できた。


「洸」

「分かった、勝手なことはもう言わね――」

「好きだ」


 いや冗……談じゃないよな、こんなこと適当に言う人間じゃないし。

 つか、空気を読んだのか雪が降ってき始めたという……。


「あ……でも、俺はほら」

「分かってる、凛が好きなんだろ?」

「まあ、どちらかと言えば、な」


 まさか俺みたいな人間がこんな身近にいたなんて。

 同性を好きになるのなんて本来であればない方がいいんだ。

 だって全くと言っていいほど叶うことではないから。

 大抵は告げたら終わるとか考えて足を止めている間に終わるものだからだ。


「俺はてっきり、凛かと思ったけどな。ほら、やたらと凛を遠ざけていただろ? 単純に俺と仲良くしてほしくないのかと思った」

「事実、仲良くしてほしくなかったからな」

「でも、それは凛が、じゃないんだよな」

「そうだな」


 固まっていたら亮がこの前のようにこっちの腕を小突いてから「それじゃあな」と言って歩いていってしまった。

 でも、ここでごちゃごちゃ言ってもしょうがない。

 これこそ相手のことを考えて言っているつもりが全くの逆効果になっていた、ということになりかねないから――というわけでもなく、なにも言えなかったんだ。

 自分がこんなんだから不快とかそういうことはまっったくないが、自分に好意を向けられるということに慣れていない自分にとっては衝撃というか。

 いやだって散々適当な人間だと言ってくれたのは亮だ、それなのにその適当な人間を好む亮はなんなのかって気になり始めてしまう。


「帰るか」


 雪が降っている中、こんなところで突っ立っていたら凍え死んでしまう。


「ただいま」

「おかえりー」


 よく好きだなんて言えたな。

 俺なんかそのときのことを考えるだけで布団の中にこもりたくなるぐらい疲弊するが。


「丁度ご飯ができたんだっ、食べようよ!」

「凛、その前にいいか?」

「え? あ、うん、どうぞ」


 他の誰にも言わないでくれと念押ししてから先程のことを言わせてもらった。

 そこからはあくまで普通に夜ご飯を食べ――ていたのは俺だけだったが食べて、溜めてくれていた風呂に先に入らせてもらった。


「あったけ~」


 20時半近くまで立って待っているって寒くて本当に辛いんだ。

 亮は運動をすることで体が温まっているだろうが、こっちは違うんだから。

 教室で待っていても寒さは大して変わらない。


「洸、開けていい?」

「おう、いいぞ~」


 なんて許可した俺が馬鹿だった。

 上半身が寒い、せめて後にしてもらうべきだったなと後悔。


「出るわ、服を着てからでもいいか?」

「うん、それでいいよ」


 風呂の難点は出るときに滅茶苦茶寒いことだ。

 温かい状態のままなんとかできるようなシステムを開発してくれないだろうかと、これまでずっと変わっていなかったものに対して考えてみたり。


「リビングに行こうぜ、暖房も効いているし丁度いい」

「うん」


 もう学校も普通にエアコンを使用してほしい。

 電気代とかそういうのが比べ物にならないぐらいかかるだろうから難しいのかもしれないが、教室がひえひえだと授業に集中できないときもあるからな。

 甘いと言われればそれまでだが、どうせなら快適な空間である方がいいわけで。


「いいぞ」

「えと……それで、どう答えたの?」

「悪いって断ったよ」

「そうなんだ」


 凛がいなかったらどうなっていたのかは分からないが。

 凛がいなかった場合は同性を好きになるような人間ではなかった可能性もある。

 だが、元々そういう人間だという可能性もあるわけだし、いや考えても仕方がないことだけどまあこういうことを繰り返すのも人間、俺らしいなと。


「俺はてっきり、凛が亮に告白したもんだと考えていたけどな」

「えっ!? してないよ……」

「はは、さっきのことでそれは分かったよ」


 亮が凛を好きだと言ったら俺は諦めたけどな。

 つか、明らかにその方がよかった、振る側はきちいわ。

 そう考えると益々自分勝手な告白なんかできなくなる。


「ちゃんと食べたんだな」

「うん、食べたよ」

「じゃあ、風呂に入ってこいよ」

「うん、あ、今日は……いい?」

「別に俺は拒んでないだろ、部屋にいるからな」


 ベッドに寝転んで適当にうーんうーんと唸っていたらメッセージが送られてきた。

 

「気にすんなよって、絶対に自分が1番気にしてるだろこれ」


 寧ろ好きだと伝えて、振られ、なにも気にしない人間だったらうーんとなる。

 前に進むためにだとしたら構わないが、それに巻き込まれるこっちはちょっとな。

 だから亮はそうではないことを願いたい。


「おい」

「なんだよ、これから飯なのに電話をかけてくるなよ」

「遅えな、先に帰ったのになんでこの時間なんだよ」


 もう22時を越えているのに怪しすぎる。

 流石にノーダメージというのは不可能だったということだろう。


「まあ……色々あるんだよ、すぐに家に帰ったわけじゃないしな」

「じゃあこんなメッセージ送ってくるなよ」


 そりゃ普通なんかじゃいられねえよな。

 相手は一切悩むことなく即答だったわけだし。


「……お前のせいだぞ」

「まあそう言ってくれるなよ、なんか今度してやるからさ」


 俺にできることはたかが知れているが、振られてそのままってだけよりはいいだろ。

 逆に抉るだけかもしれないが相手からじゃあ◯◯に付き合えと言ってきた場合にはその限りじゃないしな。


「じゃあまた泊まってくれよ、明日は部活が休みだからさ」

「凛も――とはいかないよな、分かった、20時半まで待たなくていいだけ最高だ」


 また怒られるんだろうなあ。

 それでも、今回ばかりは亮を優先してやろうと決めた。

 数少ない貴重な友達だから大切にしておかなければならないし。


「おう、それじゃあ腹が減ったからまたな」

「おうよ、またな」


 なんかこれだと俺が二股をかけていたみたいじゃねえかよ。

 実際は違くて、あくまで普通にふたりと接していただけだから誤解してほしくない。

 思わせぶりなことだってしてない。

 そもそも、同性のために動いたって好きになってしまう人間は稀有だからな。

 他からすればカオスだろうなと内で苦笑。


「電話終わった?」

「おう」

「……入る」

「おう」


 自分がいざそうなってみると好きにならない方がいいとしか言えないが。


「なんで断ったの?」

「なんでって、あくまで亮は友達だからな」

「じゃあ……僕は?」

「凛は……妹って感じだ」

「なにそれっ」


 家事スキルも高いし間違ってはいないと思う。

 あと、髪とかやたらと気にしているところとか。

 いまだって触れてみると分かる、なんかさらさらしているというか。


「実は女子だったとか?」

「違うよっ」

「知ってるよ、冗談だ」


 俺は勝手に無理だと想像して普通を心がけているが、まあこの時点であれだよなと。

 いや普通こんな歳で一緒に寝ねえから、そういう感情がなかったら寧ろ怖えよという話。

 でも最悪の場合を想像すると、どうしても前に進もうとできないんだ。

 だから俺は今日もこんな距離感のくせに勇気を出すことができなかった。




「帰らなくていいのか?」

「ああ、凛には言ってあるし、着替えも持ってきているからな」

「そうか、なら家に行こう」


 24時間も経過していないのに一緒にいようとするなんてMだ。

 まあ俺は船山亮という人間を理解していなかったのかもしれない。


「なるほど、そういうことか」

「……当たり前だろ、言って振られてそれだけで終わりってできるわけないだろうが」

「完全に絵面がやべえよなこれ」

「……黙ってろっ」


 こんなことをしても虚しくなるだけだろ。

 そういう割り切れない気持ちというのは理解してやるが、だからってなあ。


「つかさ、俺が凛を好きなことは分かっていただろ? なんで俺を好きになるんだよ」

「くそこいつっ」

「あと脅すのやめろよな、脅さなくたって付き合ってやるからよ」


 あんまりよくないイメージを刻みつけることになるから。

 本当の意味で友達ではいてくれなくなってしまう。

 亮の場合はエスカレートしなかったから俺も抵抗をすることなく従っていたが。


「……どうせ凛を優先するだろ、凛じゃなくても今度は勝幸を優先するだろうが」

「そりゃ一緒にいるときは凛ばかり優先というわけにもいかないからな、つか、最近は亮のために結構時間を使っていると思うけどな」


 男と寝る(意味深)ことぐらい慣れたもんだ。

 俺はイカれているからな、イカれている人間だからこそこんなもんだ。


「本当に俺が好きなんだな」

「殺してえっ」

「待て待て、愛が熱烈すぎるぞ」


 他がどう感じようとどうでもいいしな。

 亮を否定するということは自分を否定することと同じだし、好きにやらせておいた。


「……なあ、さっさと告白しろよ、凛なら大丈夫だろ」

「まあ、亮にだけ勇気を出させるというのもアレだしな」

「振られることは絶対にないが、仮に振られても俺がいてやるよ」

「はは、それは心強いな」

「でもさ」


 これまで背を向けていたからたまにはと亮の方を向いてみた。

 俺より身長が高いくせになんか弱々しく感じるのは……これもまた俺のせいなんだろうなあと内で呟く。


「……仮に凛と付き合っても相手をしてくれよ?」

「いままでと変わらねえよ、なにをそんな不安がってんだ」

「好きな人に好きな人がいる奴じゃねえとこの気持ちは分からねえよ……」


 まあ、それなのに凛のこととかをよく相談したからな。

 亮からすれば俺がしていたことは酷なことだった、ということなんだろう。

 どうあっても自分の方を向いてくれないってそりゃきついわ。

 しかもその相手は勇気を出せず本命と全く進展しないんだからな。


「つか、ほいほい来るんじゃねえよ」

「どうすればいいんだよ」

「……俺がしたくなったらどうするんだよ」


 凄え発言だな、そういうのはもっと魅力的な男子とか女子に言えよこいつ。


「したくなったらって、そりゃ抱きしめるとかそういうことだろ?」

「……くそ」

「口が悪い。うーん、満足できるなら抱きしめるぐらいはさせてやるよ。全く知らなかったからだけど、俺が普通に接している間にも亮を傷つけたかもしれないからな」


 自覚したのがいつなのかは分からないが、俺がそうやって吐く前になんとかならなかったのかと聞きたくなる。

 ただ、この場合だと間違いなく後から自覚しただろうからしょうがないところもあるのかもしれない。

 コントロールできるわけじゃないからな、仮にコントロールできるなら俺は凛を好きにはならないようにするし、それができないからこそ人生と言えるわけだし。


「……したら凛に言うのか?」

「まあそりゃ言うな」

「それでもいいからって言ったら?」

「だから、それぐらいならやらせてやるよ」


 抱きしめる程度なら感極まった際にしたりするからな。

 いまはなにもないものの、それぐらいだったら精々グレーってところだから。


「好きなら言えばよかったのに」

「……気持ちを知っているのに告白なんかできねえだろ」

「じゃあ今回のこれは?」

「お前があまりにも馬鹿! だったから……」

「はは、酷いな、亮はやっぱり俺のことが嫌いだろ、これまでもずっとそういうことを言ってくれていたのは亮だけだしな」


 布団が暖かいのもあって眠気がやってきた。

 やっぱり俺はこっちを優先するタイプだから背を向けて寝始める。

 亮も先程と違ってなにもしてくることはなかった。




「おい亮起きろ、早くしないと朝練に遅れるぞー」


 これでもう4度目の声掛けだ。

 だが、全く起きてはくれないで静かな寝息を立てているだけ。

 頬をぱあんっと叩いてもいいんだが、流石に友にするのはと躊躇してしまい前に進めず。

 もう7時になってしまう、いつもならとっくに出ている時間なのに。


「起きたらまたカラオケに付き合ってやるんだけどなー」

「別にそういうつもりで起きるわけじゃないが、朝練に遅れても嫌だから起きるか」

「あっ、寝たふりしてんじゃねえよ!」


 こっちの方がヒヤヒヤしていたんだぞ。

 このまま起きなかったら遅れてしまう、そうなったら起こせなかった自分にも責任が出てきてしまうという風に考えて。

 まったく、昨日から本当に質の悪い存在だよ。

 ちなみに当の本人は「はははっ、準備するわ」と呑気な感じだった。


「おう、俺は1回家に帰るからな」

「分かった、また学校でな」


 今日はあっさりと解放されて俺は家に帰る。

 ところが残念、この後また外に出て学校に行かなければならないんだよなと。

 あと、凛が明らかに不機嫌な様子なのが怖いところだと。


「凛、もしかして誘わなかったからか?」

「……洸は嘘つきだから」

「今回のこれは許してくれ、亮のためだったんだよ」

「……どうせ一緒に寝たんでしょ」

「まあ、それもあいつのためだったんだ」


 そうでもなければひとりで泊まったりなんかしない。

 次はもうない、次が仮にあってもそのときは絶対に凛を連れて行くつもりだ。

  

「前も言ったけどっ、洸は僕のだからっ」

「じゃあ付き合ってくれるのか?」

「えっ、あっ、そ、そういう風に……捉えちゃうの?」

「別に凛のものになってもいいぞ」


 誰だってほいほい住ませるわけじゃない。

 それ相応の覚悟があったなんて大袈裟なことを言うつもりもないが、それでも相手が凛だったからこそ許可したわけなんだから分かりそうなもんだけどな。


「いまは朝ご飯を食べてっ」

「おう、食べさせてもらうわ」


 最近はあまりやっていなかったから食べ終えたら家事も手伝わせてもらった。

 おかしい、俺の家なのに手伝わせてもらうっておかしい。

 だから今日の放課後からは速攻で帰宅してご飯とか作ったろって決めた。

 凛は文句を言ってくるだろう、それでも、寄っかかったままじゃ駄目なんだ。

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