06話.[そんなのは自由]

「食べたいものってある?」

「あるぞ、それは肉だっ」

「お、いいね、たまに豪快にいきたくなるときがあるよね」


 なんとなく隣を歩く凛を見てみたのだが、どう見ても肉を豪快に食べるような人間には見えなかった。

 線が細い、華奢、意味が合っているのかは分からないが、大食というわけでもないしな。


「なに?」

「いや、買って帰ろう」

「うん」


 買い物に行く頻度を抑えたいのもあって結構な量を買っていくことにした。

 賞味期限のことを考えれば例え冬だろうとその都度買うのが1番とは分かっている。

 けど、実際はそこまで律儀に気にするタイプではないため、こういう形を好むわけだ。

 なんか処理をして冷凍保存をするなんてことを凛がしてくれているから前よりは気にしなくて済むようになったかもしれない。

 仮に切れていても大丈夫理論で使用するんだけどな。


「本当はさ、昨日、行ってほしくなかった」


 どこかから持ってきたエコバッグに詰め込みながら凛がそんなことを言ってきた。

 あれか、不安定なことが続いていたから気をつけようと考えていたのかもしれない。

 とめたい、とめたいけど相手を縛りたくない、みたいな感じで。


「よしっ、帰ろうっ」

「そうだな」


 いまだからはっきり言える、俺ももう他人の家には泊まりたくない。

 別に家族と遭遇して気まずい思いを~なんてことはなかったものの、亮みたいな不安定な人間が相手だと疲れるからだ。

 それにやっぱりベッドの方が好きだ。

 更に言えば、布団が足りなかったりしてもわがままを言うわけにもいかないから我慢することしかできないのが嫌だった。

 その点、自宅なら下から引っ張り出してくれば滅茶苦茶暖かいしな。

 あれを知っている以上、中々それ以下には耐えられなくなってしまうものだ。


「19時頃でもいいよね?」

「あんまり急いでも腹が空くからな」

「うん、じゃあそれまでは洗濯物を畳んだりしているね」


 俺は……どうするか。

 掃き掃除なんかも俺がする前に凛がしてしまっているから綺麗なまま。

 洗い物も、風呂掃除も、そういうことはもう終わっているから……。


「はは、ゆっくりしていてくれればいいよ」

「悪いな」

「いいんだって、ほら、ソファも空いているから」


 別に誰かが家にいても嫌だとかそういうのはない。

 それどころか、いまの状態の凛であればいてほしいと思うぐらいで。

 家族でもないのに、しかも途中から出会ったのにすごいなと。


「さっきからどうしたの?」

「凛と会えて良かった」

「はは、急にどうしたの?」

「というわけで、これからも頼むわ」

「え、うん、任せて?」


 ところで、宇田川はどうだろうか。

 また腹痛に悩まされていないだろうか。

 朝のあれが余計なものにならなければいいが。


「洸ってそういうところがあるよね」

「そういうところ?」

「なんか人が困っているとこうぽそっと相手のことを考えて吐けちゃうというか」


 俺としては毎回、適当人間がなにを偉そうにって言った後に後悔するが。

 好きならいい、なんて単純なら宇田川だって悩まずに入部を選んでいただろう。

 出来上がった人間関係の中に入るのって微妙だしな、どうしても足が止まる。

 だから、そういう相手に言ったこととしては最低の部類に入ると思う。

 相手を考えて言っているはずなのに、全く相手のためになっていないどころか、相手を嫌な気分にさせる可能性もあるかもしれないって怖えよなと。


「お、おいおい、そんなに熱っぽい目で見られても困るぞ」

「え? 見てないよ?」

「はは、そうだな」


 やはり自宅で過ごすのが1番だ。

 昨日のあれを気にしていたのか亮は今日、話しかけてこなかったしな。

 まあ、後悔しただろうし誘ってくることはないだろう。

 あくまでカラオケに付き合う程度に留めておくのが1番なのだ。




「洸、俺は野球部に入ることにしたぞ」

「そうか、頑張れよ」

「おう、この前はありがとな」

「礼なんかいいって」


 さり気なく名前呼びになっているのは何故だろうか。

 まあ、別に困るようなことはないから問題もないけども。

 宇田川は早速今日から参加するらしく少し慌ただしく教室を出ていった。


「あ、亮」

「……なんだ?」

「宇田川のこと頼むぞ」

「ああ、まあとりあえずは別メニューだけどな」


 やべえ、俺は優しすぎる。

 なにも全て相手にとって逆効果になるというわけじゃないからな。

 少しでもこの前のあれが影響していてくれればいいんだが。


「凛、帰ろうぜ」

「あ、ごめん、人に呼ばれてて」

「そうか、なら先に帰っているぞ」

「うん、気をつけてね」

「凛もな」


 ひとりで帰路に就くのなんて久しぶりで少し寂しかった。

 幸いなのはまだ明るいということだろう。

 これで暗闇がプラスになっていたら気分がどんよりとするから助かったね。


「ちょっと寄り道をしていくか」


 あまり行くことのない道を利用して帰ることに。

 寄り道というか遠回りというか、とにかく時間つぶしがしたかった。

 凛を呼んだのはどんな人間なのだろうか。

 なんかチャラい人間とかじゃなければいいけどな。

 18時頃に帰宅。

 まだ凛がいないみたいだったから夜ご飯を作っておいた。

 帰ってくる気配がないから入浴も済まし、リビングで待っていたわけだが。


「もう20時なのに帰ってこないぞ」


 亮や宇田川の部活もそろそろ終わるぐらいだぞ。

 でも、


「た、ただいまっ」


 まだこの時間に帰ってきてくれたから文句は言わずにおかえりとだけ口にしておいた。

 冷めてしまったものを全て温めてふたりで食べる。


「お、美味しいよっ」

「おう」


 なんでこんなに慌てているのか。

 まあそれでも自由だからな、襲われたとかならとめようと動くしかないが。


「お、お風呂に入ってくるねっ、洗い物は任せてもいいかなっ?」

「おう、終わったら俺は部屋に戻るから」

「うんっ、あ、今日からは下で寝るから」

「そうか、分かった」


 適当に終わらせて2階へ。

 そこで課題のことを思い出してやっておく。

 前回と違って分かるところだから助かった、大体20分ぐらいで終わらせることに成功。


「こ、洸、入るよ?」

「おう」


 てっきりそのまま寝るかと思えばそうではなかったらしい。


「あ、あのさっ」

「なんだ? 家に住むのやめたいとかか?」

「えっ? ち、違う違うっ、ちょっと聞きたいことがあってさ」


 とりあえず床に座らせる。

 全体的に落ち着きない感じだから間を作るのもいいだろうと考えてのことだ。


「……洸さ、最近、誰かとこそこそ会ってない?」

「俺がかっ? いや、会ってないけど」


 凛、亮、宇田川、その3人以外と話すことすらない。

 多分、3年生になってもこのままだと思う。

 受験とか就職活動が始まったら尚更、これまで関わっていなかった人間と話す必要なんかないわけなんだから。


「え……じゃあ……」

「誰に言われたんだ?」

「名字も名前も知らない人から」


 今日呼ばれた件か。

 そんな訳の分からない人間のところにも行ってほしくないがな。


「神に誓って会っていないぞ。仮に遊ぶとしても亮か宇田川とだし、その際はちゃんと凛には言っているだろ」

「そうなんだっ? あー、ほっとしたっ」

「それで下で寝るって言ったのか?」


 それは構わないが、風呂に先に入りたいとかあんまり言う人間じゃないからおかしいと思ったんだ。

 汗を多量にかくような季節でもないから急ぐ必要なんかないしな。

 あれではなにかがありましたよ~と言っているのと同じこと、俺みたいな馬鹿でも分かる。


「う、ううんっ、それは別件……」

「怪しいな、ここで吐かせておくか」

「ち、近いよっ」


 部屋の扉の前に立って通せんぼ。

 もっとも、20分ぐらい経ったら流石にベッドに戻ったが。


「まあ、自由にしろよ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 ま、どう考えても好きな人間ができたとかそういうのだよなと。

 考えても仕方がないから寝ることに専念しておいた。




「洸、起きて」


 まったく、走ることをやめたらすぐにこれだと内でため息をついた。

 もう全く起きない、7時半ぐらいまで起きてはくれない。


「洸!」

「……ぶっ、も、もう少し優しく起こしてくれよ」

「もう6時半だから起きてっ」


 ただ、少なくともいまだけはあまり説得力がないなと。

 昨日は連絡もせずに帰りが遅くなってしまった。

 とてもじゃないけど、やたらと人懐っこい猫と戯れていたからなんて言えない。

 あと、寝るところを急に変えたのは――ま、まあ、いまはとにかく学校へ行くための準備をする方が優先されることだからやめておこう。


「あぁ……おはよ」

「おはよっ」

「……昨日と違っていつも通りの凛だな、その方がいいな」

「うん、ちょっとひとりになることで落ち着けたから」


 ……全ては宇田川くんが余計なことを言うから悪いんだ。

 いや、全部吐いた僕にも原因はあるけど、だからって……告白すればいいなんてさ。

 そんなことをぶつけたらいまのこの関係が壊れてしまう。

 それならこのままの方がマシだ――と考える自分もいるのに、その先を求めようとする欲深い自分が大きく存在しているんだよなあと。


「ほい」

「え、なにっ?」

「いや、じっと見ていたから頭を撫でてほしいのかなって」


 いやでも普通、求めたからって頭を撫でたりするかな?

 あ、いや、今回は求めていないけど、前なんて気持ちが悪いと言われても仕方がないぐらいの距離感でいたのに洸はなにも言ってこなかった。

 痛い発言をしても「凄え大胆な発言だ」と言うだけで終わらせてしまったし、ありえないと思うけど。


「ね、抱きしめてもいい?」

「この前無許可でしてくれただろ? 別にしたけりゃいいんじゃねえか?」

「いや、それより早く起きてっ、制服に着替えなさいっ」

「あいよ」


 朝食作りのために下へ先に移動した自分。


「まじか~」


 この前無許可でしたからって許可はおかしいでしょうよ。

 洸が下りてきたらやめたけど、なんか暴れたい気持ちがすごかった。


「あれ、今日はなんか味付けが濃いな」

「あ……ごめん」

「いや、薄いよりはいいわ、普通に美味しいし」


 ひとり浮かれている場合じゃない。

 こっちは気恥ずかしいから廊下の掃除でもしておくことに。

 早起きしていることもあってそこまで焦らなくて済むのは大きい。


「そうだ、洗濯物を干さなきゃ」


 で、このとき限定で困ることもあるわけで。


「うっ」


 なんか目のやり場に困るんだよね、洸の下着を見ると。

 なんかいけないことをしている感じ。


「お、終わった」


 僕達ふたりの量だと毎日は必要ないのかもしれないけど、それでも濡れたタオルなどを放置しておくわけにはいかないから毎日洗濯機にはお世話になっている。

 僕の家にあるやつと違って結構最新の物だから静かでいい。


「洗い物でも――あれ、しちゃっているんだ」

「自分で食べた分ぐらいはな」

「じゃ、僕は食べようかな」


 自分で作ったやつだから新鮮味もないけど。

 でも、困ることなく食事も入浴も睡眠も、全部ちゃんとできるというのは幸せだ。

 あとはそう、そこに亮とか宇田川くんとか、洸がいてくれればもっといい。


「凛」

「ん?」

「好きな人間ができたんだろ?」

「ぶふう!?」


 なんでこんなほのぼの平和な雰囲気からそのような話になるのか。

 手で抑えたからよかったものの、そうでもなければ机の上に口の中に含んだ物が散乱していたぞもう……。


「言わなくていいからさ、帰りたくなったら帰っていいからな」

「ふぅ、そんなのじゃないからっ」

「そうなのか? 別に恥ずかしがる必要はないと思うけどな」

「今回のはそういうことじゃないから」

「そうか、なるほどな」


 思いっきりそういうことだけどねっ。

 だって今更だけど恥ずかしくなったんだっ。

 これまでの不安定さとかだってそこからきているわけで……。

 というか、そうでもなければ例え洸が適当でも住んだりしないし……。

 けどぶつけたらお終いだから、とにかく抱え込むしかないのだ。


「あ、そっか、宇田川くんも朝練なんだっけ」


 8時頃に学校に着いて、教室に入ったらその事実に気づく。

 いつもはかなり早い時間からここにいるのでなんか少し寂しいかもしれない。

 それでも、大好きな野球をしたいという気持ちはいいことだからなにも言わないけど。


「……なんで僕は持ち上げられているの?」

「いや、走る必要があるか確認してみただけだ」


 無理やり付き合わせていたときは洸がかなり眠そうにしていたからやめたのだ。

 まだお腹のお肉が気になるところだけど、洸と亮が大丈夫って言ってくれたから不安にならず信じることにしている。


「大丈夫だ」

「あ、ありがとう、だけど下ろしてくれると助かるんだけど」

「いや、このまま持ち上げておくわ」


 そんな物じゃないんだから。

 あと、単純に触れられていることが恥ずかしい。

 洸は意地悪だ、こっちの気なんか知らないでこんなことをして。

 一緒に寝ることを許可したりしてさ。


「お、よう」

「棚橋、部活をやるって大変だな」

「そりゃそうだろうな」


 宇田川くんが戻ってきた。

 ということはすぐに亮だって戻ってくる……はずなんだけど、来ない。


「宇田川くんは前の高校でも野球部に入っていたんでしょ?」

「それでも全く違うんだよな、でも、楽しいからいいんだけどさ」


 そういえばと思い出す。

 昨日は亮が洸と全く話してなかった。

 つまりそれは、泊まった日になにかがあったと言っているようなもの。


「亮、なんで挨拶もしねえんだよ」

「あー、疲れててな」

「それはお疲れさん、でも挨拶ぐらいしろよ」


 洸が近くにいるときは変わってしまう。

 洸は気づいているのか気づいていないのか、どっちなのかが分からない。


「悪い、それで洸はなんで凛を持ち上げているんだ?」

「筋トレだ」

「はは、やめてやれよ」


 おお、珍しく通常状態の亮って感じの反応だった。


「やっと笑ったな」

「そりゃ笑うさ、俺だって人間だからな」




 とりあえず凛を下ろし、この前の亮みたいに亮の腕を突いてみた。


「話しかけてこいよ」

「昨日は眠たかったんだよ、別に避けていたとかそういうことじゃない」

「本当か? もし嘘をついていると分かったらその髪、バリカンで剃るからな」

「嘘じゃねえよ、でもちょっと休むわ」


 俺も自分の席に座って休むことに。

 さて、さっき凛はああ言ったわけだが、どうなのだろうか。

 思い当たるところがなければあんな反応はしないと思うが。

 別にいいのにな、好きな人間ができたのならそちらを優先するべきだ。

 怪しいのは亮や宇田川、そして昨日の名字も名前も知らない人物か。

 いや宇田川もその人も違う、なるほど、そういうことだったのかと納得。


「洸、なにニヤニヤしているの?」

「なんだよ、素直に言えばいいのによ」

「なにが?」


 まあ、あれだけ必死に隠そうとした凛のことだ、すぐに言うとは思えない。

 だからこうして揺さぶってやるのだ、揶揄しているわけではないからいいだろうし。


「つまり凛は亮が好きってことなんだろ?」

「え?」

「ふっ、まあ、中々言いづらいよな」


 亮が眠たかった理由はつまりそういうことだ。

 告白をされて、考えに考えていたら朝だった、みたいな感じ。

 あいつは朝練もあるし、放課後は20時まで部活もあるし、そりゃ寝られなかったら眠たくなるのは普通で。

 なんだよ、水くせえ奴らだな、言ってくれればいいものを。

 あ、でもあれか、亮は俺の凛への気持ちを知っているわけだから難しいか、責められることではないな。

 結局、固まったままの凛がなにかを言うよりも先に先生が入ってきて中断となった。

 だが、SHRが終わったからといって再開とはならず、そこから先の休み時間でさえ凛も亮も宇田川も来なくてなんか微妙だった。

 地雷を踏み抜いてしまったような感じ、教室で言うなと怒っているのだろうか。


「でも、隠す必要ねえよな」


 俺だけ知らないままっていうのも嫌だししょうがない。

 このときになってやっと、この前の亮の気持ちがよく分かった気がした。

 今回のは俺が勝手に想像し言い当てたことでなんとかなったが、あくまで亮が普通の態度のままだったら気づかなかったわけだから虚しくなるな。

 そういう大事なことを吐けないような関係だったということなんだから。

 凛の両親は俺を信用してくれているが、凛や亮は信用してくれてなかったってことかよ。


「まあいいや、そんなのは自由だからな」


 ひとり寂しくぶつぶつと呟きながら凛が作ってくれた弁当を食べていた。

 そういうことになれば家に住むのも残り少ないだろうし、味わっておかないとな。


「た、棚橋ぃ……」

「どうしたよ」

「べ、弁当も金も忘れた……」

「じゃあこれやるよ、箸は……あ、ちょっと待ってろ」


 鞄から割り箸を持ってきて宇田川に渡す。

 こいつは部活もあるからな、食べなければ駄目だろう。


「別にべたべた触れさせたわけじゃないから――って、聞いてねえな」

「美味えっ」

「凛が作ったやつだ」


 なんなら手づかみで食べそうな勢いだった。

 ま、食べられなくなってしまったが、美味しい美味しいと食べてもらえたら凛も嬉しいのではないだろうかと考えて、微妙な気持ちをどこかにやった。


「ありがとな!」

「おう」


 いい笑みを浮かべやがって。

 それだけでまだ残っていたものが飛んだからいいけどよ。


「あー」

「どした? もうないぞ?」

「いや、戻るわ」

「おう、俺も戻る」

「そうか」


 気にしても仕方がないから普通に存在していればいいだろう。

 分からないことばかりだが、人生なんてそんなものだからな。

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