05話.[それでいいから]
「久々のカラオケ~」
船山――亮は珍しく上機嫌だった。
というか、こうしてふたりでいるのは本当に久しぶりだから珍しくもないのかもしれないが、うん、まあとにかくそんな感じでもちょっと待ったをかけたい気分だった。
「なあ」
「ん? おお、どうしたよ?」
「なんで俺はまたこうして付き合うことになっているんだ?」
しかも「付き合わなかったら言うからな?」なんて添えて。
そう言われたらもう従うしかない。
別にカラオケにぐらい普通に付き合うから脅してくれなくてもいいんだが。
彼は足を止め、ついでに言えば笑みも引っ込め、真顔でこっちを見てきた。
「なあ、どうして俺には言ってくれなかったんだ?」
「亮は部活とかあってタイミングが――」
「アプリとかでも良かったよな?」
言いたくなかったとかそういうことじゃない。
ただ、わざわざ言うことでもないかなという考えと、本当にタイミングが合わなくて言おうにも言えなかったというのが正直なところで。
だって、俺と違って友達が沢山いるからだ。
基本的に盛り上がっているし、そこに突撃できるような勇気はないから。
「なんでだよ、なんで宇田川に言って俺には言ってくれないんだよっ」
「お、落ち着け」
それを知ったことでなにかが変わるわけじゃないだろ、とか言いたくなったが、そういうことじゃないないんだろうな。
それこそこの前凛が言っていたように裏でこそこそとされたくないというか、自分にだけ内緒にされていたことが複雑というか。
関わっている相手に友達が仮にふたりしかいなくて、その片方にだけしか情報を伝えていなかったら複雑になるか。
「……俺だって昔から一緒にいるだろうが」
「故意じゃないけど、悪かったよ」
でも、部に所属している人間と所属していない人間の予定がずれることぐらい理解しているだろうしこっちのことも考えてほしい。
合わせてやりたくても毎日20時半過ぎじゃどうしようもないことだってあるんだ、どんどんと寒くなるし、暗いし。
「ほら、歌いたいんだろ、付き合うぐらいだったらしてやるからさ」
「今日も夕方までだからな」
「ああ、それでいいから」
亮の相手をするのも結構大変だ。
今日は凛もあっさり認めてくれたから朝から疲れずに済んだけども。
つか、久しぶりとは言うが、まだ2週間も経過していないんだけどな。
野球とか普通の学校生活でストレスが溜まるから発散させたいんだろうと想像しておいた。
「洸っ、飲み物っ」
「あいよ」
それじゃあ駄目だろう。
全く発散できていない、多分、歌うことも楽しめていない。
だから今日はがたがただった、聴いていて気持ちのいいものじゃない。
それでも文句は言わずに飲み物を注ぐ係に徹していた。
「駄目だっ、今日は全く駄目だっ」
「落ち着け」
「誰のせいだと思っているんだよっ」
そんな子どものことをなんでもかんでも把握しておきたい口うるさい母親じゃないんだから。
ちょっと言ってなかったぐらいで不安定になりすぎだろこいつとしか思えなかった。
「せっかくの休日に出てきてこれとか最悪だっ」
類は友を呼ぶというやつか。
俺が変人だから周りにもそういう奴らが集まると。
まあ表裏が完璧な人間なんていないわな。
そもそも裏なんかこっちは想像することだけしかできないし、こうして発散させている最中にも自然体でいられない奴だっているんだから。
「亮」
「なんだよっ」
「落ち着け」
本当にその通りだ、このままなら最悪の休日になってしまう。
俺は放課後になったらすぐに帰れるが亮は違うんだから。
自分から進んで入っているんだから文句を言うななんて言ってくる人間もいるかもしれないものの、俺は進んで頑張ろうとする人間は好きだからそうとは思わない。
「悪い……」
「謝らなくていい。ほら、気持ち良く歌おうぜ、さっきまでの歌声だとこっちが楽しめないから頼むよ」
「って、別に楽しませるために付き合わせているわけじゃないんだが……」
「どうせなら楽しませてくれよ、ほら、飲み物ぐらいなら注いできてやるから」
「はあ、まあいいか、イライラしていても仕方がないしな」
その後はすぐにではなかったがいつも通りに戻ってくれた。
朝から夕方まで付き合ってあげるとか俺は偉いなと自分で褒めつつ、上手だなとか、聴けて良かったとか、そういうことを言うのも忘れずにいた。
「は~、最初は誰かさんのせいで最悪な気分だったが、ま、いまはまだマシかな~」
「そりゃ良かったよ」
あ~、ただそこにいるだけでも結構疲れるから次は凛とか宇田川にも来てほしいと思う。
流石にだれてくるから。
だからといってスマホとかを弄るわけにもいかないから気を使うし、3ヶ月間ぐらいは誘ってくれなければいいなと願った。
「ちょっと待て、どこに行こうとしているんだ?」
「え、後はもう帰るだけだろ?」
「今日は帰さないぞ」
よくそんなこと自分と同じような身長の奴に言えるなこいつ。
それでもと帰ろうとしたらこっちの腕を掴んでにこにこ笑顔の亮。
「な?」
「……それなら凛に言わないと」
「まあ俺に任せておけ、ほら、今日は滅茶苦茶働いてくれたわけだしな」
「あと、着替えを取りに行かないと」
なんでこんな短距離なのにわざわざ泊まらなければならないのか。
それなら俺の家に来いよ、そうすれば凛がご飯だって作ってくれるんだから。
「いいだろ、俺のを着ておけば」
「下着は?」
「今日のを履く――」
「取りに帰る」
変に疑われても嫌だから凛には直接言わないとな。
「おい、亮が着替えを持ってこい、こっちに泊まればいいだろ」
「駄目だ」
はあ、面倒くさい奴らばかりだな。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
いつもエプロンをしながら調理をする凛だが、うん、なんか女子に見える。
よく似合っているし、似合っているぞって俺が言いたくなるぐらいには魅力的だった――って、完全に気持ちが悪い奴の思考だなこれと内でツッコミつつもとりあえずはリビングへ。
「もうできるからねっ」
「じゃあ食べていくかな」
「え? どういうこと?」
「亮がうるさくてさ、なんか家に泊まれとかなんとか言ってきてな」
あ、やばい、これは大爆発する――かと思いきや、
「そうなんだっ、それでもご飯を食べてからにしてねっ」
と、言って台所の方に行ってしまった。
逆に怖いし、これまでの凛を考えればおかしいから言いたくなったが我慢。
……なんか寂しいな、亮なら信用できるからということなのかねえ。
とにかく、凛が作ってくれたご飯は凄く美味しかった。
洗い物は流石にやらせてもらって、入浴も済ませてから外で待っていた亮と合流して向こうの家に行く。
「長えよっ」
「なんで入ってこなかったんだよ、そのために鍵も開けていたのに」
「他人の家にずかずかと踏み入れないんだよっ」
じゃあこれから亮の家に泊まる俺は族かなんかか?
泊まることには変わらないから細かいことは気にしないでおいた。
「こいつ、すやすやと寝やがって」
寝ることが大好きな人間だから仕方がないのかもしれないが。
「で? どうして来たんだ?」
玄関にちょいと移動してみればそこには凛がいて。
「どうしてって、なんで急に洸を泊まらせるようなことを?」
「いいだろ、最近は全く相手をしてくれなかったからな」
俺が話したのは宇田川とこの凛だけ。
洸はずっと凛や宇田川といるだけでこっちになんか来なかった。
それはむかつくだろ? せめて来いよって言いたくなる。
「あ、ここで寝ているんだ、もう、風邪を引いちゃうよ」
「布団を持ってくる、洸も人間だからな」
それを適当に苦しくならないような感じに掛けて、また凛に意識を向ける。
なにをどうしても親とか家族みたいに付きまとってくる人間だ。
だからさっきは家の中に入らなかったんだ。
「まあいい、なにもないからもう帰れよ」
「いや、洸が起きるまでいる」
「起きねえぞ、さっき寝始めたばかりだからな」
「それでもいいんだよ」
直接帰ってくれとは言いづらいから遠回しに言っていることが分からないのか。
それでも一応最低限の常識もあったから飲み物を用意しておいた。
にしても、洸の奴も人の家のソファで爆睡とかありえないだろと文句を言いたくなってくる。
風呂から上がって戻ってきたらもう夢の中だった。
これでは泊まらせた意味がない。
「起きろー」
「あ、可哀相だよ」
「いいんだよ、その後寝かせておけばいいんだ」
ただ、確かに物理的衝撃で起こすのは可哀相だから声掛けのみで起こすことに。
「……なんだよ、せっかく寝ていたのに」
「この前の仕返しだ」
あの日は本当に大変だった。
あそこで詰まること自体が俺的にはありえないし、理解できるまでに数時間もかかるとは思わなかったからな。
「あれ、凛も来ていたのか」
「うん、心配だったから」
「俺らは大丈夫だぞ」
呑気にあくびなんかかいていやがる。
本当にこいつは俺を苛立たせてくれる奴だ。
「よし、話せたしもう帰るね」
「そうか、気をつけろよ」
「うんっ、また明日ねっ」
それでも凛が帰ってくれただけで結構。
俺はもうひとつのソファに座って寝ぼけている奴を見る。
「喉が乾いた」
「飲み物ならそこにあるぞ」
「貰うわ」
ただ、洸が起きてもやることがないな。
話したいことも……特にはない。
でも、寝られるのはむかつくという複雑な状況だった。
「亮」
「なんだ?」
「客間か部屋の床を貸してくれ、寝る」
布団を持っていくのは面倒くさいから客間に連れて行くことにした。
こいつが寝ること優先なことはこれまでのことで滅茶苦茶分かっているんだからいちいち乱さなくていい。
「ほらよ」
「ありがとよー」
洸が弟や兄じゃなくて良かったと心の底からそう思った。
もし家族だったらまず間違いなくため息ばかりの生活になっていただろうから。
せっかく休めるはずの家でも休めず、部活も楽しみつつ真剣にはできず、やがては学校生活も――なんてことになりかねないから。
「亮も部屋に戻って寝ろ、明日は月曜で朝練があるだろ」
「それだとつまんねえだろ」
「なんだよ、話せなくて寂しいのか?」
そう聞いてから何分が経過しただろうか。
亮の奴はこっちを見下ろしたまま突っ立っているだけ、なにかを言ってくれないと前に進めないから勘弁してほしいが。
「もしそうだと言ったらどうする?」
「それなら多少は相手をしてやるぞ、少し寝たことで眠気もあんまりないしな」
体を起こしてちゃんと座った。
亮もやっと動いて、近いようで遠いそんな場所に座る。
「今日の亮に得点をつけるなら65点だな」
「は? 低いじゃねえか」
「当たり前だ、マジで聴きたくないぐらいだったからな」
自分にだけ教えてくれていなかったというだけでいささか大袈裟すぎる、しかも他人の家に他人が住み始めたとかどうでもいいだろうに。
「でも、落ち着いてからはいつも通りって感じがした、それは82点ぐらいかな」
「おいおい、90点とか言ってくれよ」
「友達だからってだだ甘にするわけじゃないぞ」
夕方までって結構辛いからな、そういうのをいれると少しずつ下がっていくもんだ。
これは歌だけの評価ではないからそこだけは誤解しないでほしいと思う。
「こんな時間にいるとこの前のことを思い出すよ」
「もっとも、あのときは日付も変わっていたけどな」
「亮の教え方がアレすぎてな、徹夜で学校に行くことになっちまった」
「違うだろ、洸の理解度がうんちすぎて徹夜になったんだろうが」
じゃあ、悪いのはあんな問題を考えた人間ということで片付けておこう。
ただなあ、うんちとか小学生ぐらいしか言わないことをこいつは真顔で言いやがって。
何歳になろうが少年の心を忘れたくないということなら――いやそれでももう少し綺麗な言葉を使ってほしいもんだ、出すものだけどさ。
「つか、凛を呼んだのは亮か?」
「違う、勝手に来た」
その割には止めてこなかったよなと。
亮がうるさくなるから止めてくれなくてよかったものの、気になっているところではある。
不安だと言っていた理由も細かくまでは教えてもらっていないわけだし。
あれだけ近くにいてもお互いに吐けないことが多いというのは複雑としか言いようがない。
「俺は来てほしくなかったけどな」
「どれだけ凛のことが嫌いなんだよ」
「嫌いじゃないぞ、ひとりでいるときなら」
「だったら俺じゃなくて凛を誘えばよかっただろ」
誘えば絶対に断らない。
適当に家事をしておくからとか言っておけば「じゃあ行ってくるね」と口にして付いて行ったはずなんだ。
「……お前さ、いつもそうだよな」
「気にしているのはあれだろ? 俺と凛が集まるとそこだけで盛り上がろうとするから嫌だってことだろ? だったら、凛だけを誘えば相手をしてくれるだろ」
つか、本音を言い合える関係って素直に羨ましいんだ。
嫌なことを嫌だと言えないし、怒ることもできない。
だから他人が羨むほど人を好きになることってあんまりいいことばかりでもないということを俺は今回のことでよく知ることとなった。
どうしても気に入られようとして受け入れようとするからな。
普通の状態ならフラットな感じで接することができるのに、いまの状態だとこっちの方が余程不安定というか、あんまり相手のことを言えない状態なのは確かだった。
「ちげえよ!」
「おいおい、もう時間も遅いんだからさ」
「……誰のせいだと思っているんだよ毎回毎回!」
何故かそこで亮は部屋の電気を消した。
そしてこっちの腕をそこそこの力で殴ってから先程の場所辺りにどかっと座る。
「……単純に俺がお前といたいからだってなんで分かんねえんだよ」
「それならそう言えよ、俺が察しが悪いってことは分かっていることだろ」
これはただ開き直っているだけだが、ただ怒鳴ることでそれを理解しろというのは無理がありすぎる。
それならさっさと相手にいまの気持ちなんかをぶつけた方がよっぽど有意義な時間を過ごせるだろうに。
「亮は凛に似ているな、どうしようもなくなるとカッとなる感じが」
「……そうなるのは洸が原因なんだけどな」
「はは、勝手に俺のせいにするなよ」
それこそお似合いなんじゃないかと思う。
調理技術も高いから栄養管理とかもしっかりやってくれそうだし、運動少年にはそれが必要そうだ。
「ほら来い、優しいお兄ちゃんが相手をしてあげますからー」
「なにが優しいお兄ちゃんだよ」
「ほら、遠慮するなよ、まあたまには甘えたいときがあるってことだろ」
動こうとしないからこっちから近づいてまずは頭を撫でてみたのだが、凛のそれと違ってごわごわしているというか気にしていないというか、微妙な手触りだった。
「もうちょっと髪の手入れをしろよ」
「帽子とかかぶっていたら結局意味なくなるからな、どんなに気合を入れてもぺったりとなって終わるだけだ」
「それでも印象が変わるだろ。まあいいか、はいはい、いつも頑張って偉いですねー」
が、お気に召さなかったらしく手をがしぃ! と握られてそれ以上はできなかった。
「おいおい、そんなにずっと掴まれていたら痛えんだけど」
「もう眠いから寝るわ、おやすみ」
「あ、おう、おやすみ」
男心というやつもよく分からないまま今日も終えることになった。
「おはよ!」
「おう」
また付き合わされたせいで意味もなく早く登校することになった。
そのため、こうして凛が早めに来てくれて助かったということになる。
亮は一緒にいたいとか言っていたが、本当は俺のことを嫌っているのではないかと考えたくなるときもあって、中々に難しかった。
「凛、今日はちゃんと帰るからな」
「え? うん、そりゃそうでしょ」
「亮の奴がよく分からなくてな、やっぱり自宅にいるのが1番だと思ってさ」
寝るのが好きなのはそういうところからもきているのかもしれない。
知ろうとしても人間というのは複雑すぎて追いついていけないというか、やっと理解できても過去の古いものというか、最新の状態へ更新することをずっと繰り返さなければならないというのが面倒くさいというか。
その点、寝ればそういう面倒くさいことから解放されるんだからものぐさな自分が選ぶのも自然だ、などと考えていた。
「……昨日、寂しかった」
「悪い、次があっても絶対に凛を誘うから許してくれ」
仮に似たようなことになったら家に連れてくればいいだろう、もう他人の家に泊まるのは嫌なんだ。
「あっ、そうだっ、今日の放課後は一緒にお買い物に行こうよっ」
「分かった、この前のは少なかったもんな」
「あ、いや、普通だったけど使っていたら減っちゃうからね」
「じゃあ放課後にな」
さてと、俺は同じぐらいの時間にやって来たのに1度もこっちに来ない宇田川のところに行ってやるか。
「おい、どうしたよ?」
「棚橋か……。俺はただ、部活に入るべきかどうかを悩んでいるだけだ」
「試合で対面したということは亮と同じ野球部だったんだろ? 試合に出られる可能性は低いだろうけど入ればいいじゃねえか」
まあ高校2年生の11月からと考えると、終わりもすぐだし中々入部を選べないというのが難しいところだが。
「今更入ってもうざがられるだけかもしれないって考えたら、いたた……、腹が痛くて……」
「そこはまあ宇田川の自由だけどさ、野球が好きなら別にいいと思うけどな」
仮にやる気があっても俺も似たような感じだったら足が止まるかもしれない。
「野球、好きなのか?」
「まあな、小学生の頃からやってるから。所属したチームが強かったわけではないけどさ、それでも仲間と一緒に勝てるように頑張る時間が好きだったんだ」
「いいな、そういうの。俺なんかこんな生き方をしているから頑張る時間が好きだなんて口が裂けても言えないからな」
勉強も運動も人間関係とかそういうのも全て俺らしくとか言い訳をしながら適当とも言えるぐらいのレベルでしている人間とは違うんだ。
「もうちょっと考えてみるわ」
「おう」
「ありがとな」
「いや、気にするな」
あんなことを言っておいてなんだが、高校生になってもまだどころかかなり厳しくなる部活に入ろうとする人間達はマゾだと考えている。
だから礼なんか言ってもらえるような人間ではないことは確かだった。
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