04話.[なんでもなにも]

「う、宇田川勝幸です、よろしくお願いします」


 何故か俺らのクラスに奴がやって来た。

 で、聞いてみたのだが、あそこ辺りをよく歩いていたのは確認のためだったらしい。

 不安で仕方がないから何度も学校までの道を歩いていたそうだ。

 不安で仕方がない人間が人を殴るか? と、聞きたくなったものの、我慢。


「なっ、なんでお前らがいるんだよっ」

「なんでもなにも、俺らが元からここのクラスにいたからだ」


 せっかく凛と上手くいっていないこと以外は平和な毎日だったのにそれを壊す人間が現れてしまった。

 もう自分を含め、面倒くさい人間は供給過多だというのに……。


「おい」

「こ、これは仕方がないだろっ、同じクラスになってしまったんだからっ」

「なにひとりでぺらぺら喋っているんだ? ちょっと来い」


 あれま、可哀相に。

 後で泣いていたら慰めてやろうと決めた。

 あれから、早起きをすることもなくなって眠い生活からは解放されている。

 だから休み時間も適当に頬杖をついて時間をつぶすぐらいで済んでいた。


「棚橋ぃ……」

「船山、やめてやれ」

「俺はなにもしていないぞ、なあ?」

「ひぃ!? た、助けてくれえ!」


 3人組から4人組に変わったそんな日となった。

 ――だけで終わればよかったのだが。


「棚橋っ、一緒に食堂に行こうぜ。ほらっ、俺はまだ利用したことがないから教えてくれないと困るというかっ」

「分かったからさっさと行こうぜ」


 だいぶやかましくて困る。

 賑やかなのが好きな俺であっても流石に限度というのがある。

 あと、どうして俺のところに来るのか、それが分からない。


「ほー、結構人気なんだな」

「そうだな、美味しいからな」


 適当に注文を済ませて受け取ったら席へ。

 が、もたもたしていた宇田川は座ることができずに涙目になっていた。

 はあ、仕方がないから席を譲って器用に立ちながら食べることに。


「ごちそうさま。宇田川、先に戻って――分かったよ、待っててやるからさっさと食べろ」


 そんな捨てられそうになった小動物みたいな顔をしないでくれ。

 俺ひとりではとてもじゃないが面倒を見きれない。

 いますぐにでも捨ててどこかへ行きたいぐらいだった。


「いやー、美味かったっ」

「そうかい」


 その後も棚橋棚橋棚橋とずっと引っ付いてきて最悪だった。

 教室にいる船山は見て見ぬ振り、凛はそもそもここにはいない。

 クラスメイトも何故かこちらに任せきり、こんな人間に任せるなよ。


「いやー、顔の傷も治ったようでよかったよ」

「まああれから時間も経っているからな」

「流石に手加減をしたからな」


 手加減をしてあれなんだとしたら暴力の世界では俺は生き残れないな。

 マジで泣きそうになったぐらいだし、普通に痛くてやべえんだから。


「宇田川くん、ちょっといいかな?」

「お? お前は……」

「僕は小枝凛、ちょっと廊下まで来てくれないかな?」

「いいぞ、俺が行ってやろう」


 そういうつもりではないだろうがナイス、凛。

 先程まであった余裕も既になくなっており、俺は自分に素直になって遠慮なく机に突っ伏すことにした。

 多分、俺と接している船山や凛なんかは似たような気持ちを味わっていると思う。

 だから責めるのは違うかと反省していた。




「おい、なんか凛にあいつが懐いているぞ」

「放っておけばいいだろ」


 どんな魔法を使ったのか、などと大袈裟なことは言わない。

 あいつは元々懐きやすい性格だったからこうなることは必然だったから。

 そんな感じで宇田川は凛とよくいるようになった。

 俺としては面倒くさいことが一気になくなって助かるというものだ。


「お前ってそういうところがあるよな、凛が取られてもいいのか?」

「世の中俺みたいな馬鹿ばっかりじゃないからな」


 同性に告白できる人間なんてごく少数だ。

 あと、別に誰と付き合ってくれても構わない。

 気持ちをぶつければ確実に嫌われるし、その前に他の勇気がある人間や、それこそ異性が持って行ってくれればいいと思う。

 大丈夫、俺の対応の仕方に呆れて勝手に離れていくだろ。

 いまだって不満を感じたからこそ離れているわけだしな。


「じゃあもうこの際だから縁を切れよ」

「は? 流石にそこまでは……」

「いまの状況と似たようなものだろ」


 いや、自分から切り出せるような勇気はないぞ。

 もしそんなものがあるのならとっくに告白している。

 もしそんなものがあったのならここまでもどかしい気持ちにならなくて済んだだろうなと内で苦笑した。


「それは無理だ……」

「じゃあ変な遠慮なんかしていないで行けよ、行かないと言うぞ」

「どうしたいんだよ……」

「俺らは3人で一組みたいなものだろ、早く行ってこいっ」


 いまはあのやかましい存在も側にいない。

 無理やり強制的に廊下に連れ出すことも可能なので、実際に実行してみた。


「凛」

「話しかけないでください」

「悪かったっ、だから……いままで通り一緒にいてくれよ」


 今回のこれは申し訳ないという気持ちがちゃんと込められている。

 それが伝わったのか、凛は違う方を見ながら「あっちに行こ」と誘ってきた。

 そちらは何故か薄暗くて寒いからあまり行きたくはないが、一緒にいてくれよと口にしたのは自分なんだから従っておく。


「洸!」

「はは、忙しい奴だな」

「だって、亮とばかり仲良くするから……」


 なにかがあるときは大抵脅されているだけ。

 それ以外でも確かに船山とは一緒にいるが、贔屓しているつもりはない。

 来てくれたら相手をするし、自分から行ったりもするというだけだ。


「これからはせめて僕にも言ってからにしてほしい」

「おう、守るよ」

「あと……」

「ん? ああ、宇田川と仲良くしたいってことか?」


 やかましいところもあるが来てくれるのは悪くはない。

 凛か船山とぐらいしか話せる相手がいないから助かるっちゃ助かる。

 話しかけても嫌な顔をされないって本当にいい話だよなあと。


「え? ううん、あ、いや、宇田川くんとは仲良くはしたいけど、僕が言いたいことはそうじゃなくて……」

「まだ時間はあるからゆっくりでいい、言いにくいなら言わなくてもいいし」


 珍しくかなり言いにくそうにしている。

 嫉妬していますよー的な感じの態度でいたくせにそれは難しいのかと不思議な気持ちに。


「今日から住みたい」

「ベタなあれで悪いけど、宇田川の家に?」

「もう!」


 仲直りすると早起きしなければならなくなるのは難点か。

 でも、不仲でいるよりも遥かに一緒にいられた方がいいからな。


「よし、それなら放課後に荷物を運ぶか」

「うんっ」

「あ、でも、許可してくれるのか?」


 こっちの両親は「寂しくなったら凛ちゃんを住ませてねっ」と言っていたから問題もない。

 凄く食べるということでもないから食費とかもそんな変わらないし、俺にとっては半分ぐらいはいいことがある。

 

「大丈夫っ、お母さんもお父さんも洸のことを信用しているからっ」

「そうか、なら俺は別にいいぞ」

「よしっ、戻ろうっ」


 なんでかは知らないが急にそうなった。

 情緒が不安定すぎる。

 側にいてくれるのならもう少しぐらいは安定させてほしかった。

 



「おお、美味しいな」

「僕もあれから手伝わなきゃって考え直してさ、ご飯もそこそこのものだったら作れるようになったから任せてよ」


 それなら助かるかな。

 どうしても寝ることの方が優先されがちになるから適当だし。

 真面目に作るのは凛や船山が来るときだけ、それじゃあ栄養も偏るし。


「ごちそうさまでしたっ、洗い物も僕がするから洸が先にお風呂に入ってよっ」

「そうか? なら頼むかな」


 謝った際に体力を使ったから正直眠たかったのだ。

 だからありがたい提案だった、速攻で出てきて部屋のベッドに寝転んだ。


「洸……」

「……おう、先に寝てて悪いな」

「それはいいんだけど、入れてほしい」

「おう、入れ入れー」


 ん? あれ、床で寝かせるためにせっかく布団を持ってきたんだけどな。

 まあいいか、いまは眠たいし細かいことはどうでもいい。

 というか、凛と一緒に住み始めた時点で気にするのはアホらしいし。


「ごめんね、すぐ不機嫌になって」

「謝らなくていい」

「でも、仲間はずれみたいなことをされると嫌だから……」


 逆を向いて凛の頭を撫でておいた。

 入浴後ということもあって少ししっとりとしていた。


「もうしない……つもりだ」

「うん……」

「寝よう、明日も学校だ」


 走る件は起きることが結構辛いからこちらから口にはしないままにした。

 なんか向かい合って寝るのも違うから反対を向いて寝ることに。

 朝まで普通に寝たのだが、起きたら凛がいなかった。


「あ、おはよっ」

「おはよう、作ってくれていたのか」

「うんっ、家事とかは基本的に僕がやるからっ」

「風呂掃除と買い物ぐらいは俺がやるからいい」

「お、分かったっ、極端じゃなくてもいいよねっ」


 とりあえず歯を磨いて、顔もしっかり洗っておく。

 水が最高に冷たいが、これで少し眠気が覚めるからいいな。

 というか、誰かとこうしていられるって嬉しいかもしれない。

 なんだかんだで寂しいものだから。

 俺でもこんなんだから凛がひとりだったら泣いていたことだろう。

 凛作のご飯を食べてある程度のところまで休憩。


「洸……」

「昨日から甘えん坊だな」

「学校では無理かもだけど、家でぐらいは……」

「あ、それで住みたいって言ってきたんだな」


 素直に頷くもんだから当たり前のように頭を撫でてしまった。

 女子だったらまず間違いなく男子が放っておかない存在だと思う。

 いや、いまだって同性を狂わせるような魅力があるわけだし、いやまあそれ以上に面倒くさいところが目立ちがちだからあれだけども。


「おいおい、それは過剰すぎないか?」

「洸は僕のだから」

「はは、凄え大胆な発言だ」


 そもそも物ではないが、仮にこっちが求めたら無理なんだろうな。

 だからなにもできない、頭を撫でるぐらいが俺にできる最大限のことだ。


「よし、そろそろ行くか」

「うん」


 あんまり家にいるとそのまま休みたくなるから怖いところ。

 平日に休むのなら学校に行ってからにした方がいい。

 5時半に起きなくていいというだけで朝から眠たくなるなんてことにはならないため、普通に登校することができた。


「よう、遅かったな」

「宇田川は早いな、何時に来たんだ?」

「うっ、7時15分……」

「はは、早すぎだろ、もうちょっとゆっくり来いよ」

「まだ慣れないところだからな、緊張していて早く来すぎた……」


 まあ分からなくもない。

 俺も小学4年生の中途半端な時期にこっちに来たから似たようなことを味わったわけだし。

 いや、しょうがないとは分かっているが、もう少し子どものことも考えてほしいと考えるのは……わがままだろうか?

 とにかくそんなことがあったため、茶化すようなことはしなかった。

 先に経験している俺から言えることはそこまで緊張することはないということだけ。

 少なくともクラスメイトは良くも悪くも興味がない対象には近づかないからな。

 苛めなんかはないから安心してほしい。


「棚橋、ここら辺を案内してほしいんだけど」

「いいぞ、と言っても、そこまで詳しいわけじゃないけど」

「なんか必要そうな店とかを教えてくれればいいから」

「分かった、じゃあ今日の放課後にな」


 案内した後に食材を買って帰ろうと思う。

 毎日ふたりだとやっぱり違うし、凛は気合が入っているからだ。

 あとは単純に、たまには肉系を豪快に食べたいというのもあったから。

 ということで、放課後になったら約束通りある程度のところを案内をして。


「へえ、宇田川の姉さんは漫画家なのか」

「ああ、絶対に見るなと言われているからどういうのかは分からないけど、そうみたいだな」


 ひとりで行こうとしたら付き合うと行ってくれたから宇田川と買い物に行く。

 にしても、意外と律儀な奴なんだよなあと。

 あと、身内に漫画家がいるってすごいなと。


「というか棚橋が買い物に行くんだな、教室でいるときみたいに帰ってさっさと休みそうなのに意外だ」

「ああ、買い物に行かないと自分が困るからな、あと凛も」


 最悪の場合は米とふりかけだけあれば困ったりはしない。

 ただ、そこに味噌汁が加わると幸せになれるし、他のおかずなんかが並ぶとそれはもう外食に行けたぐらいの幸福感を得られる。

 他の金持ちなひとり暮らしの人間なら外食が当たり前かもしれないが、俺にとってはそうじゃないからな。

 外食ってやっぱりワクワクするもんなんだ。


「ん? どうして小枝の名前が出るんだ?」

「昨日から住み始めて――」

「はあ!?」


 ここはまだ店内だから静かにさせておく。

 周りにいたお客に頭を下げて、この場を静かに離れた。

 あまり買いすぎてもあれだからそこそこにして会計を済まし、退店。


「ど、どういうことだよっ」

「これまでひとり暮らしみたいなものだったからさ、心配になったんじゃないかって俺は考えているけど」

「心配だからって同性の家に住むか?」


 聞かれる度にそれっぽいことを言う、それを繰り返していたのだが、どうにも納得できなかったらしく宇田川も家に来ることになった。

 あ、泊まるとか住むとかじゃなくて凛に話を聞くためとして、らしい。


「おかえ――あ、宇田川くんも来たんだ、ようこそ」

「おう! じゃねえっ、なんで棚橋の家に住み始めたんだよっ」

「え、それは洸が適当に済ましているからだよ、僕がいてあげればご飯もちゃんと食べさせられるから」


 事実、睡眠を優先して食欲を無視したことがあるから違うとは言えない。

 いまだから言えるが、ひとりで食べるのが虚しかったからだと思う。

 どんなに頑張っても自分の胃の中に収まるだけだし、それなら腹が減ったときにだけ適当に食べればいいぐらいに考えていた。

 でも、いまは凛がいてくれて違う……のかもしれない。

 肉が食べたいとかそのように考えた自分がいる時点で多分そうだ。


「じゃあ、飯だけ作って帰ればいいじゃねえか」

「ほら、朝ご飯を作るときが大変だからさ、夜は寒いし」

「本当にそれだけかあ?」

「うん、そうだよ」


 で、その後も凛や俺に聞いてきては「それだけか?」を繰り返した宇田川。

 それだというのにちゃっかり夜ご飯を食べてから帰っていった。


「はは、質問攻めだったね」

「やっぱり宇田川は駄目だな」

「そんなこと言わないであげてよ」


 洗い物とかも誰かがやってくれるって幸せだ。

 だからこうしてソファに寝転んでゆっくりすることができる。


「洸、早くお風呂に入っちゃってよ」

「先に入っていいぞ」

「え、それは困るよ」

「なんでだよ?」

「お風呂から出たらお風呂掃除をするつもりだし、洗濯機も回すからさ」


 それならしゃあないからさっさと入ってこよう。

 他のなによりも寝ることを優先したい自分、だからあまり長風呂派というわけでもなかった。

 なにより凛だって早く入りたいだろうからさっさと出て部屋へと戻る。

 そして、ソファなんかよりもやはりベッドで寝る方が1番だからリビングに行ったりしたりはしない。

 入浴後にソファになんか転んだらまず間違いなくベッドの方が最適だと分かっていても寝てしまうから。


「失礼しまーす」

「早かったな」

「ささっと済ませてきたよ――ぉお? なんで布団の端を押さえているの?」


 なんでって白々しい。

 いいのかどうか分からなくなってしまったのだから仕方がない。


「今日も寝る気か?」

「うん、だって暖かいし」

「じゃあ、ベッドを貸すからひとりで寝ろ、俺は床で寝るから」


 暗闇の中で布団を敷いてそこに寝転がる。

 掛け布団をしっかり掛ければこれでも暖かい。

 ただ、これならソファで寝たほうが柔らかいかもしれないが。


「洸はさ、優しいよね」

「まさか宇田川を案内したことを言っているのか? そんなのじゃねえよ」

「優しいから洸の周りには人が集まるというかさ」

「凛と船山と宇田川だけだけどな」


 多ければいいわけじゃないからそれでいい。

 挨拶ができる程度ではなく、俺はしっかりとこうして話せるような関係が欲しかった。

 だから何気に宇田川には感謝している、いまから作ろうと考えたらかなり大変だからな。


「でも、だからこその悩みもあって、不安になるんだよね」

「適当に対応したりはしない」

「だからこそだよ」


 俺は俺らしく生きているだけ。

 この先もこれは変わらないし、変える気もない。

 いくら凛が大切だからって凛ばかりを優先して生きられるわけじゃないし、流石に言うことを聞けないこともある。

 それが無理だということならもう離れてもらうしかない。

 自分から距離を作ったり離れろなんて言うことはしないが、そういうものだ。

 ある程度は妥協して関係を続けていくしかないのだ。


「凛、1週間に数回は走るか、朝よりも放課後がいいけども」

「いいよ、洸が走りたいなら」

「違うだろ、男でも気にしなければならないんだろ?」

「うん、そうそうっ」


 そうしないと家事を全てやろうとするから仕方がない。

 走ることはあまり好きではないが、やってもらってばかりなのも嫌だった。

 どうせ一緒に住んでいるのなら協力しあわないとな。

 片方に寄りかかるような生活は駄目だ、当たり前になっても嫌だし。

 その点、相手が凛なら楽でいいなと思った。

 言いたいこともはっきりと言えるしな。

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