02話.[仕方がないだろ]
土曜日。
船山が歌っているのを延々に聴いているときに考えていた。
どうして人によってここまで違うのかと。
95点以上を連続して獲得している船山だが、上には上がいるということも大袈裟に言ってしまえば恐ろしい世界だった。
一般市民にだって98点だのを出す人間がいる。
俺には真似できないことをしている人間達が沢山いるということだ。
「ふう、少し休憩」
「お疲れさん」
よく何曲も連続で歌えるなと。
俺だったら歌い方が下手であっという間に喉を痛めて終わりそうなのに。
「おい洸、ずっと見つめられていると流石に照れるぞ」
「どうせ一緒に来たのなら集中しておかないとな、あと、船山の歌声は聴いていて安心できるから聴いておかないと損だ」
「ほう、どのように安心できるか聞かせてもらおうか」
「飲み物を注いできてやるよ、お茶でいいよな」
こっちはなんにも気にせずに炭酸を注いで飲んでおく。
わざわざスーパーなどで買う人間ではないから飲んでおこうという貧乏魂だ、まあ貧乏じゃないが。
でも、同じ額を払っているなら沢山飲んでおきたいと考えるのは俺だけじゃないと思うんだ。
滅茶苦茶お金持ちの人間とかを除いたら基本はそんな感じだろう。
「ほい」
「さんきゅー」
あ、ちなみに船山は許可しなかった。
そのため、また凛の奴は不機嫌になってしまったということになる。
どうしても俺が怒られるから少し損というか、それでもこちらが逆ギレをすることもできないから少し大変な生活が続いているというか、まあそんな感じ。
「船山、なんで凛に言ってやらなかったんだ?」
「俺は洸と行くって約束をしていたんだ、そこに凛は関係ないだろ」
「寧ろ凛と行った方が絶対に楽しめるだろ」
「いいからいいから、もしそうなら最初から凛を誘っているだろ」
数分して休憩を終わらせたらしくまたマイクを握り始めた船山。
意外とあっという間なんだよな、1曲1曲が5分超えというのが影響しているんだと思うが。
だから飽きることもなく船山の歌声を聴き、飲み物を注ぎ、飲み、あとはトイレに行くことを繰り返していたら終わってしまった。
「は~、大満足だっ」
「お疲れさん」
「洸もなっ、付き合ってくれてありがとう!」
とはいえ、あの硬いソファみたいなやつに座っていたのもあってバキバキというか疲れは確かにある。
いまは17時か、帰って休むのも悪くはない休日の過ごし方だ。
「洸、まだ時間ってあるか?」
「まあ、暇だからな」
「それなら洸の家に行っていいか?」
「おう、いいぞ」
自宅であるなら転んだりもできるから悪くはない提案だった。
鍵を開けたら中に船山を入れて、……も入れて鍵を閉めた。
「なんで当たり前のように凛もいるんだよ」
「うるさい、裏切り者」
「約束をしていたんだ、仕方がないだろ」
ちなみに、俺が呼んでいたというわけではない。
まあ俺らは3人でいるのが自然だから嫌というわけではないが。
「亮は土曜日も部活に行っておけばいいんだよ」
「今日は休みだったんだよ」
「じゃあ、休まずに自主練をすればいい」
「酷えな、たまには休ませてくれよ」
少しは船山にも引き受けてもらわなければならないから特に止めるようなこともしなかった。
俺が止めようとすると間違いなく俺が怒られて終わるだけだからというのもある。
疲れたから転んでいたらなんかいますぐにでも夢の世界へと旅立てそうな気がしたが、凛のせいでそれが叶うことはなく。
「僕に内緒で遊んでいたくせに寝るのはだめでしょ」
「それでもせめて転ばせてくれ」
「仕方がないからそれは許可してあげる」
なんか、尻に敷かれている感じだな。
強気に出ることもできず、管理されて生きているようなそんな感じ。
別にそれでもいいが――いや、いいのか? と考える羽目になった。
「凛、脂肪は減ってきているのか?」
「ちょ、そんなに真っ直ぐに聞くの? ……少しだけは」
「なら良かったな」
このふたりって言い合いをするくせに仲がいいんだよなあと。
凛を頑なに遠ざけた理由は俺から凛を遠ざけるためかもしれない。
そうすれば複雑な気持ちにならなくて済むからと、あくまで想像だが。
「付き合ってもらっている洸には悪いんだけど、お菓子とかをすぐに食べたくなっちゃって困っているんだよね……。それで、実際に食べっちゃったりもして走った意味がなくなっちゃっているけど……」
「あんまり抑えてばっかりだと爆発するからな、少しぐらいはいいんだよ」
「りょ、亮はハードな運動をしているから沢山食べてもいいだろうけどさ、僕なんかは……体育でぐらいでしか動かないわけだから不味いんだよ」
「女子じゃないんだからさ、んな細かい脂肪がついたぐらいで大袈裟すぎなんだよ」
俺としても凛はもっと食べていいと思う。
管理はした方がいいが、いま細かく気にしていることの方が悪影響だ。
そういう思考はストレスにもなるし、食べることへの罪悪感などを抱きかねないから余計に。
船山が言うように、爆発してやけ食いからの落ち込みということを繰り返すような、そんな負の悪循環になる場合もあるから。
「見せてみろ」
「え、やだよ……」
「いいからほら」
船山は一切躊躇なく凛の服を捲くった。
怒られたくない俺は反対の方を向いて目を閉じておく。
「わー! 見ないでー!」
「なんだよ、細えじゃねえか」
ああ、床でも寝転がれるってこんなに幸せなんだなって。
俺は元々、寝ることが大好きだからどこでも関係ないんだなと。
あと、床暖房が効いているというのも大きい。
「……亮のばか」
「もっと食べろっ」
「あんまり食べられないからっ、あと、いっぱい吸収しちゃうし……」
空腹時間が長ければ長いほど、摂取した際に蓄えようとするから影響が出るだなんだと最近調べたときに書いてあった。
だからやっぱりバランス良く3食食べ、間食を減らすことや菓子類なんかを食べることを減らすのが1番だろう。
色々な情報が出回っているから難しいが、結局は自分の性格に合うようなプランみたいなことを探すしかないなと。
「あ、お母さんからだ、えー、帰ってこいだって」
「来たいときに来ればいい」
「うん、じゃあ帰るね、怒らせると遊びに行くこともできなくなるから」
凛が去ると船山の奴は静かになる。
やっぱりこれは凛を気に入っていると判断しても間違いではなさそうだ。
「やっと帰ったか」
「はは、素直じゃねえな」
「は?」
その後の演技も続けるとか徹底していやがる。
こういうはっきり言い合える者同士って相性がいいと思うんだよな。
だってそうしていても尚、相手が来てくれるんだから。
「凛が来てくれて嬉しかったんだろ? 俺には分かる」
「なに言ってんだ? 俺としてはやかましいだけだから洸だけの方がいいぞ」
年齢的に素直になりにくいか。
相手は同性だし、いてくれて良かったとは言いづらいだろうし。
「つかさ、なに勝手に呼んでいるんだよ」
「呼んでなんかない」
「嘘をつくな、今日は俺と約束をしていたはずだろ?」
「だから優先しただろうが」
「こっちを向け」
俺と関わってくれる人間はどうしてこうなのか。
なんか無駄に拘るよなあと、いてくれるならいい、なんて考えられないぞ。
「これからは勝手に呼んだりするな」
「はいはい、分かったよ」
「はいは1回だ」
「はーい、分かりましたよー」
その後は夜ご飯を作ってふたりで食べた。
誰かと食べられるのは悪いことではないから、そんなにマイナス感はなかったかもしれない。
船山が帰ってからはすぐに風呂に入って、今度こそ夢の世界へと旅立った。
「棚橋、ちょっといいか?」
「はい」
HRが終わって帰ろうとしたら先生に呼び止められた。
はいと言いつつうわあとなっているのを抑え、出さず、先生に付いていく。
この時間がたまらなく嫌だ、教師に呼ばれるのなんてなにかがありますよ、と言われているのと同じだからだ。
「悪いんだけどさ、これを反対側の空き教室まで運んでくれないか?」
「分かりました」
「終わったら帰ってくれればいいから、それじゃっ」
数組の机と椅子、あとはダンボールに入った適当な物達か。
仕方がないからゆっくり運んで終わらせよう。
「遠いし危ねえな……」
力持ちな船山なら簡単だろうが。
階段を下りるときなんかには普通に怖い。
それでも約1時間ぐらいかけて運びきった、やばい、遅すぎだろこれ。
なんであの量で1時間もかかるんだよと内でツッコミつつ、鞄を持って学校をあとにする。
「寒い……」
11月でこれなら12月や1月はどうなるんだと。
「てめえ!」
何故か暗い空を見上げていた。
いや待て、なんで俺は急に殴られたんだと内は大混乱。
こっちに馬乗りになって殴ってこようとするその腕をなんとか掴もうとしたものの、俺の力じゃ叶わず更に数発もらい。
数分後には流石に相手も不味いと思ったのかやめてくれたが、なんだこの理不尽な展開はと泣きそうになった。
「ってお前、船山亮じゃねえじゃねえか!」
「……俺は棚橋洸だけどよ」
「あ、謝らねえからなっ、船山亮に似ていたのが悪いっ、じゃあな!」
船山よ、一体全体、いまの男子になにをやったんだ?
顔とか胸とかが痛え、とはいえ、こんなところで寝転んだままでいると自転車とかに轢かれるから起きて帰らないと。
「うわ、痛そ……じゃなくて痛え」
CGでも見ているような気分になった。
恨みがあるからって容赦なさすぎだろ。
あまりに痛そうだったから鏡で見るのはやめてご飯作りに励む。
……人に殴られたのなんて初めてだった。
いい気分にはならないな、それどころか無性に悲しくなってくるんだが。
「もういいか、今日は寝よう」
染みそうだから風呂にも入らずに寝よう。
ただ、虫歯が初めてできたときみたいにジンジン痛んであまり寝られなかったが。
「そろーりそろり、洸――」
「起きてる」
「び、びっくりしたっ、急に掴むから……」
「走りに行こう」
凛より大きくて助かった。
少し前を走ってやれば顔を見ることはできなくなる。
別に心配してもらいたいわけじゃないしな。
あと、急に人が入ってきてびっくりしたのはこっちだ。
「珍しいね、洸が早く起きているのは」
「昨日は早く寝たからな」
「洸は付き合ってくれるから嬉しいよ」
「俺も全く動いていなくて少し動いた方がいいと思ってな、きっかけをくれてありがとよ」
にしても、時間も経過しているのに普通に痛いもんなんだな。
じゃあ漫画とかで殴り合っている野郎達はこんな思いを味わいつつも更にダメージを負いに行くってことなのか?
Mだろそれ、あとは耐性が高すぎる。
俺なんか数発貰っただけで泣きそうになったぐらいだぞ。
それなのに殴られても尚、向かっていけるあいつらはなんなんだよ。
現実にも実際にいるわけだから、うん、これも理解できない世界のひとつだ。
「で、なんでこっちを向いてくれないの?」
「早く寝たんだけどあんまりでな」
「こっち見てよ」
仕方がないから凛の方を向いたら、
「えっ、ど、どうしたのっ?」
と、慌て始めてしまったから転んだと説明しておいた。
階段から落ちたとかそういう風に説明しておけば、もっとしっかりしなよ的な感じで終わることだろう。
「行こうぜ」
「いや、もういいよ、なんか痛そうだし」
「そうか? まあ、すっきりできたから良かったよ」
朝ご飯を食べるために帰ることはせず、またこっちの家に来るみたいだった。
まあ凛からすれば階段から落ちるようなアホということだし、心配になる気持ちも分からなくはないが、あんまりいられるのもなあというのが正直なところだ。
「大丈夫?」
「ああ、もう痛くないからな」
実際に殴られたときよりかはマシだが普通に痛え。
それでも表には出さずに朝食を作って、凛に食べさせた。
本当にこういうときって食欲もなくなるんだなって、虫歯ができたときと同じような感じだったからこちらは食べず。
「行くか」
「うん」
7時45分ぐらいに家を出て学校へ向かう。
で、学校に着いたらどうしたと聞かれまくってその度に階段から落っこちたとドジなところを晒したという悲しい結果に。
「よう、聞いたぞ」
「船山、泣いてもいいか?」
「おー、泣け泣け、洸が泣いているところなんてレアだからな」
よく考えたらあの男子は同じ高校じゃなかったなと。
それなら船山に言ったところでぴんとこないだろうからやめておいた。
「つか痛そうだな、どんな派手な落ち方をしたんだよ」
「さ、触るな、まだ痛いんだから」
「ほう、こことかどうだ?」
「だから痛いんだってっ」
「はははっ、面白いなっ」
やっぱりSだな、船山も凛もRだが。
くそ、元はと言えば船山のせいで殴られたわけだし、なんらかの形で責任を取らせたい。
でも、言ったところでえ? となるだろうし、結局のところは泣き寝入りするしかないんだろうか。
「船山、これまでありがとよ」
「大袈裟だな……――分かった分かった、なんか買ってやるからさ」
「じゃ、今日の帰りに適当に買い物をしてきてくれ、行く気がないんだ」
「分かったよ、食材を買って持って行ってやるからそんなこと言うな」
とりあえず、放課後になったらさっさと帰って寝よう。
どうせ船山の奴は部活動があって20時半まで拘束されるので、夜ご飯はそこからでも構わなかった。
そんな時間から行ってまともに食材が売っているのかどうかも分からないが。
「お、おい」
「ん? うわ」
「し、失礼な反応をするなっ」
んで、放課後になったらすぐに外に出て、あともう少しで家に着くというところで昨日の男子と遭遇してしまった。
こいつは殴っても俺が悪いと言って去った人間。
別にもう謝らなくてもいいから俺の前に顔を出してくれないのが1番だったんだが、まあそんなに上手くはいかないよなと。
「だ、大丈夫かよ?」
「大丈夫だ、全く痛くないぞ」
「そ、そうか、それなら良かった」
会話もそこそこにして別れ、ひとり帰路に就く。
家に着いたら速攻でソファに寝転んで寝ようと集中した。
昨日眠れなかったのがいい影響となったのか、俺はそのまま船山が来るまで爆睡していたというか、船山が着いたらしい21時15分ぐらいから更に1時間ぐらい寝てしまったことになる。
「馬鹿野郎、寒いんだぞっ」
「悪い悪い、代金を払うから言ってくれ」
「4768円だ」
「待っててくれ」
払った後は遅い夜ご飯を作って食べて。
その間ずっと文句を言い続けていた船山に謝罪をし、帰ってもらった。
「やっぱりいいな」
ちゃんと寝られるのと、ちゃんと食べられるのは。
あと、風呂の時間も好きだ、これは冬だけじゃなくて1年中同じこと。
「つか、プロテインを買ってくるなよな……」
俺には無用の代物だ、今度凛にあげよう。
ムキムキの凛か、俺を持ち上げられたりできるようになったりしてな。
「はは、それはないか」
ひとり言を言っていても仕方がないからまた寝た。
最高だった、多分、日本で1番、最高の気分を味わえた気がした。
「よ、よう」
「もう殴るのは勘弁してくれ」
「し、しねえよ、これ、受け取ってくれっ」
渡されたのは小さな小包。
いや待て、それよりもどうして家の前にこの男子はいるんだ。
「なんなんだこれは?」
「腕時計だ、せめてものお詫び……ということで」
「いやいいよ、もう殴ったりしてこないならそれで」
「駄目だっ、別に使わなくてもいいから受け取ってくれっ」
ああ、またこっちに一方的に押し付けて走っていってしまった。
捨てるわけにもいかないから開封しないまま家に置いておこうと思う。
それが例え100均の物であれ、数千円の物であれ、貰うわけにはいかない。
「洸ー!」
「おう、り――ぶふぉ、俺は船山じゃないんだからタックルはやめてくれ」
「ははは、ごめんごめん、一緒に行こ」
「おう」
これ以上面倒くさいことにならないといいが。
というか、船山がいるときに来てもらいたいもんだ。
そうすれば全て押し付けることができる。
あいつはいい奴だがそれとこれとは別だ、変な男子に絡まれるのだけは嫌だからな。
「ねえ洸」
「なんだ?」
「『殴るのは勘弁してくれ』ってどういうこと?」
俺の右腕をかなりの力で掴んで止めてくる。
太ったんじゃなくて筋肉がついただけなんじゃないかと言いたかったが、聞かれていたのなら仕方がないから答えておいた。
「そうなんだ、それならちょっと行ってくるね」
「まあ待て、俺らが行かなければならないのは自分達が通う学校にだろ」
「だって、意味なく殴られたんだよっ?」
「いいから、早く行くぞ」
ただ、船山には全く似ていないと思うけどな。
俺は180センチ以上ある船山より小さいし、なにより容姿などが全体的に残念な感じだし、少々猫背気味だからしゃっきりしている奴より情けないしで、俺と奴を間違えるなんて病院を進めたくなるレベルだった。
「洸が可哀相だよっ」
「まだ言っているのか? 大丈夫だから心配するな」
「というか、嘘をつかれていたことが納得できないんですけど」
「凛だって言えないでいることや嘘をついたことぐらいあるだろ」
「そうだけどさあ……」
いいんだ、もう終わったことだから。
詫びもしてきたし、向こうだってこっちのことを忘れることだろう。
そうすれば寒いことを除けば平和な生活が戻ってくる。
俺としてはそれだけで十分だった。
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