四十歳、西武球場、超ファン
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すべてが解決したわけではないし、なにもかもが上手くいっているわけではない。あいかわらず両親とは絶縁状態だし、弟との関係はどうあっても世間的にはいびつなままで、理解を求めるのは難しいというか、無理だろう。そろそろ子どもがほしいな、とも思うけれど、いろんな点でうまくいっていない。とにかくあたしも弟もうたもエイズにはかかっていなくて、それはよかった。みんな健康であることがいちばんだ。誕生日にはうたにちいさなギターを買ってあげて、うたはそれを妹だと思って大事にしている。ギターにパンツを履かせたのは閉口したけれど。ロックミュージシャンにでもなるつもりなのか。うたが最初に弾けるようになったのはやっぱり「新宿」だった。うたは音楽の才能があるんだろう、あのころのセイコよりずっと上手い。まるで音楽の子どものようだ。それでもうたは「セイコちゃんのようには弾けない」と気にしていて、あたしは「うたはうたの音楽を見つければいいんだよ」と教えてあげた。うたのギターはすごくきれいで、ぜんぜん怒ってるふうではなく、やさしく包み込むようなメロディだ。うたもまた、セイコとは違うやり方で、すべてのふつうの女の子を救うことになるだろうと思う。
うたとふたりで新幹線に乗り、東京へ向かった。うたは年のわりに身体がちいさいので、ボストンバッグに背負われてるみたいでちょっと面白い。「持ってあげようか」と申し出たのだが、うたは「これからはぜんぶ自分で持たないといけないから」と強い口調で言い切った。
新宿に行くには、品川駅で乗り換えたほうが早いのだけれど、あえて初めて上京したときのように東京駅で乗り換えてみた。そして中央線で新宿に向かった。向かっているとちゅう、ふと思い立ち、「墓参りしてからいくから、ごめん、約束の時間、二時間ほど遅らせて」とメールした。そして新宿駅を通り過ぎ、高円寺に向かった。
高円寺駅で降りると、あたしとうたはタクシーに乗り、町の外れにある墓地に向かった。広い道のはしっこにタクシーを停めてもらい、しばらくそこで待っていてもらうことにして、あたしとうたは手をつなぎ、墓地のなかに入っていった。
ちょうどおなじような形をした墓がふたつ並んでいる。ふたりは片方が死んだらもう片方が葬式を上げるという約束をしていたらしく、それは守られたそうだ。先に死んだのは和尚のほうで、銀貨さんが葬式をあげた。噂によると、銀貨さんはぜんぜん泣いてなくて、むしろ勝ち誇ったような顔をしていたらしく、彼女らしいと思う。でも、和尚が死んですぐ、銀貨さんも逝ってしまった。ふたりは恋人ではなかったと思うけれど、特別な絆で結ばれた関係という気がして、ちょっとうらやましい。というか、あたしと弟との関係にも似てるので、人生の先輩みたいにも思える。
線香をあげたりとか、お花を供えたりとか、そういうのはあたしのふたりにたいする気持ちとは違う気がして、てぶらで来てしまった。ふたりが好きだった大麻ビールぐらいは持ってきてもよかったかもしれないけれど。
あたしはお墓のまえでそっと手を合わせる。うたも見よう見まねであたしにならった。
「このふたりは、うたの、おじいちゃんとおばあちゃんなの?」
うたはあたしにそう尋ねた。
「うーん、まあ、そうかな」
あたしはつい、そんなふうに応えた。両親とは絶縁しているので、うたには祖父母と呼べる存在がいない。その役割を和尚と銀貨さんに求めるのはちょっとひどい気がするけど、ふたりなら笑って許してくれる気がする。それに、あたしに音楽を教えてくれたのは、ふたりだから。
「おじいちゃんと、おばあちゃんは、あたしにとって、好き寄りの嫌いなの」
あたしはお墓をそれぞれ指さし、うたにそう教えた。
「許してるんだね!」
うたは微笑んでいった。あたしは彼女の頭を撫でる。ずいぶん背が高くなったなあと思う。彼女もいつか、許せないことを多くこの町で知るだろう。それは彼女の音楽をタフにしてくれるはずだ。セイコはそんなとき、ギターで怒ることを選んだ。うたがそんなときどんなギターを奏でるのか、あたしは楽しみだ。
あたしがAV女優だったとうたは知っているし、もうこの年齢ならその意味も理解しているだろう。「セックスこそ音楽だった」とあたしが伝えたことも、うたは理解してくれているだろうと思う。それはあたしがうたに与えた答えであり、うたにかけた問いだった。うたはなにを音楽だと思うのか、彼女だけの答えを探してほしい。
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