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まあ当たり前だけれど、ライブのあと、あたしはスタッフに捕まり、だいぶ説教をされた。キャシーがかばってくれたけれど、カバンのなかに硫酸を入れていたのは言い訳のしようもなかった。正直、弟がほんとうに硫酸をくれるとは思わなくて、中身は水がなにかだと思っていたのだが、まじでだいぶ濃いめの硫酸が入っていたらしい。たぶん弟は、あたしが硫酸を使わないことが分かっていたんだろう。分かってくれていてありがたいけれど、ちょっと分かりすぎているような気もする。まああの子はそういう子だ。
ライブがたいへんな盛り上がりになったので、通報があったのか警察も来ており、あたしがそのまま警察に突き出されても不思議はなかった。そうはならなかったのは、誰よりもいちばん激しくセイコが怒っていたからだ。みんながみんなセイコをなだめる側に回ったので、あたしはセイコ以外からは責められなくてよかった。そのためにセイコは敢えて怒っていた、と思うのは、うがちすぎだろうか。怒ることで、セイコはあたしのことを許してくれていたと、そう考えるのは傲慢だろうか。セイコはあたしを好き寄りの嫌いだったと、勘違いしてしまいたい。あたしはセイコを、嫌い寄りの好きだよ。一生許さないと思う。あたしに、音楽を与えたことを。
夜中まですったもんだがあった末、最終的にあたしが解放されたきっかけになったのは、弟とうたがあたしを迎えにきてくれたからだった。「姉ちゃんのいき場所はここしかないと思った」と弟はわらって言った。まあぜんぶ見抜かれてたわけだ。よくもわるくもあたしのことを諦めてる弟とは違い、うたはものすごく泣いていて、それは申し訳なかった。でも、セイコがギターを弾いて、うたを慰めてくれた。セイコは「ミスMV」で自分が選んだうたのことをちゃんと覚えていた。セイコの弾くギターでセイコとうたがセッションをする、すごく幸せな夜だった。
高円寺の手頃なビジネスホテルに泊まったあと、翌日は弟とうたと新宿を観光してから帰った。「ここがお母さんが育った町なんだよ」とうたに伝えると、うたはおおきく頷いて、「大きくなったらここに来て、歌手になりたい」と真剣な口調で言った。
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