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セイコは最近の曲から順にどんどん歌っていった。あまりに流れがよすぎてカラオケみたいだった。たしかにセイコがマイクを握る姿には、昔と変わらない、いや昔以上のオーラがみなぎっていた。それはセイコがこの音楽業界でのし上がっていくうちに身につけたものなのだろう。でも、失ったものもあるはずだ。セイコの歌い方はとてもかわいくて、アイドルみたいだった。ふつうの女の子みたいだった。あのころのセイコもふつうの女の子で、だからいつか彼女は世界中のふつうの女の子を救うことになるだろうと信じていた。でも決定的に違うものがあると、あのころを知るあたしには分かった。あのころのセイコは、怒っていた。世界中を敵に回している、そんなふつうの最強の女の子がセイコだった。いまはちがう。セイコにはきっと仲間がいる。たくさんのファンや、応援してくれるひと、推してくれるひと、夫、子ども。それを否定したくはない。でも、彼女が目指した超ミュージシャンというのは、世界でたったひとりの存在ではないのか。
すごくいろんなことを考えたけれど、あたしがセイコにできることはなかった。客席とステージは、手をのばせば届くぐらい近いのに、心を費やしても届かないぐらい遠い。でも、それを埋めるのが音楽ではないのか。あたしはずっと、セイコの音楽に、なりたくて、なれなくて、そのやり方を探していた。そのやり方を探すのが生きるってことだった。好きなひとの欠落を、あたしの余りで埋めること。あたしの好きなひとたち。
うた、弟、優花ちゃん、和尚、銀貨さん、キャシー、部長、元カレ、彼氏のようなひと、あたしとセックスをしたすべてのひと、両親、……セイコ。
生きていこう。だってあたしはみんなが、好きだから。
『今日はありがとうございました。ずっと高円寺でライブしてなかったから、緊張したけど、楽しかったです。来てくれたみんな、スタッフのみんな、ありがとう』
このライブでほとんどはじめてセイコのMCがあった。マイクを通したクリアな声が場内に響く。うしろのほうから大きな拍手が鳴る。
『それでは名残おしいけど、最後の曲です。聴いてください』
拍手が止み、場内がすっと静まりかえった。きっと最後にえらばれる、その曲のタイトルを確認するように。
『新宿』
セイコ、やっぱり君は、最後にその曲を選ぶんだね。
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