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 バスタ新宿を出ると、外は雨こそそれほどでもなかったが、風はどんどん強くなっていった。ライブは夜に行われるため、どこかで時間を潰さないといけない。あたしは迷わず新宿歌舞伎町にあるネットカフェを選んだ。あたしが初めて東京に来たとき入ったそのネットカフェは、あれから十八年経ったいまでもちゃんと営業していた。当時作った会員証もちゃんと有効だった。この場所だけはずっと変わっていない。でも、あたしはほんとうに変わったんだろうか。

 ネットカフェでは漫画を読む気にはならなくて、ひたすらセイコのSNSを追いかけ続けた。バスのなかでは眠れなかったから、ときどきうとうとして、何杯もコーヒーを飲んだがぜんぜん目は覚めなかった。ぼんやりとした頭のなか、パソコンの右下に表示された時計を見て、そろそろ出発しようかな、と思った瞬間、セイコのSNSを見てあたしは目を疑った。

〈本日のライブは、台風の影響を考慮し、急遽中止とさせていただきます。直前の報告となり、誠に申し訳ありません。返金方法は……〉

 あたしは怒るより、悲しむより、なんだか力が抜けてしまった。そのあとに、乾いたわらいが溢れてきた。わらっているのに、涙があふれてきた。涙がセイコのライブのチケットをぬらす。

「……無量大数」

 あたしは呟いた。セイコのライブのチケットを、びりびりに、びりびりに、裂いていく。

「不可思議、那由他、阿僧祇、恒河沙、極、載、正、澗、溝、穣、垓、京、兆、億、万、千、百、十、一」

 ねえ、セイコ。あたしは。

「死にたくないよ……」

 セイコ、たすけて。

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